第36話


 ザザザッ……草むらをかき分けるような音が聞こえ、数人がここに来ると察知したネリスとテスターは、咄嗟に腰の剣に手を置く、しばらくしてスキが無いと判断し、林の影から数百人の屈強な男達と、杖を持った魔法使いが大人しく太陽の元に姿を晒す。


「貴方達は……ルーヴェル、ヘランダ! どうしてここが?」


 テスターの言う通り現れたのは大剣を持った半裸の男ルーヴェルと、褐色肌のエルフヘランダ、不適な笑みを浮かべ立ち尽くすその姿に、ネリスは一波乱あるなと、口にくわえていた葉巻を落とし火を消した。


「なるほど……。ゼイゴンを追っている最中、どこかで足がついたか」

「おっさん、アンタと団長に賞金首がついてるんだ、こっちも必死になるぜ」


 葉巻をくわえ、ヒゲを生やす男を見つけ出してくれたら居場所だけでゼイゴンは1人200ペクスは出すと言いつけ、収容刑から解放された円卓の騎士団達は、躍起になってネリスを捜していた、そこへ偶然にもテスターとの話声も聞こえてしまい、ルーヴェルはどことなく複雑な心境であった。


「おいおっさん聞いたぜ、お前なんでも凄腕の冒険者なんだってな? 1つ手合わせしてくれよ」

「手合わせ、ねえ」


 ネリスは鼻で笑い、スッと頭上に掲げた中指と親指を弾いてパチンと鳴らす。


「……世界よ、止まれ!」


 時間停止を使い、ルーヴェルの後ろに素早く回り込み、小型のナイフを肩にポンと軽く置いてネリスは脅しつけた。


「手合わせになってるか?」

「ッ……テメェ!!」


 ルーヴェルは背中の大剣をすぐに抜き、その場で振り返りながら水平方向に回転斬りを放つが、またもやネリスはそこにいない。


「く、くそ!! ちょこまかと!!」

「こっちだこっち」

「あ?」

「よく見とけよ、すぐ見失うぞ」


 茶色の両目から蒼き黒点の瞳を晒すネリス、前にヘランダに見せた時とは違い、魔力を完全に解放した状態での能力発動をした。


「これが、俺の世界だ」


 ドンッ。

 全員の胸にしっかりと響く音が一度した。


 隔離された世界の中へと自身を置き、どんな魔法でも存在を探る事は出来ない最強の技、それはゴールドの各人それぞれが能力を持つ、秘めたる技……規格外の力にネリスは他のゴールド冒険者から『超越者』と言われていた。


「……ふーっ」


 蒼く、鋭く両目が光ったままネリスは懐から新しい葉巻を取り出し、余裕を見せつけながら『誰もいなくなった世界の太陽』をぼんやりと眺める、発動した以上、元に戻るのは自身の魔力が切れた時のみだけ……そこが多少面倒だなと思いつつも、ネリスは休憩しながら能力が切れるのを待つ。


(魔王を倒す為に選ばれ、魔族の血の過剰注入が行われ……本当に実験動物だったあの頃と比べ、いい時代にはなったな……)


 突如、目の前の世界が歪み始める、ネリスは技の限界が近いと察し、この場からゆっくりと歩き始め、徐々にテスター達から離れていった。


「じゃあなテスター、もう会うこともないだろう」



 ――。

 ――――。



「き……消えやがった、あの野郎ッ!! 俺を舐めたまま消えやがった……!!」


 ルーヴェルは地面に大剣を突き刺し悔しがった、戦う事なく圧倒的な差を見せつけられ、ネリスは完全にその場から消えてしまう。


「ルーヴェル、ヘランダ、街まで護衛してくれないでしょうか?」


 気持ちを切り替えたのか、ルーヴェルは大剣をテスターに突きつけ、へランダと同じように敵意むき出しの態度を示した。


「団長……牢屋から出してもらう為に責任を全部被ったのは感謝してる。だが部下達も含め、アンタはもう団長じゃあねェんだ、命令は断らせてもらうぜ」

「そうですか、では……」


 テスターはゆったりとした動作で、腰の剣を抜く。


「戦いは避けられないという事です……か」

「俺は……子供の頃にアンタを見て、俺もヘランダも団長の剣術に憧れた。それは後に入ってきた団員みんなそうだったと思うぜ」


 テスターも何か思うところがあったのか、自身から攻撃する事はなくルーヴェルの話が終わるのを待っていた。


「あれからしばらく経って……いつの間にか、俺達の作った団は名誉を維持する為になってたな」

「……ルーヴェル」


 ルーヴェルは大剣を握り直し、気持ちを切り替え。


「話は終わりだ、行くぜ団長ォ!!」


 テスターに向かって大剣を引きずりながら向かっていく、対してテスターはゆったりとした動作でルーヴェルの渾身の一撃を捌くと、衝撃を殺す為に大きく後ろへ跳躍し、乾いた土が煙のように巻き上がっては、口に含んでしまった分をぺっと吐き出すテスター。


「あの頃のようにはいかねェ!!」


 ルーヴェルは叫び、再度乱暴に剣を振るう。

 テスターと戦った日々を思い出しながら。


「貴方はいつも私を超えたがっていた」

「そうだ! 団長俺は……俺は!! アンタを超えたかったんだ!!」


 2人はまるでじゃれているかのように楽しそうに遊んでいた、そんな中チャンスを窺い、杖をギュッと握ったヘランダは詠唱を始める。


「降り注ぐ氷の塊よ、この杖に宿れ! ブリザード・ダスト!!」


 何発も水平方向に放たれた氷柱はテスターを目標にして飛んでいくが……戦闘経験が豊富だったテスターは飛んできた氷柱を軽いステップで避けつつ、木々の方へと走り数人の円卓の団員の後ろに隠れヘランダは躊躇して攻撃を止めてしまう。


「くっ……さすがと言ったところかしら!?」

「魔法を撃つときにしっかりと狙ってしまう癖、昔と変わりませんね」

「……だ、黙りなさい!! も、元団長にそんな事言われなくてもわかってるわよ!!」


 ルーヴェルもまた、森の中へと入られては自慢の大剣を振るう事は困難であり、たった1手の行動で2人を詰ませる事に成功したテスターは、与えられた猶予を使って2人の考えを読み取ろうとする。


「はっ! 随分俺達に対して慎重じゃねェか、ああ!?」


 ルーヴェルは見通しが良く剣が振れる位置までテスターを挑発するが、それも読まれており当然そちらへと出向く気はなかった、その時団員達の複雑な表情と、向かってくることに戸惑いを見せている姿を目撃し。


(彼らは……まだ私を団長と思いたいのでしょうか?)


 ネリスが言っていた自分で考え、自分で決めるという事……それがふと、テスターの頭によぎる。


「う……うおおおおおおおおおおお!!」


 1人の部下が大声をあげ、剣を振るうがテスターはサッとかわし、ガキンッと1本の木に剣が当たってしまい抜けなくなる。


「く、くそ!!」

「俺がやる!! はあああッ!!」


 続けざまに襲ってきた1人、2人、数人と団員達は剣を振るうが、テスターはスルリとかわし続け、どこにも力の入っていないような姿のまま、ルーヴェルとヘランダに問う。


「ルーヴェル、ヘランダ……少し、話が出来ませんか?」

「「なに!?」」


 意外とも言える急な停戦要求に、ヘランダとルーヴェルの表情はどこか納得しきれない顔を浮かべ、その後眉を歪め切ない表情を見せると。


「攻撃……止め!!」


 部下達の攻撃を停止させる命令を出したヘランダ、団員達はそれぞれのタイミングで剣と杖を構えるの止める、基本的に他人に興味を持たないテスターが、誰かに対して話を求めるのはありえない事だった。


(不思議なもんですね、いつもどうでもいいと思っていた団に対して、綺麗にお別れがしたいだなんて……)


 ……このまま街に戻り、国王に石を渡して自分1人で名誉を取り戻すのではなく、この円卓の騎士団、そして団員達の信頼と名誉を失墜させてしまった事によるお詫びと今後についてテスターは考え、変わりつつある心境に自分でも動揺しつつ剣を下ろす。


 もしテスターがアプロ、そしてネリスと出会っていなかったら、次のような考え方は一生及んでいなかったのかもしれない。


「謝罪も含め、この石と持っているお金を全て貴方達に渡します。それからもう貴方達の前に現れる事はありません」


 そう言って、テスターは団の結成時から築いてきたヘランダ、ルーヴェル、団員達の絆を確かめるべく、話し合いを切望する……。





        ◇    ◇    ◇





「――ええーーーっ!? そ、それじゃあフラムは……!?」


 フラムの家に入ったサーシャは、全ての事情を聞き驚いた声を発して椅子から立ち上がる。


「そうッス……。お金の為にアプロの兄貴を売った……ゼイゴンの手下ッス」

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