3章(前編) 本当の絆を結ぼう

第33話



 ――。

 ――――。



 あれから数日が経った、まるで3人の心境を映すかのように朝から雨は止まらず、ザーザーと降り続ける……。


「来ませんねー今日も……」


 ポツポツ、とテントの屋根に当たる雨音を聞きながら、テント内のミスティアはトントンと床に釘を打つアプロを眺めていた。


「あっ、アプロさん!」


 アプロもまた集中出来ていないのか、何度も何度も床を滑っては転んでしまう、あれからいくら待ってもフラムが現れる事は無く、3人とも何か気合いの入らないような顔をしていた。


「……サーシャさん、わたし決めました!」


 横で同じように膝を丸め、座り込んでいたサーシャに一言いうミスティア。


「え?」

「フラムさんが心配です! 私、探してきます!」

「あっ、ミスティ、ア」


 居ても立っても居られなかったミスティアの行動は早かった、テントからサッと飛び出すと、一目散に街の方へと走って行ってしまう。


「ま、まって!」


 慌てて後を追いかけるサーシャを見て、アプロは「確かにそろそろ限界だな」とハンマーを置き、同じようにサーシャの後を追いかけた。


「びえっーーーー!!」


 雨脚は強くなり、ゴオオオと爆音を立てながらミスティアは悲鳴に似た叫びをあげる、もちろん人気の無い街では走りたい放題だったが、石畳は滑りやすくなっておりこれで何度目なのか、また派手に転んでしまい、頭を強打しつつも立ち上がってはまた走ろうとする。


「お、おい何も走らなくても」


 アプロの忠告にもあまり耳を貸さず、こうなった時のミスティアは誰も止められなかった。


「でももう何日も来てないんです! 何かあったら心配ですよ!!」


 激情をぶつけるミスティアに、それはまあもっともだという顔をして納得するアプロ。


「それはまあそうだけど……」

「だったら急いでギルドまで行かないと……ってぶええええええっ!!」


 再度足を滑らせ、今度は仰向けの状態でコマのように横回転しながら滑り続けるミスティア、まるで釘に当たって弾けるボールのようにガンガンと街灯にぶつかり、左右に激しく動きながらギルドの階段をジャンプ台のように駆けると――。


 ドゴオオオオオッ……!!

 冒険者ギルドの扉を思い切り全身でぶち破り、複数の椅子をなぎ倒しながらようやくミスティアは停止した。





「……きゅ、急になんだい!!」

「ふえええ……」


 グルグルと目を回すミスティアの後を追いかけていたアプロ達は、あちゃーと言った顔で頭に手を当てた。


「今日はギルドは休みだよ!! カギかかってたとは言え、無理矢理入ってくることはないだろ!?」


 ロザリーさんの怒りも十分にわかるので、どうにかしてアプロは怒りを収めるよう説明する。


「違うんだロザリーさん、壁はまた修理代払うからさ、その――」


 その質問もかき消すほどの大声で、ロザリーの怒りは収まる事を知らなかった。


「弁償すりゃいいってもんじゃないよまったく!! いつもいつも壁は壊すわ扉も壊すわで」

「き、聞いてくれ! フラムの事なんだ!!」


 ピクリ、と反応を示したロザリーはいつもの早口を止める。


「フラム? ……フラムについてはもう詮索をやめな」

「何か知ってるのか?」

「あの子はもうギルドを去った、だからもう――」


 フラムはここを去った、ただそれだけをロザリーは伝え壊れた壁の破片を回収を始めた……当然納得のいかないアプロは。


「も、もうってなんだよ!?」

「私にもわからない事だらけさ、突然ここを辞めたいって怯えながら言ってたね」


 今度はサーシャが尋ねる。


「わ、わたし達は、フラムを、救いたい、何か力になれるなら……お、教えて!」

「教えてと言ってもねえ……」


 少しのあいだ膠着状態が続き、うーんと判断してロザリーは「少し待ってな」とアプロ達に言ってからカウンターの奥へと引っ込んでしまう、その後しばらくしてから1枚の紙を取り出して戻ってきたロザリー。





「……フラムが今住んでいる家の地図だよ、後の事は自分達で知りな」


 これでフラムがどこにいるかわかるかもしれない、3人はぱああっと明るい表情をロザリーに向け、感謝の言葉を述べたアプロ。


「ありがとうロザリーさん!」

「それと、このエルフの子だけ置いておきな!!」


 ピョコンと耳を跳ねるミスティア。


「ふええ!? 私ですか!?」

「当たり前だよ! 掃除も含めてキッチリ働いてもらうからね!!」

「アプロさあん……」


 うーんまあ壁を壊したのはミスティアだから仕方ないよなという顔でアプロはサーシャを見ると、サーシャもまた納得気味の表情に、諦めたミスティアはしょんぼりと肩を落とし、すぐに箒を持って掃除に励みだした。


「必ずフラムさんを連れ戻してきてください!!」


 友達を助けたい、仲間を助けたい。

 アプロだけではなく、全員が同じ思考を抱く。


「じゃあ行くか、サーシャ」

「う、うん」


 サーシャは2人きりになる事が嬉しいのか、いつもより少し気分が上がった状態で返事をする、目指すはフラムの家、全ての真相を知る為に2人はミスティアを置いてギルドを出た……。





        ◇    ◇    ◇





 人気が一切ない街の裏路地で、白髪の男とフラムは話し合っていた。


「なんだ? 崩せねえってのはどういう事だよ!!」


 それはゼイゴンの手下であるエディル、アプロ達が知らない場所でこっそりと今のパーティについて現状報告していたフラムは、自分の答えを出したのか今回のパーティについて。


「言葉の通りッス、あれだけ友情が固いのなら引き抜くのは難しいッス、だから今回については――ぐっ!!」


 エディルは激怒していた。

 イラッと頭に怒りの感情を乗せると、そのままの勢いでまずフラムの腹に1発パンチをすると。


「お前、俺様をナメてるのか!!」


 ガンッ!!

 そのまま前髪を掴み、狭い路地の両サイドに建てられた家の壁に、思い切りフラムの頭を叩きつけた。


「い、いたっ……」

「今まで沢山のパーティを崩してきただろうが! それがなんでアプロのパーティだけは駄目なんだよ!?」

「前に報告で言ったはずッス……あのパーティは他と違って、形を成してないって……!」

「ああ?」


 苦しそうな表情のまま、エディルの手を振り払おうと両手でグッと掴み、力を入れながら。


「だから……あの人達にパーティなんかいらないって事ッス、お互いが、お互いの事を思ってるッスから……そこで引き抜きなんかやっても、結局3人はまた集まるって言ってるんス……!!」


 それを聞き、しばらく黙り込んでから一度舌打ちをしてエディルは手を離した。


「いいんだなフラム? 引き抜きが失敗したという事は……」


 あの方は一度の『失敗』を許さない。

 エディルも怯えているのか、その続きは話さなかった。


「覚悟の上ッス」

「そうかよ、だったらさっさとここから消えろ、その準備期間ぐらいは何とか誤魔化してやる」

「……恩に着るッス」


 フラムは落ちた帽子を拾いあげ、雨に打たれながら家へと向かった。



 ――。

 ――――。



 一度ずぶ塗れになれば何度もずぶ塗れになっても構わない。

 そういうつもりでアプロとサーシャはもらった地図を頼りに歩を進める。


「しかし、なんでまたフラムは行方を眩ませたんだろうな」

「なにか、悩んで、なかった?」


 確かにここ最近、ミスティアが言うには色々考えていたり様子がおかしかったという話は聞いていた、それでもフラムが自分達を嫌う理由なんかどこにもないし、喧嘩した訳でもない。


「わからないなーっ……」


 考えれば考えるほどに、どうしてフラムが自分達の前から去ったのかわからなかった。


「あ、アプロ、その……」


 突然、サーシャは別の話題を振る。


「どうしたサーシャ?」

「こ、こんな時に言うのもなんだけど、あ、アプロ。昔話、しても、いい?」

「別にいいけど?」

「リッカさんの事……よかったら歩きながら、は、話して」

「姉御の事? なんでまた急に――」

「おね、がい」


 サーシャは今日までタイミングをずっと見計らっていた、2年前、どうしてリッカと共に西の国へと向かったのか、という質問にアプロは。


「……喧嘩したんだ」


 そんなにも知りたいのなら話すべきと、サーシャの顔を見てこれまでの経緯を打ち明けた。


「喧嘩?」

「ああ、確か指導者としての姉御を見ているうちに段々と実力の壁を感じてさ」

「か、べ……」

「冷静に考えれば当たり前だよな、イチから踏み出した冒険者と経験豊富の冒険者、対等に立とうと思っていた俺が間違っていたんだ。でもさ、俺……」


 アプロはふと上を見上げる。


「俺は姉御の事が好きだったんだ」


 その言葉にサーシャはピクリと反応を示し、足を止めてしまう、着いてきていない事を確認すると、同じようにアプロも足を止める……すると空気を読んだかのように、先ほどまでザーザーと降っていた強い雨も、アプロの言葉を待つように止んだ。


「……少しでも俺は姉御と同じ位置に立ちたかった、そんな焦りが喧嘩まで発展して、ある日宿屋でお互いの不満をぶちまけてしまった。父さんも言ってたけど、人との関わりをもっと大事にするべきだとその時思ったよ。そこでぶらぶらと目的もなく西の国を歩いていたら、酒場の乱闘騒ぎに巻き込まれてテスターと出会い、中央国に向かった」


 アプロはそうして、有名な冒険者のいるパーティ『円卓の騎士団』に所属した、サーシャと別れてからの経緯を嘘偽りなく説明したアプロは「もういいか? 行こうぜ」と好みの話ではないからか、会話の切りどころを優しく提案する。


「う、うん……」


 リッカの事が好きだったのは必要以上とも言えるが、とにかく昔の事も聞けたサーシャは返事以上の事は言わず、歩き始めてしまったアプロの後を追う。


「……あれ? ひょっとしてフラムか?」


 への字の青い屋根に、取り付けられた煙突、その窓にはフラムと1人の女性が会話している様子が映ると、盗み聞きと言わんばかりにこっそりと2人は窓を覗き話を聞く。


「――お母さん、必ず良くなるッス」

「ありがとね、フラム」


 照れるようにフラムは帽子を深く被る、その姿にサーシャはひと安心する。


「よ、良かったねフラム、いたよ?」

「ああ、でもどうして俺達と離れたんだろうか?」

「う、うーん」


 そういえばフラムが言っていた母親、それがあの人なのだと考えを巡らせたアプロ達は、次に聞くフラムの言葉によってある程度の理由が見つかった。


「もうちょっと、もうちょっとしたら必ず良くなるはずッス」

「フラム、無理に仕事を増やして頑張らなくてもゼイゴンって人からお金を借りれば……」


 アプロは『ゼイゴン』という言葉に反応する。


「ゼイゴン……って誰だっけ?」

「こ、この辺では、ゆ、有名な、金貸し屋って聞いてるよ」

「ふーん……」


 アプロ達から離れた理由、それはやっぱりペクス硬貨の問題だった、それならフラムの仕事を手伝えば問題は解決すると、今すぐにでも家の扉を叩こうと立ち上がったアプロは。


「こどく、やく?」


 サーシャの発言によって、えっという顔で振り返ったアプロ。


「なんだって?」

「い、今……フラムのお母さんが、孤独薬の男の場所と引き換えに金を貸すっていう話を……」

「え、どういう事だ?」


 コンコンと叩こうとした軽く挙げた拳を止め、詳しい話を聞くために再び窓に近寄ろうとしたところ――。


「おいおい……フラムにゼイゴン様からの言葉を伝えようとしたら、思わぬ収穫じゃねえか……!?」



 1人の白髪の男エディルが、不適な笑みを浮かべてその様子を眺めていた。

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