第32話


 テスターは話に出す事すらも嫌だった、レッドクラスの冒険者ですら恐れている『ゼイゴン』とは、世界を裏から牛耳っているゴールドの元冒険者である。


 ゼイゴンは数々の人の弱みを握り、周りの者達をマインドコントロールしては自分の利益の為に使い潰そうとする、それに反発しようものならその者に明日は訪れないとされていた。


「ぜ、ゼイゴ……!?」


 言葉に詰まるほど驚くテスター、加えて二次戦争を阻止するなど、何をバカなことを言い出しているのか、今すぐにでも承諾した事を後悔したいのがネリスにも伝わるほど、その次の言葉をテスターは失っていた。


「落ち着け、一度に言ってすまなかった、順を追って話そう」


 まずゼイゴンにサポートを受け取り、円卓の騎士団に所属しているメンバーがほとんどその紹介された人物であったのを知っていたネリスは話す。


 もちろんテスターもゼイゴンを好きで利用している訳ではない、だが自身も望んでいた『英雄ネリス』に近づきたかった、その為には少なくとも今の自分自身の名誉を高め、人望を厚くする他ない。


 しかし『洗脳薬』を使った今回の作戦だけは違った……そう、アプロの存在である。


「俺はそのアプロって奴の力を借りたいとも考えている、聞けばお前のメンバーを集めるという計画は阻止されたそうじゃないか?」

「……その口ぶり、アプロを知っているんですか?」

「ああ、あれは2年前、俺が直接孤独薬を手渡したからな」

「な、なんですって!?」


 だから声がでかいと再三の忠告するネリス、元々ゼイゴン関係者の人物をネリスは洗いざらい調査していた、悪行に続く悪行は十分第三者から聞いており、どこかで鉄槌を下す為に解決に動こうとしていたが……ネリス自身まずゼイゴンの所在地がわからないというのが現状である。


「なぜ、孤独薬なんかを? 一体あの薬はなんなんです!?」


 テスターの疑問にネリスは待ったという身振りをした。


「そうだな……その質問に答えるのはいつでも出来るが、交換条件だ」

「交換条件?」

「ああ、封印剣をとあるオークションで手に入れたという話だが……。一体どこで手に入れたんだ?」

「この国ですよ、それが何か?」

「そうか、それは十分な情報になるんだ、俺の”能力”を使えば奴の居場所がわかるかもしれない」

「の、能力?」


 能力とはどういう事なのかとテスターが尋ねると、焦っていたネリスはまずここから出る事を優先する。


「そのうちわかる、まずは外に出るぞ、鍵はここにあるからって……んっ?」


 何か嫌な予感がする、昔からネリスは感が良く、テスターから目を切ると他の檻に入っているのはテスターに無関係そうな人物ばかりだった。


 当然疑問を抱き、ネリスは落ち着いて考える、有名なパーティのリーダーなら大勢の仲間がいるはずで、全員罪に関与しているのなら入っていなければおかしい、だが何度見てもここには長年入っていた年寄りの者ばかり。


「ちょっと待てテスター、お前の仲間が見えないが?」


 片膝を立てながら座っていたテスターは、目線を逸らしながら説明をした。


「彼らは先にここを出ましたよ、”優秀な団員”のおかげでね……。もちろん行方は言うつもりはありません」


 それはリーダーとして仲間を守る最後の意志なのだろう、その気持ちを察したネリスは、頭の回転が速く聞き出す方向へと切り替えた。


「わかった、じゃあ質問を変えよう、なぜ拒否をした?」

「え?」

「仲間達が出て、リーダーであるお前が出てないのはおかしいだろう?」


 一刻も早くネリスはゼイゴンの居場所を突き止めなければいけなかった、しかしこういう時こそ本題だけを追い、その周りに渦巻いている謎を無視してはいけないと、剣聖『グレア』に教わっていた事をネリスは思い出す。


 加えて自身のルーティンにしているのか、懐から新しい葉巻を手にし、他の鉄柵に寄りかかるように座り込むと、その場で小さく魔法を詠唱して指先からポツンと火を出し。


「ふーっ……」


 一服を始めてしまった、その後はゆっくりとテスターの返事を待ちながら。


(今の状況から見るに、テスターはゼイゴンから新しい指示を受け取っていないはずだ、受け取っているのならさっさとこの牢屋から出されてなければおかしい)


 最終的に自身の中で結論を下す、だが『ゼイゴンが作った更なる罠』かもしれないと疑いを持ち、テスターを牢屋から出す条件として、『真相』を何とか取引に持ちかける作戦に出た。


「……ゼイゴンは私1人と、捕らえられたパーティの全員を天秤にかけ、どちらかが救われたいかを話したんです」


 読み通り、とネリスは自身の想像通りに驚きつつも、ゼイゴンとこの牢屋内で接触していた事に追求を開始する。


「それでお前が犠牲になったのか、いや、”計算高い”あいつの事だろう……テスター、お前がこの牢屋に入る事を前提としたかったのかもしれないな」

「そうですか、ところで孤独薬の話は……」

「ああ、それは俺の遺伝子を使った試作薬で――」


 カチャ。

 カチャ。


 甲冑を身につけた者が複数人、その数は3、4人だろうか、とにかく階段を下りてきている音が聞こえた事にネリスは葉巻を加え。


「消す合図が出されたみたいだな」

「あ、合図とは?」

「あまり時間がないという事だ、さて、協力するかしないかひとまず選んでくれ。着いてくるのならお前の知りたい謎は全て説明してやる」


 今までのテスターは自分を中心に考えていた、しかしアプロとの戦いで何か考えが変わったのか、人の為に利用される事も大事なのだと、自己犠牲も構わない考え方になっていた。


「いいでしょう、ただし今のうちだけですが、そのうち私は貴方を超えていきますよ」


 と、一応のプライドは残しつつ協力する事に承諾したテスターの檻をネリスは急いで開けた。


「そういや、さっき能力について知りたがっていただろ? なら……少し俺の能力を見せてやる」

「いいんですか、完全に味方になった訳じゃないんですよ?」

「今はそれでいいさ、よく見てろ、瞬きで終わる――」


 最後の言葉は途切れ、何を言っているのかよくわからなかったテスターはネリスの姿を。



 ――。

 ――――。



 見失っていた。

 それも凄いスピードで動いたという訳ではない。


 完全に、そこから消えていた事に驚愕するテスター。


「よし、脱出するぞ」

「なっ――!!」


 階段の出口から「ぐあっ」という途切れた声が1つ1つ聞こえてくると、続々に倒れ込む先ほどのプレートアーマーを着込んだ者達、テスターは殺したんですかとネリスに問うが。


「いや、少し眠ってもらっただけだ、この国のプレートアーマーは首回りを改善した方がいいと思うんだが……いつも助かっているから”アイツ”には言いづらいな」


 ネリスは自身がチョップして気絶させた事をテスターに伝え、いつの間にか捕らえられていた扉も開きっぱなしとなっている。


 あまりにも奇妙な出来事に困惑するテスター、一体この能力は……と喉音をゴクリと鳴らし黙り込むと。


「ネリスさん……でいいんでしょうか?」


 今はこの英雄に太刀打ち出来ないと判断した、能力、孤独薬、共に行動すれば色々とわかる事があると判断したテスターは、同時になぜ自分がゴールドになれないのか、ひとまずネリスに着いていく事を決意する。


 しかしネリスはバツが悪そうな顔で、これから行動を共にする仲間から『さん付け』されるのは気に入らず。


「呼び捨てでいい、よろしくな、テスター」


 そして最後に「命を落とすかもしれない、危険な計画に協力してくれてありがとう」と呟いてネリスは手を差し伸べ、テスターはその手を掴んだ。


「失う物がない奴は強い、貴方の伝記にも書いてましたよね」


 そうだな……と鼻で笑ったネリスは思わず、その本について誰が書いたのかと悩んだが追求するのを止め、この日を境に2人はパートナーとして共に歩むことになる。


 この脱走事件については、国王に報告される事なく不問とされたが……その真相は謎のままである。





        ◇    ◇    ◇





 場面は移り、アプロ達は森の中でウルバヌスと出会ってから何ヶ月も経っていた、季節は梅雨となり、いつもの太陽が頂きまで昇っている時間帯、椅子ほどの座れるサイズで出来た丸太にアプロ、サーシャ、ミスティアの3人は座り込み、一番前に立つフラムからみっちりと座学を受けていた。


「それじゃあいよいよ躯体工事に入るッス」


 半円を作るように並べられていた丸太の最前列には1つの木箱が置かれ、石筆によって書き込みが出来る長方形のボードがその上に置かれていた。


 これから本格的に家を進めるそのプランについて、フラムはどこからか持ってきたのか眼鏡をクイッとさせる。


「く、くたいこうじってなんですか……?」


 話の内容について行けず頭が爆発しかけているのか、煙をプスプスと出しながら質問をするミスティア。


「整地作業や杭打ちなどを含めたのは基礎工事ッス、その基礎の上に構造物を作るのが躯体工事ッスね」

「ぜんぜん、いみが、わからない」


 サーシャの隣でボス……ッと小さな爆発音がした、サーシャとミスティアの2人はフラムの細かい説明を理解出来ず、まるで汽車の煙突のように頭の先から一定間隔で白い煙を発し、はてなマークを何度も浮かべる。


「……という訳で計画は以上ッス、あとはアプロの兄貴が補足でもなんでもするッス」


 唯一作業を理解したアプロは「言うだけ言って終わったな」と軽いツッコミを入れ、フラムが準備した大量に積まれた太い棒のような木材を番号通りに楽々と肩に担ぐ。


「ふぎーーーーーっ!!」

「お、おもい……!!」


 その隣で、ミスティアとサーシャは2人で一生懸命棒を担ごうとしていた。


「ほぞ穴と番付、とりあえずウチの家から持ってきたッス、なんか困ったら呼ぶッス」

「ああ、色々ありがとうなフラム」

「別に、私はなんもしてねーッス……」


 褒められるのがフラムにとってあまりない経験で、自分でもどう表現していいのかわからずクルクルと髪いじりを始めてしまう、そもそもなぜフラムは家を建てれる技術を持っているのか?


 気になったアプロは尋ねると、どうやら母親が病気になる前はそういう仕事をよく手伝っていたと聞かされ、母親の具合が悪い事についてミスティアが重い木材を持ちながら苦しそうに聞くと、声のトーンを少し下げてフラムは答えた。


「もっと金があれば……いいんスけどね」


 シュン、とするフラムにアプロは慰めの言葉をかける。


「なあフラム、俺達の金、少し持って行くか?」

「なにバカな事言ってんスか、この家を建てるのに前金もらってるしいいッスよ」


 そんな真剣な話をお互いする中、後ろで木材の重みに耐えきれなかったミスティアとサーシャが崩れ落ちた。


「「だあああああああああっ!!」」

「お、おい大丈夫か!?」

「だ、らいじょうぶれすう……」

「み、ミスティア、重い……」


 うまいことサーシャがクッションになったのか、特に怪我はなさそうだったので、アプロはフラムの話の方へと戻る。


「まあ、なにか困っている事があったら俺達が力になるよ」


 そう言って優しい顔で握手を求めようとしたアプロの手を払い、「いいッス」と強く拒否するフラム。


「じゃあ今日も頑張るッス」


 照れながらもフラムは慌ててかけていた眼鏡をその辺に置き、いつもの見た目に戻っては自身の作業へと取りかかる。


「よーし!!」


 快晴の天気にアプロは拳を掲げ、「今日もやるか!」という大きな声をあげ、パーティの拠点とも言える家造りがまた始まった。



 ――。

 ――――。



「悪いフラムーっ!! ここがどうしてもハマらないから来てくれー!!」

「ええ? これで5回目ッスよ……。あっ」

「ぎゃあああああああああ!!」


 金具を使って1本の木材を研ぐように削っていたフラムは、急に呼ばれた事に手元が狂い、その木材を支えていたミスティアの片手を傷つけてしまった。


「あー、わりーッスみすてぃー」

「ふええ……」


 治療の練習も兼ねていたのか、サーシャは側にあった包帯を掴むとすぐさまミスティアの手の治療を始めた。


 フラムはフラムでアプロに声をかけられ気怠そうに向かうと、猿のようにサッ、サッと柱を駆け上り、アプロの持っていた1本の木材、その番付を確認する。


「これちげーッス、そっちのAって書いたヤツ持ってくるッス」

「ん、ああ、あれか!」


 持っていた柱の番号を確認したフラムが指摘すると、一度骨組みから下りたアプロは言われた通り別の木材を上にいるフラムにゆっくりと声かけしながら手渡した。


「うん……オッケーッス!」


 しばらく時間をかけて本格的な作業が続き、ようやく第一段階である家の骨組みが完成するとアプロは額に流れていた一滴の汗を腕で拭う。


「後は床を取り付けるッス、あそこに並べた木の板を取り付けるッス」


 それでもサクサク進める為にフラムの指示は止まらない、家らしい家にはなってきたがまだまだ完成にはほど遠く、何枚も積まれた床板を見てアプロはもうしんどいといつものように愚痴をこぼした。


「はーっ、おっけーッス……」

「私の喋り方を真似するのは疲れてきた証拠ッスね」

「そッス、俺の事わかってるじゃないか」

「アンタの事なんてわかりたくねーッスよ……」


 ははっと軽く笑い、アプロは。


「楽しいな、みんなで作ったりするの」

「そっスか」


 相変わらず冷たいフラムといつものやり取りをしたところで、釘を片方の指で抑えながら、持っていたハンマーでトントンと細かく叩くアプロ、そこへ体力を回復させる為にサーシャはパンを4個乗せた皿を持ってきて声をかけた。


「これ、よかったら……」


 そのパンはどこもかしこも焦げ付いていて形が悪く、パンと呼べるのか怪しいほどぐしゃぐしゃに崩れていたのに一瞬アプロは困り顔をしたが、せっかく作ってくれたのだからとひとまず受け取る事にした。


「あ、ありがとうサーシャ」

「何も手伝えないから、これぐらいは……」

「そっか、まあ、ありがとな!」


 その2人の様子を遠くからるんるんとした気分で花摘みをしていたミスティアが気付くと、ピタリと手を止めてボソリと呟く。


「アプロさん……楽しそうだなあ」


 本当は2人きりでイチャイチャしたい、でも仲良くなっていけば必ずサーシャと取り合いになってしまう、そんな未来が訪れないよう必死に気持ちを塞ぎ込むミスティアは花摘みを続け、やがてカゴいっぱいの本数が集まった立ち上がろうとした途端。


「みすてぃーはなにをしてるッスか?」


 後ろからフラムが声をかけてきた。


「ふわ、わっ!! あっ、あっー!!」


 慌てふためくミスティアは置いていたカゴを蹴っ飛ばしてしまい、摘まれていた花の数本が落ちていく。


「んー花摘みッスか? これまた乙女チックな趣味ッスね」

「そうですう、料理の時間まで暇ですから……冠でも作ろうかと」

「へえ、出来上がったらアプロの兄貴に渡すんスか?」

「わ、わた、渡すだなんてそんにゃ!!」

「言葉が崩れてきてるッス」

「ま、まだ、手を繋いだだけで赤くなってしまうので、そんな事出来ないですう……」


 ぷちぷちぷち。

 ミスティアはトマトのように顔を赤くしながら雑草をむしり続けて照れ隠しを繰り返していた、その姿にフラムは少し微笑むと、手伝おうと地面に落ちた分の花を黙々と拾い始める。


「あ、ありがとうございましゅ」

「……で? みすてぃーはどうしてあのダメ男に告白しねえんスか?」

「それがそのっ、あのっ、サーシャさんも……好きなんです」

「え、アプロの兄貴をッスか?」


 フラムの問いに黙って頷くミスティア、詳しい話を聞くとアプロの事情とサーシャの思い、そしてミスティアの種族の違いによる寿命の差……複雑な問題と三角関係であるのが理解できると、フラムは『崩壊のきっかけ』を掴んだのか、相談に乗る事にした。


「うーん、でもどうして2人とも好きならその思いだけでも伝えないんスか?」

「いやまあその、伝えたら、今の楽しく過ごしていたパーティが、なんか、壊れてしまいそうで……それなら私が黙っていた方がいいかなと」


 むむっと難しい顔をして腕を組んで聞いたフラムだったが、今まで見てきたパーティを軽く振り返って『しまった』。


 沢山の友情破綻を見たフラムだからこそ……脆い部分を叩くのは容易だったが、なぜかフラムはこのパーティが崩れてしまっても別に構わないと今まで思っていた。


 ……だが、今は違う、何度も、何度も『パーティを売る』という決心が鈍りかけている今、この3人が仲良しで居て欲しいと、そっちの方向ばかり願ってしまっているのだ。


「日も落ちそうだし、今日はもう帰るッス」


 ミスティアに見られないよう顔を逸らすフラム、やっとの事で口から出てきたのは追求されれば理由を答えられないほどの適当な言い分だった。


「え、あ、はい! ではまた明日!!」


 ミスティアは花を摘み終わるとその場で立ち上がり、フラムに話したおかげで少し気持ちがスッキリしたのか手を振ってお別れをしていた、反対にフラムはもやもやとした気分のまま、なんだか曇った表情で人が通った形跡のある土道を歩き、母親の待つ家へと向かう。


「お母さん、私は……」



 フラムはアプロのパーティをどうしたいのか、1つの決心をつける。

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