第38話
「燕尾服だ……」
アプロは服を広げその形を確かめる、ほつれやシワはなく、しっかりと繊維が織り込まれた黒服は汚してしまうのを恐れるほどよく作られていたが、物の価値があまりわからないアプロはこの屋敷の使用人である事を証明する衣装だろうぐらいの認識で。
「なぜこんな服を?」
「わからないのか? 貴様はこれを着て、俺様やゼイゴン様に奉仕するんだよ!!」
エディルに尋ねたが、意図が全くわからなかったのでアプロは言葉を失った。
(ちょっと待てよ?)
頭の中を整理するアプロ、ゼイゴン様に奉仕……という事はつまりここにゼイゴンがいるという事になる、アプロはエディルの失言をしっかりと拾い上げ、ゼイゴン『様』とわざわざ付けてエディルにある事を尋ねた。
「奉仕する前に挨拶は大事じゃないか? その、ゼイゴン様に」
「何言ってんだ!! ゼイゴン様が新入りの相手をする訳ないだろ!! さっさと支度して厨房に行け!!」
「俺はした方がいいと思うけどなあ、知らない奴から飯とか作られるのは嫌じゃないか?」
「俺様は有象無象の奴らなんてどうでもいいと思うからな! ゼイゴン様もきっとそうお考えだろう」
「だから手下のお前も使いっ走りにされているのか、不満とかないのか?」
いつもの無意識に尋ねたアプロの毒に、エディルは図星だという顔をしたが高笑いで誤魔化そうとする。
「き、貴様犯罪者という立場を忘れてるのか!? 俺やゼイゴン様がちょっと動けばお前なんか……!!」
「はいはい、だから大人しく従えって言ってんだろ?」
エディルはアプロに対し、決して劣ってはいけないという気持ちが溢れたまま勢いよく扉を閉めた、アプロはエディルを乗せるのに失敗したと後頭部をポリポリとかき、とにかく服を着ないと始まらないと思い、ズボンを着用しながらこの部屋の窓を見る。
「ここ2階だったのか、飛び降りて脱出できなくはないけど……荒っぽくするとミスティア達に被害が及ぶだろうな」
孤独薬の力なら外で覆われている魔法障壁を無理に破壊し、脱走を阻止する追っ手も振り払う事は出来なくもないがここにゼイゴンがいるとわかった以上、外へ逃げるのは無いなと判断した途端、エディルは急かすように複数回ドアを叩く。
「おいバカアプロ! 早くしろ!!」
今はあのバカに従うしかないか……と諦めたアプロは上着の袖を通し燕尾服を着てみた、意外にもサイズは問題なく、着用するとそこら辺の冒険者からスッキリとした紳士というイメージに変貌する。
「おー、これはこれで悪くないな」
「着たか!?」
「勝手に開けるな」
「ふ……ふはは、いいじゃないか! 屈辱だろう!?」
「いや別に」
「大した強がりだな! これからもっと屈辱を与えてやる!!」
「そうか……」
やたらテンションの高いエディルに、こいつの言う屈辱は少しズレていると引きつった顔のアプロは、これから何をしたらいいのかを尋ねると、エディルはピカピカの雑巾とホウキを手渡して命令口調で話す。
「お前らは今日はずっと屋敷内の掃除だ! ちんたらしてると日が暮れるからな!」
「お前ら?」
「おっと、アプロにはまだ言ってなかったか、おい、リス!!」
エディルが両手で一度パンと叩くと、遠くでホウキを持っていたリスと呼ばれる女性は「は、はい!」と自信のない返事をして、何かに常に怯えているかのように曲がり角から顔を覗かせた。
「申し訳ありませんエディル様……それと私はリコです……」
声が上から下へと段々と小さくなり、最後のエディルという部分は聞き取り辛いほどボソボソと喋るツインテールの黒髪女性リコ、なぜか『ボロボロに』なっていたメイド服の姿で登場し、自信がないのか顔を引っ込ませてはまた覗かせ、アプロが足を見ると病気なのかと疑うほどガクガクと震わせていた。
「早く来い無能が!!」
は、はいと怯えた表情のまま、リコはこちらへ近寄ってくる。
「り、リコです、どうか虐めないでください」
虐める訳がなかったアプロは当然若干の困惑を見せつつ、握手を求めようとすると人と話す事に慣れていないのか、リコはまたもや距離を取った。
「えっと、リス? リコ? 名前はどっちなんだ?」
「わ、わわわわわわ私はリコです、エディル様は小動物に似ているからと言ってあだ名を――」
そんな事求めてもいなかったエディルは「さっさとコイツに色々教えてやれ!!」と強く怒鳴りつけると、リコは「ひい!」と言って怯えるようにまた曲がり角へと逃げていき、しばらくしてから顔だけを覗かせこちらの様子を窺う。
「やめろエディル、怯えてるじゃないか」
エディルが怒鳴りつける事でリコは震えている、どう考えてもそうとしか理解出来なかったアプロはエディルを止めようとしたが。
バチバチッ!!
全身から電気の走る音、同時に服から強い電気に触れたような感覚に陥り、これは一体なんだと不思議な顔をして自身の身体をアプロは注視した。
「ふははは!! 逆らうなよアプロ! その服からは電気が走るようになっている!! 俺の指示が聞けない奴はそうやって……ってなにい!?」
当然、冒険者でない者でも何とか耐えれる電気がアプロに効くわけが無かった、ただのマッサージぐらいにしかならず、エディルと同じようにリコを含むその場にいた使用人達はどうしてと言った疑問符を浮かべる。
「ふ、ふん! 冒険者にとってその程度の電気は平気という事か……まあいいリス!! さっさと教えてやれ!!」
不機嫌そうにエディルは置いてあったバケツを蹴り飛ばし、他の使用人達がとばっちりを受けないよう深々と頭を下げ、目線を合わせないようにした。
その光景を見ていたアプロは。
「……俺の仲間を利用していたゼイゴンもムカつくが、まずこの酷い環境を作っているエディルも気に入らないな」
ゼイゴンを懲らしめる前にまず、エディルを力以外でわからしてやろうと策を練ることにした。
「あ、あの……」
「ん?」
「どうしてエディル様の体罰が効かないんですか?」
先ほどの電撃がなぜ効かなかったのか、人に話しかけるという恐怖より疑問の方が勝ったリコはアプロに話しかけようと、気配を消したかのように目の前に現れ声をかける、その突然の登場におおっと驚く反応を示したアプロだったが。
「まあ色々あってさ、それより俺はアプロ、えーっと、リコ……でいいんだよな?」
「あ、私なんてゴミ同然の存在なので、どちらでも……」
「そんな事ないだろ、人に優劣なんかないし、ゴミとか言うな」
「ですがエディル様は……」
「エディルが言ったからそうじゃないだろ、もうちょっと自信を持ってもいいんじゃないか?」
「そう、ですか」
それじゃあリコで……とアプロの忠告虚しく自信ない声で返事をするリコ、とりあえずここの状況を良く知るべく、廊下にいた使用人達に話を聞く為にアプロは声をかけた。
「なあ、あのワガママ野郎に復讐はしたくないか?」
◇ ◇ ◇
……またまた場面は変わり中央国カルロの街へと戻る、簡素に作られた小さな牧場の中、男は馬の身体をゴシゴシと洗っていた、柵の中には馬が3頭待機させられ、そのうちの1頭はヒヒンと嬉しそうに男を見つめる。
「ふん、ふん、ふふーん。お、ここがかゆいのか」
「ヒヒーン」
男は楽しそうに鼻歌を歌いながらもじゃもじゃの髭を指で撫でると、馬を洗うという行動に満足そうな表情で喜びを感じていた。
「ボルグ! 鼻歌なんか歌ってちゃんとやってるのかい!?」
柵の外から洗濯物を持ち、川へと向かっていた女性がボルグと呼ばれた男に声をかける。
「ちゃ、ちゃんとやってるよ母ちゃん」
「夢とか抜かしてた冒険者もあっさり辞めて、もっとちゃんとしな!!」
「うるせえな!! 俺は――」
馬はヒヒンと一声鳴き、綺麗になった身体に「ありがとう」と感謝を述べているようだったので、苛立った気持ちを沈ませ、作業へと戻る。
「ったく……結局冒険者を辞め、うちがやってる馬のレンタル家業を継ぐなんてな……これも何もかもアプロって野郎のせいだ」
ゼイゴンの手によって牢屋から出る事が出来たボルグは、悪行が暴かれ世間の円卓の騎士団に向けられた鋭い視線に耐えられなかったのか、冒険者を辞めていたボルグ。
今では親の仕事を継ぎ、このような事になったのは全てアプロのせいだと憎んでいた。
「あの野郎……エルフの奴と変なプレートアーマの奴もそうだ、今度あったら無茶苦茶にして……」
ブツブツと独り言を述べていると、遠くの方から女性の悲鳴声が聞こえ、なんだと振り向くボルグ。
「……ふええええええ!!」
ボルグはこの声に聞き覚えがあった、弱そうに見るしかない大変情けなかったあの叫び声、視線の先を注視し、向かってくるのは。
「あ……あのエルフじゃねえか!?」
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