第37話

「フラム……私は、何も言わない、よ」


 それでもサーシャは怒ることはなかった、思わずキョトンとした顔で尋ねるフラム。


「ど、どうして……ッスか」

「だって、て、敵でも、味方でも……私達は、友達、大切な友達だから」


 自分達が売られていた事に対し特に追求もしない、ポカポカとした温もりに溢れた優しさが、フラムの罪悪感を刺激され心が締め付けられていく。


「フラム」


 黙り込んでしまったフラムに対し、ベッドに寝たきりのフラムの母親が上半身を起こして声をかける。


「お、お母さん! ダメッスよ寝てないと!」

「お母さん失格だね私は……いつの間にか、自分を追い込んでいたんだね」

「ち、違うッス!! 私にとって……お母さんは……!!」


 辛い思いをしてまでなぜ、自分達の情報を売ったのか?


 サーシャはフラムに理由を尋ねたが、説明し辛そうなフラムを見て代わりにフラムの母親が話を進めた。


「お父さんが影響しているのでしょう、それで冒険者が嫌いに……」

「関係……ないッス」

「私と旦那は冒険の途中で出会ったの、この国に家を建てて、フラムと3人で幸せに暮らすつもりだった……」


 だった……続きを聞くと、フラムの父親は歳を重ねても1人で冒険に行ってしまったり、家に帰ってくる事は希だった、ずっと父親から愛情を注いでもらえなかったフラムは、やがて『冒険者』を嫌うようになる。


「自分勝手で、父親としての役目も果たせない、冒険者なんて……みんなゴミばっかッス!!」

(そっか、それで、フラムは……)


 思考していたサーシャは理解する、身勝手な冒険者を一方的に憎み、次々とパーティの仲間割れを企んでいたのはそんな理由だったのだと、そんな冒険者への恨みをゼイゴンは上手く利用していたのも。


「私は……もう、この街を去るッス」

「どう、して」

「エディルがゼイゴンにそのまま伝えているなら、わ、私は消されるからッス……」


 必要なくなったと判断したゼイゴンならやりかねない、フラムは両手で身構えるようにガクガクと震えると、落ち着かせる為に母親とサーシャが手を添えた。


「とにか、く、ギルドに帰ろう」

「帰るって……もう――」

「大丈夫、フラムが望むなら、いつでも帰れる、よ」


 フラムが罪悪感を覚えている段階で既に許すつもりでいたサーシャ、しかし本人は自分のしたことがこんな事でチャラになるとは思えないのか、強く否定をした。 





「そ、そんなの無理ッスよ! 私は……私は今まで色んな人の絆を壊して金に変えてきたッス! それを全て無にするのはムシが良すぎ――」

「フラム、もう責めるのはいいんじゃないかい? その子が許してくれるなら――」


 自分だったら許せないから、許される訳がない、そう思ったフラムは逃げ出すように家の扉を開け、走り出して行こうとするが。


 ドンッ。

 誰かとぶつかり、家の中へと押し戻されてしまった。


「いた……た」

「フラム、もう一度考え直さないかい?」


 フラムが見上げると、そこに立っていたのはロザリーだった、全力で走ってきたのか、息を切らしながらダラダラと汗を流し、はあはあと呼吸を整える。


「少し外で聞こえたよ、ねえミスティア?」

「聞きました! しっかりと!!」


 どやっと腰に手を当て登場するミスティア、逃げ場の無くなりフラムは服の汚れを手で払う動作をして立ち上がると。


「どうして……みんなそんなに」


 関係を壊したから、もう修復は不可能、それほどみんなを傷つけてしまったとフラムは思っていた。


「優しいんスか……」


 まるで妹を可愛がるかのようにミスティアは優しく近寄り、よしよしと撫でてから一声かける。


「たとえ喧嘩したとしても、次どうすればいいのかきちんとみんなで話し合えば……また友達でいられます」

「みすてぃー……」

「ギルドを辞めたいとか、私達から離れようとか、そんな悲しい事言わないでくださいっ」

「……」

「相談してくださいよ、遠慮なく!!」


 サーシャも同じように頷いた、ミスティアの言葉を聞き、急に切ない感情が押し寄せたフラムは、また涙腺がこみ上げてくる。


「……そっスね、みすてぃーが正しいと思うッス」


 それでも表情は清々しく、憑きものが落ちたようにフラムは微笑んで見せた。


「では、拠点作りチーム再結成ですっ! ほらみんなで手を繋ぎましょうっ」

「ちょ、ちょっと!」

「サーシャさんも! ほら!!」


 少し恥ずかしそうにサーシャは言われた通り手を繋ぎ、ミスティアは嬉しくなったのか繋いだ手をぶんぶんと上下に振った、それを見たフラムの母親とロザリーは昔を思い出す。


「懐かしいわねロザリー、あれから元気にしていたかしら?」


 寝たままの姿勢でフラムの母親は扉を閉めて中へと入ったロザリーに声をかける。


「ああ、ぼちぼちだよ……身体の方は良くなったのかい?」

「フラムが頑張ってくれたから、こうして薬も飲めて元気よ」

「そうかい……なら良かったよ」


 昔、ロザリーとパーティを組んでいたフラムの母親もまた、過ごした大切な日々というのがあった、時が経ち、解散した今でも連絡を取る者や、行方不明になってる者までいる。


「むかし喧嘩した時に、パーティのメンバー同士で許し合った事もあったねえ」


 そうね、とフラムの母親が言った途端。





 ドンッ!!

 話の途中、何者かによって家のドアが蹴破られた。


「ここにフラムという者はいるか! ゼイゴン様の指令の下、拘束させてもらう!」

「拘束……!?」


 ゼイゴンの元へと戻ってきたエディルが報告したのか、何にせよ、このまま口封じとして始末される事に間違いないと判断したミスティアは真っ先に行動し、魔法によって手元に杖を顕現させすぐに詠唱を始めた。


「荒ぶる大地よ……この杖に力を宿せ! ランド・シェーダー!!」 


 木の床をぶち破り、現れた土の壁は得体の知らない者達の侵入を防ぐのに最適だった、ミスティアが行動中、阿吽の呼吸でサーシャはどこか逃げ場がないかと家の内装を見渡していると。


「みんな、こっちよ!」


 フラムの母親は何もない壁を指差し、子供の頃にフラムが作った脱出通路があると伝える。


「行きましょうフラムさん! このままじゃ捕まって殺されちゃいます!!」


 迷わずフラムの手を引っ張り誘導するミスティア。


「わ、わかったッス」

「それじゃあフラムのお母さん、色々とありがとうございますっ! また後で伺いますね!」

「今度はお菓子をご用意しないとね」

「わあ、とっても楽しみです! ではっ!」


 早口でミスティアは壁を手で軽く押した、すると1枚の回転板のように壁の一部がクルリと縦に回り――。


「ひ、ひええええええええええ……!!」


 そのままスッーとミスティアの声が遠ざかっていき、しばらくの悲鳴が聞こえた後にポスっという、何かに包まれたような音が聞こえた。


「私、残っても、いい?」


 ミスティア達の長い悲鳴、どう考えてもかなりの高度があると悟ったサーシャは若干の戸惑った表情を見せるが。


「だめよ」

「仲間が行ったら、付き合うのがルールだよ」


 フラムの母親とロザリーはそう言うと、中へ入ろうと渋っていたサーシャの背中をロザリーが押す。


「きゃっ……ああああああっ!!」


 そのままスポッと壁に入ると同じように長い悲鳴をあげた。


「いいお友達を持ったと思わない、ロザリー?」

「そうだねえ、あの男の仲間はいい奴ばかりだね」


 ドンッ!!

 母親の言葉と同時に、銀のプレートに身につけた兵士達がミスティアの魔法で出来た土壁を破壊し、ゾロゾロと中へ入ってくる。


「ゼイゴン様の命令だ、大人しく渡してもらおうか」


 むっ、とロザリーに気付いたのか、兵士達は次々に頭を下げた。


「ゼイゴンについては私から話をするから、アンタ達は国王の側にいてやりな」

「しかしロザリーさん……」

「いいから……それとも何かい? アンタ達、あれだけ世話になった私の話が聞けないってのかい?」


 いつものロザリーのペースにタジタジとなる兵士達、それを見てフラムの母親は思うところがあったのか。


(いつの間にか、この街は大変な事になっているわね……)



 と頭の中で呟き、兵士達から全ての事情を説明されたロザリーもまた、ゼイゴンが起こした問題解決に動こうとする……。





        ◇    ◇    ◇





 ……一方でアプロはゼイゴンの屋敷に囚われの身として働かされていた、森の中へ隠されたその豪邸は屋根は黒一色に染められ、辺りには魔法障壁という探知も出来ない環境に、アプロは脱走という手段が取れず、ただ時を待つ。


「では、まずはこれを着てもらおうか、クククッ……」


 屋敷の一室でエディルはアプロに嫌がらせを続け、ある服を手渡した。


「これは……!!」



 その渡された服に驚きを隠せないアプロ。

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