第30話
◇ ◇ ◇
……どれくらい眠っていたのか、アプロの寝顔を見ていたら自身も眠っていた事に気付いたミスティアは、空を見ると一面夕焼けに染まっており、今度は夜の料理を作る為に女性客が広場に溢れていた。
ガヤガヤと雑多な音が混じれる中、お昼と同じように商売上手な店員達が声をあげていく。
「み、みんな起きてくださいいい!!」
「「ん……」」
同じように横で眠っていたサーシャとアプロの身体を揺すって起こそうとするが……。
何度揺すってもアプロだけ起きないので、仕方なくサーシャが膝を曲げて座り込み、アプロを抱きかかえた形で帰路へと向かう。
「フラムさーんっ、帰ってきましたよー!!」
フラムはお腹がすいていたのを先に優先し、笑顔のミスティアとは裏腹にむすっとした顔で返事をする。
「おせーッスよ、みすてぃーとサーシャの姉御ー!」
「ふええごめんなさいい、アプロさんと一緒に寝てて……」
「え、一緒に寝たんスか? ……3人でイチャイチャなんて、随分乱れてるんスね」
「ち、違いますよお! お昼寝ですよお!」
ミスティアがツッコミを入れる中、テントにアプロを寝かしつけたサーシャは。
(……こ、これ、入り口を閉めたらキスとかで、できたり……)
悪い考えが働く、ダメだとわかっていながらも、ゆっくりとした動作でアプロの唇を奪おうとしたその時。
「めちゃくちゃお腹がすいたッス! 早く料理を作るッス!!」
「うえっ、あっ、と、う、うん!!」
「どうしたんスか?」
「べ、別に……」
すぐにアプロから離れ、もじもじとサーシャは外した兜を着け直した、まずフラムが集めてきた数十本の枝を1カ所にまとめ、ミスティアが杖を持って「大気に潜む炎の泉よ、我の手と共に湧き上がれ。フレイム・ピラー!」と詠唱する。
すると火の魔法が杖の先から放たれ、沢山の木の枝に着火していった。
パチ、パチ……。
火の熱によって変形した枝は複数回折れた音を鳴らしながら、どんどんと塊を大きくする。
膝ぐらいの高さまであがったのを確認してから、ミスティアは頭を左右に振りながら鼻歌を楽しく歌った。
「ぷっぷっぷ~。クレープクレープ」
次に買った物が入った紙袋の中身を取り出し、鉄で出来た鍋の持ち手掴んでから火の塊の上で転がし始める、その手慣れた動作にサーシャとフラムは感心していた。
「みすてぃーほんと料理うまいッスね」
「お母さんに教わったんですよお」
「そう、なんだ」
サーシャの家庭は昔から戦士としての教育を一貫している、それは数十年前にあった『エルフと人間の種族戦争』が原因であった。
親は子を守るのが当たり前であり、その子が大きくなって『自分の道』を見つけるまで、外敵から守る強さを身につける。
故にサーシャは戦う事以外の技術には疎く、異性との恋愛も未熟だった、だからこそ料理という『女の子らしさ』を身につけたいと思っていた。
「……いたっ!」
「あっ、サーシャさん! どうしたんです急に!?」
料理中のミスティアが気付く、置いていたナイフを不器用に動かし始めたサーシャだったが誤って手の皮を切ってしまい、指先を口にくわえて痛みを堪えようとする。
「ば、ばい菌がついちゃいますよお!!」
傷を治そうとミスティアは慌ててテント内へ入り、転びながら包帯と杖を持ってきてはサーシャの指にぐるりと巻き、和らぐよう治療魔法をかけた。
「ご、ごめ、ん……」
「いいんですよ、それよりどうしてあんな事を?」
「り、料理、してみたかったから……」
「それでしたら、私が教えましょうか?」
「う、ううん、いいの、私には戦闘以外……」
アプロから教わる約束をしていたのもあったが、サーシャは昔から自分を低く見てしまう癖がある、それを数日間パーティとして行動している上で、どことなくわかっていたミスティアは。
「そんな事ないですよ、誰だって最初は失敗からです!」
両手をグッと握ってサーシャを励ます。
「そ、そうか、な……?」
「私だって反省とか後悔しっぱなしですし、今日だってトマト落として……みんなにも迷惑をかけちゃいました! でも、みんなが許してくれたから私はまた進めるんです」
「ミスティア……」
「ほら、こうやって優しくナイフを当ててこう……やってみません?」
「う、うんやって、みる」
サーシャは再び料理を始める、そんな楽しそうに会話し、仲良く料理に向き合う2人を見て、フラムは少し迷う。
(……か、関係ないッス、今までもこんな仲良しパーティは見てきたし、誰かが金が転べばあっさりと崩壊するッス)
フラムは素っ気ない態度を振る舞い、楽しそうな光景に目を逸らして筒に空気を送り火力を調整した。
――。
――――。
太陽は完全に山々の影へと沈み込み、代わりに月が顔を出す時間帯、円状に広がる草原とテントの周りに潜んでいる小さな虫達のコーラスが鳴り響き始めると、3人は燃える火を見ながら料理を食べ、ゆったりとした時間を感じていた。
「うーん、おいひいですねーっ」
暗くなった空を見上げ、鍋から出来上がった煮込みスープと具材をスプーンで取り、もぐもぐと口を動かすミスティア、点々と輝く星空はとてもとても綺麗だった。
パチ、パチ……。
枝が折れる音だけが鳴り続く。
食事も終わり、燃え続ける火を眺めるミスティア、これから何十年、何百年もこういう時間を『友達』として共有出来ると考えると妙にニコニコして2人を見る。
「何笑ってんスかみすてぃー」
フラムはそんな気味の悪いミスティアに声をかけた。
「えへへー。私友達とか、そういうの今までいなかったから、とっても楽しいんです!」
「「友達がいない……?」」
サーシャとフラムの2人はその件についてさらに追求していいのか躊躇うが、ミスティアは「気にしなくていいです」と言って説明を始めた。
「私って戦争の終結後、養子としてローランド家に拾ってもらったらしいんです、だから本当の両親の顔を知らなくて……」
「ろ、ローランドって西のスヴェイン国で有名な富豪の家ッスよね?」
ミスティアは胸に手を突っ込み、1つの首飾りを出した、それは間違いなくローランド家の紋章が刻まれた飾り石であり、びっくりした声をあげる2人、ローランド家の娘がなぜこんなところにと2人が尋ねる前にミスティアは話す。
「家の中から一切外に出ず、教育、勉強、生活と何ひとつ不自由ない生活を送ってきたんです……それで、私の人生って本当はなんだろうって思い始めたら、みんなが出歩く外の世界に興味を持って……窓をずっと眺めていました」
ずっと箱入り娘として育てられてきたミスティアにとって、外の世界がどうなっているのか、周りの同い年の人達がどういう価値観を持って暮らしているのか、気になるのは当然のことである。
「それである日、無断で家を出たんです」
「え、それ、めっちゃ怒られるんじゃないスか?」
フラムの言葉に、コクリと頷いたミスティア。
「もちろんこっぴどく怒られましたよお、でもその時、会ったおじさんがとても私の身の上話を聞いてくれて……自由に過ごせる冒険者という職業を知りました、その話を嬉しそうに両親と話したら……意図を汲んでくれたのか、リッカ先生という人を紹介してもらいました」
「ちょ、ちょっと待って! リッカ、先生って?」
隣に座っていたサーシャはぐいっと前のめりになる。
「どうしたんですう?」
「その先生って、赤髪じゃなかった?」
「そうですよお、赤髪のリッカ先生、私の師匠さんです!」
サーシャは2年前を振り返る、試験のあと冒険者になり、ずっとアプロを探す為に世界を巡っていたが、西の国で居たのがようやく判明し、ミスティアの話が事実ならしばらくアプロはスヴェイン国でリッカと過ごしていた、という事になる。
アプロとミスティアは最近知り合ったばかり、という事はなぜアプロがリッカの元を離れ、ミスティアに対しリッカはなぜ、アプロの話をしなかったのか?
サーシャは尋ねたかった事を話そうとした最中、タイミング悪く甘い匂いに釣られたアプロは目をこすりながらテントから出てくる。
「あ、アプロさんっ! ご飯出来ましたよーっ」
「おー」
テトテトと嬉しそうにミスティアは近寄り、妻のように出来上がった料理をミスティアは見せる。
「うまそうだな」
「ふふふ、腕によりをかけて作りました!」
「そりゃ楽しみだ」
聞く機会を逃してしまったサーシャは食事にありつくアプロを見つめ、2年前の事をいつか尋ねようと決める。
◇ ◇ ◇
ガバッ。
テントで寝静まっていた4人のうち、突然毛布を取ったフラムは起き上がって外へと出て行く。
「……なーんで迷ってんスかね」
フラムはちょくちょくエディルと落ち合い、今後どうするべきが指示を受けていた、その内容は『孤独薬の効果が出た人間の情報を教える事』、その人物が誰なのか、どこに住んでいるのかを伝えるだけで多額のお金をもらえるという内容だった。
「力を使って権力を振りかざすゼイゴン、アプロの兄貴を使って何をするのか……」
ゼイゴンという男は過去に武器商人でもあった、エルフと人間が争う戦争、その裏方として武器を売り捌き、影の王という地位を手に入れていた。
アプロを利用して戦争がまた起きてしまうのなら、自身が引き金になってしまうのかもしれない、そう考えるとフラムは少し気が引けていたが、今回に関しては今までにない多額のお金を受け取っている。
それに加え、沢山の仲間達を売ってきた事を思い出すと、次第にフラムの罪悪感は薄れていった。
(元々が汚れてるなら、何度汚れても一緒ッスよね……)
ゼイゴンから今回のような多額のお金をもらえば、しばらく病気の母親を養えるのに仕事をする必要はない、まず救うべきは身内、そこに仲間や友情などフラムにとっては二の次だった。
「ああもう!! だからなんで……!!」
それなのにフラムは思い浮かべてしまう……アプロ達と家作りを楽しむ日々、任務を受け、傷だらけになりながらも嬉しそうに帰ってくる3人、食事の際も助け合うサーシャとミスティアから感じられた、あの家族のような優しい温もり。
何度も見てきたはずだった、そういったパーティは、なのに、どういう訳か今回だけは何度も、何度も悩んでしまうフラム。
それがわからなかった、なぜアプロのパーティだけはそうなってしまうのか?
内から生まれてくる迷いや戸惑いに葛藤すると、振り払うように突然森の中へと走り出してしまう。
「はあっ……!! はあっ!!」
もう、フラムは十分理解していた。
今まで見てきた誰よりも、楽しそうに過ごしていた事を。
フラムは理解していた。
自分が誰かを引き抜こうと声をかけても、その仲間の欠片が崩れる事はないだろうと。
例えパーティが解散したとしても、あの3人は仲良しで居続けるだろう、と。
(……金の為なら見捨ててもいい? 金がもらえるなら、彼らを裏切っても心が痛まない?)
今まで抱かなかった感情が、フラムを襲った。
「はあっ、はあっ……!」
フラムは息を切らしながら、密集していた森を走っているとやがて広い池へと出た、おもむろに池に近寄って顔を覗き込むと、水面から映し出されたのは眉を歪め、迷い続けている自分の姿が映った。
そんな心を映し出した池の水を一度手ですくい、バシャッと顔を洗って心の帯を締め直す。
「お母さんッス……大事なのは、そっちを優先するべきッス」
――その時、後ろから動物の鳴き声が聞こえた。
「グルルル……」
「ま、魔物ッスか!?」
しまったと急いで立ち上がり、懐にあった果物用のナイフを取り出すが、恐怖によって手を震わせ、無意識に少しずつ後ろに距離を取っていた。
戦闘をした事がないフラムにとって、初めての経験からか足の感覚すらも無いほどにガクガクと震えていた。
「ワオオオーンンッ!!」
1匹の魔物は甲高い声で鳴くと、ゾロゾロと周りの森から何匹の魔物が現れる、その数は5匹……とても冒険者ではない一般人が太刀打ち出来る数ではなかった。
あっさりと魔物達に取り囲まれてしまったフラムは、腰を抜かしてその場に倒れ込んでしまう、最悪の場合死もあり得ると、一瞬頭によぎると。
「フラム!!」
1人の男性が森の中を走り回りフラムを見つけると、大声を出して飛び出す。
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