第31話
「あ、アプロの兄貴!?」
飛び出してきたのは青髪の男アプロだった、恐怖で動けなくなったフラムに向かって一目散に走ると、アプロは周囲にいた数匹の魔物達を軽く振った拳や蹴りの風圧で追い払っていく。
バシャン!!
大きな水音と共に、フラムに向かって勢い良くタックルしたアプロは、2人で抱き合ったまま縦回転を三度繰り返す。
「ちょ、ちょっと!! な、なななっなんスか……!?」
幸いにも水がクッションとなりお互い痛みこそ無かったが……アプロが行った謎の行動に慌てふためきながらどういう意図なのかと確認するフラム。
「な、なん……スか」
そこは湖の中心だった、着水した場所は身につけていた靴が埋まるほど浅く、アプロの顔が近い事にドキドキを隠せないフラムだったが、一方で上に被さっていたアプロはじっと心配そうに見ていた。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ッスよ、それよりなんで――」
「それより、なんでこんな所まで勝手に出かけたんだ!! 心配したんだぞ!?」
怒りを抱きながらも優しい言葉をかけるアプロに、フラムはどうしてという疑問の表情を浮かべ、何故飛び込んできたのか言及しないほどに黙り込んでしまう。
「1人になっても戦えないだろ! だから1人で危ないところは行くな!!」
フラムは正式にアプロのパーティに加入してはいない、ただギルドの役員と冒険者の関係性だったが、友達としてみんなで過ごしていた、その理由があれば十分助ける動機であるとアプロは思っていた。
だからこそ、魔物との距離を一旦取るためにフラムを抱いて湖へと飛び込んだのだ。
「アプロの兄貴……ご、ごめんッス」
シーン……。
突然の静寂に包まれ、アプロの濡れた髪先から水滴が何度もポタリとフラムの頬に落ちてくる。
ポタリ、ポタリと水滴が頬から首の方まで滴るが、2人はお互い黙り込んだままだった。
「本当によかった、フラムに怪我がなくて……もうあまり1人で遠くに行くなよ、危ないからな」
「そ、そっスか」
自らが信頼していた仲間にこれから裏切られるというのに、アプロはこんなにも自分の事を心配してくれている、それはフラムだけではなく、恐らく誰もが『嬉しい』という感情に包まれる行為だったが、必死に感謝の気持ちを伝える事を抑え、目線を逸らしながらアプロの身体をどかそうとフラムは押す。
「グルルル……!!」
アプロの作戦は悪くなく、魔物達は予想通り水が怖いのか、近づく事が出来ず遠くから吠え続けていた、そんな魔物達を見て次の作戦をアプロは練り始める。
(一緒に探しに出たミスティア達と魔物が鉢合わせになれば、さらに危険な状況になるな)
ここは自分が魔物を引き寄せ、泉から出ようとしたところ――。
ピーーーッ!!
……遠くからアプロ達の周辺を囲んでいた森から笛の音が突如として鳴り響くと、ゆったりとした歩行速度で暗闇の木々から出てきたのは1人の黒髪の男。
「むっ? ……な、お前達は!?」
月の明かりに照らされ晒すその姿は、執事のような黒い服の男だった。
その男はずぶ濡れのアプロとフラムを見て驚く。
「き、貴様はアプロ!? それとギルドの女!?」
アプロは一体何者かと考える、手には『犬の餌』と書かれた紙袋を持っておりさっきまで「グルル」と唸り声をあげていた魔物達は、男が『飼い主』と認識すると――。
「くうんくうん」
忠誠を示すように尻尾を左右に振り、その持っていた餌を頂く為に一斉に伏せのポーズをした。
「よしよし、ちょっと待ってろよ」
男は1匹の魔物の頭をなで、可愛い声を鳴きながら男の足にスリスリと頭をつける魔物達。
「……えっと、俺と同じ人間か?」
アプロの問いに座り込んだままの男は目線だけ合わせて返事をする。
「我はウルバヌス、お前と戦った魔物だ」
「ウルバヌス? そんな人間の格好をしていたっけ?」
「これはよそ行き用だ、人間の暮らしも案外気に入っていてな」
「ああ、そう……」
アプロは若干呆れながら答えた。
「しかしここで会ったが貴様の運命よ! 今すぐこの斧で真っ二つに……!!」
背中に構えていた斧を握ろうとしたウルバヌスだったが、犬型の魔物達がスリスリと甘えてくる。
「くうんくうん」
「おーよしよし」
そんな気が抜ける光景を見て、濡れた服を乾かす為にとにかく水分を絞る事にしたアプロだった。
――。
――――。
魔物達は餌を食べ尽くし、欲求が満たされたのかお互いに甘噛みしたりとじゃれ合いを始める。
「いやあ、ウルちゃんのペットだったんスね」
ウルバヌスは話を聞き、「すまなかったな」とフラムとアプロに軽く笑いながら謝罪をする、いつもと格好が違い、頭が牛で身体は人間の形をした大男というのがウルバヌスだったが、ただの成人男性が執事服を着ている姿に拍子抜けするアプロだった。
「しかしなんでこんなところにいる、強き者よ?」
「ああ、家作ってるんだよ今」
ウルバヌスは当たり前の疑問を持つ。
「家だと? なぜお前達の国の中で作らんのだ?」
「中で作ると土地の代金やら国に納める金ってのが必要でさ、安く済ませるにはこれしかなかったんだ」
「なるほどな……。だが魔物はどうする? お前しかこやつ等を守れぬのではないのか?」
ギルドからの依頼をこなしている最中、確かにアプロしか目立った魔物は撃退していない、それでもアプロは彼女達を必要ないとは一度も思っていなかった。
「ミスティアとサーシャも冒険者だ、魔物に負けないほど実力はあるよ」
「ほう、随分信頼しているのだな……。ところでアプロよ、そういえばまだ貴様の決着はついていないな」
「え?」
「今この場で、決着をつけようぞ!! 冒険者よ!!」
ウルバヌスは足を広げグッと拳に力を入れる、すると身体の周りに青色の気が纏い、魔力が増幅されていくと、顔は変形して牛の姿となり、執事服の上半身がビリビリと破れる。
「あーそうだこれこれ! これが俺の見たお前の姿だ!!」
うんうんと頷きながらアプロは言うと、納得した表情でフラムと一緒にテントへ帰ろうとする。
「お、おい待て冒険者ヨ!!」
あっさり立ち去ろうとする2人にウルバヌスは必死に引き留め、面倒くさそうな顔をするアプロ。
「えー、どうしてもやらないと駄目か?」
「もちろんだ、今ここで終わらせてやるゾ!!」
斧を振り上げ、アプロに向かって襲いかかってくるウルバヌス、それを見たアプロはため息ひとつ、軽く拳を向かってくる斧に向かって振るった。
――。
――――。
「な、なぜだ……」
人間の姿に戻っていたウルバヌスは大の字で倒れ、側には欠けた斧が地面に刺さっていた、顔はボコボコとなっており、反対に全く傷ついていないアプロを見るに、双方の戦いが圧倒的だったのが窺える。
(俺の力で勝ってない以上、全然気持ちが入ってこないな)
孤独薬の力で勝ってもアプロは何も嬉しさを感じなかった、それどころか襲ってくる虚しさに、いつしかアプロは自ら魔物と戦いたいという闘争心すらも失い、むしろ仲間の為に守りたいとテスターとの戦いを経て、強く思うようになっていた。
「じゃあ俺達はもう行くぞ、ミスティア達が気付いて探しに来てるかもしれないからさ」
「ま、待てアプロ! メイス様がお前を探していたんだ!」
「メイスぅ? ああ、あの小さい魔王か」
「な、なんで我の時より印象に残っているのだ!?」
「いやまあ、割と最近の事だしな」
肩すかしを喰らったウルバヌスだったが、アプロがさっさと用件を聞きたがっていたので。
「メイス様はお前の力を認め、不本意ながら仲間にしたいと考えている」
「ん? ああ、それで俺がここに住んでいる情報でも掴んだのか?」
「いや違う、今回は散歩だ」
「……そうか」
ウルバヌスとは心底どうでもいい会話を繰り返してしまう、と判断して軽く手を振ってアプロは立ち去ろうとする。
一方でフラムは友達のように「ウルちゃん今後もよろしくッス」と別れの言葉を告げた、その時遠くからアプロ達の名前を呼ぶ2人の女性の声が聞こえ、アプロはミスティア達が探しきたのだと察した。
「アプロさあああん!!」
「ふ、フラム、な、なんでずぶ濡れ?」
「そりゃもうあれッスよあれ」
心配するサーシャとミスティアに対し意地悪な顔で返事したフラム、手を重ね合わせやたらと卑猥なイメージを抱かせると「ええー!!」と驚きながら2人は手で口元を隠したが……。
「誤解を招く言い方をするな」
すかさずアプロはツッコミを入れた、ミスティア達を探す手間が省けたと思ったアプロは全員で帰ろうとしたが。
「ま、待てもう一度勝負城!!」
途中呼び止めてくるウルバヌスの声を無視し続け、何度も引き留めているうちに「くうん」と鳴く犬の悲しい鳴き声に「おーよしよし」と優しく対応したのか、そんな甘い声がうっすらと聞こえ、そのまま歩行を続けているとやがて完全に声は消えていく……。
「ウルバヌスさん、実はいい人だったんですね」
「どこの魔物もそうなのかもなー」
「うーん、そうだといいですねえ」
歩きながらミスティアが言う言葉に、あまり考えず答えるアプロだった。
◇ ◇ ◇
コツ……コツ。
1人の男が鳴らすブーツの音が響く。
そこはダンジョンとも言えるほど広くはなく、『牢屋』のような作りをしていた、1人の男は音を鳴らしながら石で作られた階段を下りると、一直線しかない道の側には複数の鉄格子と部屋が取り付けられていた。
罪人らしき人物が何人も収容され、男は誰かを探すように歩き続けていると、目的の人物を見つけたのかとある収容部屋で足を止める。
「気分はどうだ?」
鉄格子越しから背中を向けていた男が返事をした。
「最悪ですよ、ところで貴方は……?」
男は持っていた燭台で牢屋の中が良く見えるように照らす、しっかりと映ったのは金髪のくしゃくしゃ髪のテスターだった。
「時間がない、ここから出すからまず俺の質問に答えてくれ」
男は時間がない事を伝え、少し焦り顔で話を進める、もちろんここから出られるという魅力に負けてコクリと頷くテスター。
「俺は封印剣を持った人物を探している、お前で間違いないな?」
封印剣……その言葉にテスターはピクリと眉を動かし。
「……知りませんね、そんな人」
「テスター、これを見ろ」
「そ、それは!? 看守が預かっていたはずでは……」
「安心しろ殺してはいない、これはお前の持ち物だったんだな?」
「くっ……」
男が見せたのは封印剣そのものだった、看守に奪われていた剣をなぜ回収出来たのか?
その事が気になったテスターはうっかり反応を示してしまい、剣について関わりを持っていたのを示すのには十分な証拠だった、ふっと鼻で笑い目的を果たした男は、否定も肯定もしないテスターを見て。
「俺は今、ある事情で武器を回収しているんだ」
「回収? って事は貴方は……?」
黒い髪とうっすらと生やした髭、年齢は30歳ほどに見える中年男、その男は口に葉巻をくわえ、待ってましたと言わんばかりに葉巻を持つと少し嬉しそうに自身の名前を名乗った。
「俺は、ネリスだ」
その言葉を聞き、驚いたテスターは檻の中にいるにも関わらず、食い入るように鉄格子に近寄ってから、両手でグッと掴んで尋ねる。
「ねっ……ネリス!? 貴方があの!?」
「シッ、声がでかい」
「しかし貴方は死んだはずでは!?」
「ま、待て本当に声がでかいぞ」
「わ、私は貴方に憧れ――」
「頼むから黙ったまま聞いてくれ」
「あっつっ!?」
至近距離で話を続ける興奮気味のテスターに、男は口にくわえていた葉巻をテスターのデコに押しつけてから、シッというゼスチャーで必死に伝えると、理解したのか黙り込むテスター。
「いいか? まずお前を何の縛りもなくタダで外へと出す、その代わりに”ゼイゴン”が作った各地にある武器の回収を手伝ってほしい、それと――」
ネリスと名乗った伝説の男は、少し間を空けてテスターに伝える。
「エルフと人間の二次戦争が起きかけている、それを俺とお前で阻止するんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます