第29話


 世界の中央に位置する国、『カルロ』、街の中心にあるのは大きな城と、周りを取り囲むように作られていた街は世界2位の人口を誇る。


 お昼は特に住民達の声によって国は活気づいていた、4本の木を使って建てられた簡易的なテントの上に、白い布がピンと張られ、その中は食材などここでしか買えない装備。


 まるでフリーマーケットかのように商品が立ち並ぶ。


「しゃーせー!」

「野菜とっても安いよー!」

「ここでしか買えない防具もあるよ!!」


 地面には砕いた石を敷き詰め、人々の歩く音や話し声が雑多な中、木箱の中にぎゅうぎゅうと入っていた商品をアプロは流し見して、この街は食べ物に困っていないのかと考えていた。


「えーっと、にんじん、ピーマン……。うん、今日は野菜中心で行きましょう! お肉は高いですからね!」


 グッと軽くメモを握りつぶし、気合いを入れたミスティアは少しでも安いモノで生活を凌ごうと必死だった、アプロの組んだパーティはお金もなく、1ペクスでも安くをモットー。


 ……それはまるで獲物を探す鷹のように、キョロキョロと見渡し続けていた。


「お、ミスティア、これなんかいいんじゃないか?」


 こうなった時のミスティアは半ば暴走状態で、誰かが止めても結局自分の中で答えを出してしまう。


 そう思ったアプロは適当に目についたにんじんを1つ取り声をかけて購入をそそのかせるが、ミスティアはどこか納得のいかない表情を浮かべた。


「うーん、これ、ちょっと黒ずんでます! 私はこっちのお店のがいいと思いますっ」


 達人の目は誤魔化せないな、とアプロは財布にいくらあるか金庫番のサーシャに尋ねると。


「い、一応少しは贅沢出来る……」

「んー、じゃあ、ミスティアそっちにするか」

「はいっ! あ、あのアプロさん」

「ん?」


 突然、ミスティアは自身の手を差し出し、もじもじと戸惑いを見せながらアプロに尋ねた。


「あ、あの。て、手を……繋いじゃったり……しちゃったり……」


 ぎゅっ。

 一瞬どうしてかと思ったアプロだったが、特に感情を抱かずミスティアの右手を掴むと、一瞬で赤くなったミスティアは頭の中が爆発したかのように煙を吹いた。


「わたし、も」


 負けじとサーシャもアプロの左腕をぎゅっと掴み、自身の胸を押しつけてくる。


 これがどういう意図なのかわからず困惑するアプロ。


「どうしたみんな?」

「なんでもないです……」

「う、ん」


 2人は少しの時間、商品に目が入らないほどアプロを見つめていた。



 ――。

 ――――。



 ……騒がしかった街は落ち着きを見せる、大きな1本道を歩く人が減りだすが、ミスティア達は未だに良しとする食材が見つからなかった。


「まだかー、ミスティア?」

「もうちょっと探してきますー」


 一直線に立ち並ぶ店を行ったり来たりと往復を繰り返すミスティアの姿に疲れ、その辺の木が立つベンチに腰をかけるサーシャとアプロ。


「ここ最近でわかったけど、ミスティアはほんっと結構料理に拘るみたいだな」

「そ、そうだ……ね」

「ダンジョンに行くときはサーシャが前を担当してくれてるし……って、2年前もそうだったっけ?」


 そんなアプロの質問に、サーシャは何か言いたそうな雰囲気を出す。


「どうした?」

「あ、えっと、わたし、料理が、出来ないから……。悔しいなあって」

「悔しい……って?」

「うん」

「……それなら、俺が教えてやろうか?」


 少し驚いてサーシャは聞き返す。


「あ、アプロ、が?」

「簡単なモノしか作れないけど、それでいいなら」


 サーシャはなぜか照れると、考え過ぎているのか頭の上にプスプスと白い煙を上げ続けるミスティアをチラリと見て、少しの間悩んでから再び目線をアプロに向き直した。


「うん、料理、教えて」

「そうか、じゃあ明日の朝飯は俺達が作ってみよう、ミスティアばっかに負担かけさせられないしな」

「う、ん……」


 ようやく目当ての食材が見つかったのか、ミスティアは2人の会話を遮るほどの大声で叫ぶ。


「アプロさーん! サーシャさん!! やっと見つかりました! これめちゃくちゃいいですーっ!!」

「ミスティアー、そんな振り回してたら落とすぞ」


 ミスティアがぶんぶんと振るそのトマトを見て、その後のオチが予想できたアプロは忠告したが、読み通り手からすっぽ抜けたトマトは石畳の地面へと落ち、形を崩してしまい、商人に怒られながらペコペコと頭を下げるミスティアの姿にアプロは半笑いで駆け寄っていく。


「アプロは……」


 その様子に身につけていた兜を取り、眉1つ動かさないで見つめていたサーシャは一言口ずさんだ。


「私とミスティア、どちらかを選べと言われたら、どっちを……選ぶんだろう」



 ――。

 ――――。



「良かったなあミスティア、弁償するだけで解決して」

「ふええ、あの人すっごく怒ってました……」


 長時間に渡る夕飯の買い物が無事に終わった3人は紙袋を抱え、街の中と外を繋ぐ門へと向かっていた、ミスティアは探し回った時間と結局弁償したことにより、いつもより準備にかかってしまった事に、申し訳なさそうにトボトボと歩く。


 好きな事、得意な事には全力なのがミスティアのいいところで、力を入れすぎてしまえば空回りするのもアプロは何となく理解していた。


「俺は楽しかったから、また次回作る時に頼むよ」


 そう言って、アプロはミスティアの頭を撫でてフォローをすると。


「あっ、たっ、その、あの、簡単に女の子の頭を撫でちゃダメですっ!!」

「そうか、悪かったな」

「悪くはないです!!」

「悪くないなら別にいいんじゃないのか?」

「ダメです!!」


 こういう所はまだよくわからないなと思いつつ、アプロはガンガンと響く頭痛と止めどない睡魔に耐えながら、側にあった木のベンチを見ると「少し休憩していいか」と2人に尋ねた。


「そうですね! アプロさん寝てないですしっ、ゆっくり休んでください!」

「しっかり、休んで」

「……悪いな、ある程度経ったら起こしてくれ」


 笑顔でミスティア達が答えたのを見たアプロは安心し、子供達が家に帰る時間が迫っているのか「またね」とお互いに別れの言葉を聞きながらベンチに座り、後ろへ寄りかかって目を閉じた。


「……ね、寝ちゃ、った?」


 つん、つんとアプロの頬を指差して確認するサーシャ。


「……はい、多分、寝ましたねっ」


 アプロを挟むように両隣に座っていたミスティア達は、アプロが寝たのを確認をすると小声で話を始める。


「今日でハッキリとわかりました、アプロさん、明らかに私達が好きな事に気付いてないですよね?」

「うん、鈍感」

「いくら孤独薬で異性を好きにならないと言っても……これじゃ全く意識してもらえないですよお」

「でも、このまま、どちらも愛してくれない方が、私達にとっては、いいのかも」

「そうかもしれないですけど……サーシャさんは愛されるべきですよ、私はほら……」


 ミスティアは自身の長い耳を指で触ると、それをしならせ、がっかりした顔でビヨンと上下に跳ねさせた。


「エルフは人間と何百年もの寿命の差があるんです、だから仮に結婚したとしても……結局、アプロさんが辛い思いをするだけなのかなあって……」


 重い言葉に、サーシャは黙り込む。


 エルフの気持ちはエルフになってみないとわからない、だから愛しい人を『先に失ってしまった』時、何百年も1人で過ごさなくてはいけないというのは、人間であるサーシャには理解が難しかった。


「……アプロが、私達のどちらを選んでも、誰も選ばなかったとしても」


 そう言いかけ、サーシャはミスティアを見た。


「そ、そうですね、せっかく仲間として知り合えましたもんねっ! 私達は仲間ですよ!」


 ミスティアの返答にサーシャは前のめりになって顔を手で覆った。


 次の一言は、どこか言いづらそうな一言だった。


「うん……そう、だね」

「そうですっ!!」


 サーシャは思う、私は選ばれなかった事に、耐えられるんだろうか?


 と……。





        ◇    ◇    ◇





 3人の買い物が行われている中、場面は変わりアプロが土地を整備していた家の拠点に1人の男が現れる、その男は少し見渡した後「なんだ、こんな汚いところに住もうと言うのか?」とボソリと悪口を吐いた後、ポツンと立っていた黄色のテントを覗き込む。


「こんなところにいたのか……」


 男の見た目はピカピカの胸当てと、腰の剣がやたら目立たせ、後ろに身につけた青のマントを靡かせるとおもむろに手を伸ばし寝ているフラムの胸を触る。


 もみもみ。


「以前より少し大きくなってるのか」

「ん……っ」


 目を覚ましたフラムはまず胸に変な違和感を覚えると、もみもみと触られた事に顔を赤くする。


「なっ……なっ!!」

「ようフラム、俺様が来たという事は……ぐえっ!!」


 怒ったフラムは迷わず拳を握り、男の顔面へと叩き込んだ。


「な、なにをするんスか!!」

「いや、2年前と比べて胸が大きくなったかなと思ったがあんまり変わってなかっ……ほごぉ!!」

「お前は寝ている女の子の胸を触ってもいい教育でも受けたんスか!! 死ねッス!!」

「痛い! ちょっと待ってくれほんとに痛い!!」


 激怒したフラムはテントの外へ転がった男にもう一度、顔面に目掛けて複数回蹴りを放つと。


「ま、待て! ほら! 今回”アプロ”達を調査してくれたお礼だよ!!」

「はあ、はあ……お礼? いつもより多いッスね」

「ああ、今回の調査はなんでも特別だそうだ、おっと深くは聞くなよ? 俺も知り合いが消されるのは見たくねえぜ」

「……」


 攻撃を止め、男の差し出された袋を開けると中には200ペクスが入っていた、この国なら高級な服を5着、飯にもしばらく困らない大金である。


 そんな多額の報酬にフラムは困惑しながら受け取ると、アプロ達に見られないよう懐の奥へ隠す。


「お前が色んなパーティの情報を売ってくれたから、ギルドとは違ったルートで冒険者を紹介出来て助かるぜ、クククッ……」


 情報を売るのはギルドで冒険者の管理をしているフラムにとっては容易な事だった。


 なぜギルドとの信頼問題に関わる違法な行為に加担するのか、それは。


「病気のお母さんを養うにはまだまだお金が必要なんだろ?」

「そっスね……」


 その男の姿は2年前、アプロと共に試験を受けていた男だった、しかし自身が試験に落とされてしまい、納得出来ず試験官にも当たり散らし、周りからの期待から絶望に変わる目を見てきた男である。


「あいつは俺の全てを奪っていきやがった、許せねえぜ……」


 深い憎しみと嫉妬を抱きつつ、どうにかしてアプロを貶める方法をずっと探していた男。


「でも、アプロの兄貴達は最近依頼でダンジョンに行ってて、昔より強いはずッスよ? 冒険者資格を持たない者が勝てると思えないッス」

「そんな事心配すんなよ、俺たちのバックには誰がついてるんだ? 金色のパーティカードを持つ、あの”ゼイゴン”様だぞ!! それにお前が”パーティを売る”なんて呼吸と同じくらいしてきただろう?」

「それは……」


 フラムは言葉に詰まる、男の引き抜き、つまり仲介役によって今まで内部分裂していくパーティを複数見てきたからだ。


 それに対し罪悪感がない訳ではなく、今回のアプロのパーティを壊す件についても少し戸惑いを見せる。





「……何を躊躇った顔を見せてんだよ? 俺様はこういう形でアプロに復讐を果たせるし、お前も金が手に入る、世の中金が全てッスっていつも言ってたじゃねえか?」


 そう、フラムは大金を得る以上、他に選択肢はなかった、コクリと頷くと男は納得してフラムの肩に手を回す。


「もっと金が必要なら、身体を売る仕事だって出来るんだぜ?」

「だ、ダメッス!! それだけはやらないッス!!」


 その手を振り払い、男から自身を守るように距離を遠ざけるフラム、薄気味の悪い笑みを浮かべた白い髪の男を見て、フラムはギリッと歯を噛み合わせながら睨み付けた。



「エディル……。お前いつか、酷い目に遭うッスよ」

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