第28話
「ぐえっ!!」
ロープがどのぐらい長かったのか、アプロは計算には入れてないが偶然にもサーシャの目の前で止まり、反動の衝撃によってくの字に身体を曲げ、何とも情けない潰れたカエルのような声を出した。
「あ、アプロくん……」
「は、早く来い、サーシャ!!」
「で、でもっ」
「いいから、俺を信じろ!!」
必死に手を伸ばすアプロ、2人の距離は足を一生懸命に伸ばしてもつま先が身体に触れるかどうかの絶妙な距離で、キャッチに失敗してしまえばサーシャは遙か下の岩盤に叩きつけられてしまうという……非常に危機的な状況だった。
この高さで落下すれば怪我だけでは済まない、命を失う危険性も考えなければならないが、このままぶら下がったままという訳にもいかなかった。
「こわ、い……あ、アプロくん……」
下を見れば見るほど怖さが身体を包み、身体は石のように動かなくなる、そんな怯えた目と唇を震わせながらアプロを見ると。
「サーシャ、信じてくれ、俺は絶対に離さない」
アプロは落ち着いていた、確信したかのようにそう伝えサーシャを見る。
既に1本で支えていた橋は限界を迎え、ジリジリと細く……徐々に細くなっていき、もう一度アプロが来いと叫ぶと、覚悟を決めたサーシャは手を離し、アプロの胸に目掛けて飛んだ。
――ブチッ。
その瞬間ロープは切れ、岩壁に叩きつけられながら橋は形を崩していく。
――。
――――。
肝心のサーシャは。
「あ……アプロ、くん!」
無事、アプロの両手に抱かれ救出に成功した。
「よかった……無事で」
「こわ、私……こわかっ……!!」
「大丈夫だ、もう怖くないぞ」
今にも泣き出しそうなサーシャを安心させるように、よしよしと頭を撫でるアプロ、ぎし、ぎしとロープを揺らしながら、2人は唇が触れるほどの距離で見つめ合うと、心臓の鼓動が速まる。
「サーシャ……その」
「え?」
「胸、防具とかで隠した方がいいかもな」
「どうして?」
「いやまあその……」
大きな胸が当たって恥ずかしい、そう言えずポリポリと照れたアプロは目線のやり場に困っていた。
「さて、どうやって上がるか」
救出は無事成功した、ここからどう引き上げてもらおうかと、サーシャを救うという事で頭が精一杯だったアプロは次の行動まで考えが及んでいなかったが。
「い、いいよ、別に」
「え?」
そんな事は気にしていないとばかりに、サーシャはニッコリとアプロを見る。
「も、もう少し、このまま、一緒が、いい……」
その一言にドキッとしたアプロは、視線を上に向けて頬をポリポリとかいて照れ隠しをした。
「え、うーん、まあ……いいけど」
頭の中がぼんやりとする、突然として訪れた幸福感に動揺を隠せないサーシャは、この瞬間が永遠に続けば良いと思った……それは既に、アプロへの恋に落ちていた。
一度落ちてしまえばアプロの事しか考えられず、試験が終わるまでしばらくアプロを見ていたサーシャは、気付いた受験生達に引き上げられ、3人の試験は無事に終わった……。
「な、なんで俺様が不合格なんだ!?」
「エディル、お前にはまだ冒険者で組むパーティとは何か、がわかっていない」
しかし、その年に合格したのはアプロ1人のみだった、リッカを含む試験官達に向け、必死に抗議するエディルの姿を見て、サーシャは自分がなぜ不合格になったのか納得する表情だった。
そしてアプロは雲隠れするようにある日突然、国から去って行く、指導者であるリッカと共に……。
◇ ◇ ◇
(そ、そうだ……それでいくら待ってても、帰ってくる事はなかったのは……なんでだろう)
回想は終わる、もう一度アプロに会いたいと思ったサーシャは2年を跨ぎ、世界各地を巡ってとうとうアプロが住む『カルロ』という国を訪れた。
そこで偶然入った冒険者ギルド内で、グレイシー達のパーティに加わるアプロを発見すると、こっそり後を追いかけようやく再会を果たす事が出来たが……。
好きだったという、この思いを伝えられぬまま今でも保留となっている事に、結論を出そうかと悩んでいた。
(い、今は、ダメ、わ、私がこのパーティをかき乱したら……)
今なら告白出来るのではないだろうか?
ミスティアとは知り合ってそんなに経っていない。
そこまで他人の事を考えるべきなのだろうか?
自分の幸せを優先するべきなのでは?
そんな考えが一瞬、頭によぎるがすぐに断ち切ってしまう。
(み、ミスティアもアプロが、好き……)
だからこそ伝えてしまえば、その関係が複雑に絡み合ってしまう事はサーシャも理解していた、そんな混沌とした状況の中で、アプロが「好き」という溢れてくる気持ちを必死に隠す事が出来るのか。
迷いながらも、サーシャはミスティアと同じように横になって布団を被って考えない事にする。
――。
――――。
「……まさか、寝ずに労働させられるとは思わなかった」
目の下に大きなクマを作ったアプロはゲッソリとしていて、かすれた声でミスティア達に挨拶をした。
「めちゃくちゃ眠そうですう」
「アプ、ロ、だいじょ、うぶ?」
「昨日ずっとフラムと話しててな、それより聞いてほしい事がある」
2人の心配を受け入れ、アプロはギルドの1階、その1つのテーブルにて話しを始めた。
「えっとまず、俺達のパーティが生活出来る基盤、つまり家を建てよう」
「「家?」」
全員が驚きの声をあげたか、何回も聞いた話かのようにフラムだけは眠そうな顔であくびをする。
「フラム先生、後はお願いします」
深夜テンションでノリノリのアプロが手を下ろし、サッと1歩下がると頭をフラフラとさせ、眠そうな顔でフラムが説明を始める。
「家の設計図はとりあえず出来たッス。で、アプロの兄貴?」
「ん?」
「金はどうするんスか?」
「そりゃまあ、みんなで依頼をやるしかないな……」
「というか私なんかよりドワーフに工事を頼めば、いい家に住めるッスよ?」
アプロは否定する、あくまでもみんなで作った家に住むと伝えると、フラムは腕を組んでまた困り顔をした。
「……うーんまあ、いけなくはないと思うッスけど」
みんなでギルドから紹介された依頼をこなし、お金を貯めて家の材料を買ってそこへ住むという計画表をミスティアとサーシャに手渡すと、読み上げるミスティア。
「えーっと、まずアプロさんが丸太を調達、削り出しと加工はフラムさんが行い……任務は全員でやる」
書かれた文字を読み上げていくミスティア、紙には事細かに書かれた図面と、材料の調達方法がしっかりと書かれ驚くミスティア達。
「す、凄いですこれ!!」
「こ、こんな、緻密に……」
「そこで2人には内装を任せたいんだ、今日は俺が丸太を持ってくるところまでだな」
そんなペラペラと話すアプロを見て、フラムは一言いった。
「アプロの兄貴、いつも思うんスけど機転だけは利くッスよね」
「だけってなんだよ」
「一応褒めてるッスよ」
「い、一応か……」
気を取り直し、アプロは声をあげる。
「それじゃあ、俺達の家造りを始めるぞー!」
「「おおー!!」」
やる気になる3人を見て、フラムは「みんな元気ッスねー」と気怠そうにあくびをした、こうしてアプロ達の家づくりは始まり、とにかく安く抑える事をモットーにして、任務をこなしつつ国から少し離れた森の方へと立地を始めていく。
◇ ◇ ◇
「……あーっ、疲れた」
任務、そして家作り、また任務と繰り返す日々が続く、太陽がてっぺんへと昇る時間、今日は黙々と家の周りの雑草をむしっているアプロの姿があった、もちろん今日は家作り中心の日なのだが、このむしるという作業があまりにもつまらなく、さっさと終わらせたいと考えながら。
むしむしむし……と作業を続けていた。
「だめだ、飽きた」
そのうちアプロはクワを剣のように持って風を切るように振り始めると、同じ作業をしていた麦わら帽子を身につけたフラムが見つけ注意をする。
「なーに遊んでるんスか!!」
「飽きてしまった」
「今日むしらないと土をならす作業まで進まないッスよ!」
「わかったッスー」
「人の喋り方を真似するなッス!!」
2人が問答している中、チラリとミスティアを見るサーシャ。
「な、なにしてる、の?」
「に、ニンジンが生えていましたよ!」
「こ、この辺に畑なんて……ってミスティアそ、それ、モンスターじゃない?」
「え? ……わぷっ!!」
ニンジンの形をした可愛いモンスターに顔を張り付かれ、バタンと倒れながら悶え苦しむミスティアを見て、サーシャは特に危機感もなく掴んでポイッとする。
「ふええ、助かりましたあ……」
「べ、別にこれぐらい気にしない、で」
「サーシャさんって力あるんですね!!」
「え? う、うん、少しは……」
「私、身体弱いから羨ましいですう」
アプロは弱い女の子の方が守ってくれるのだろうか、そうサーシャは考える。
「で、後は木材か……なんか疲れてきたな」
「んーっ……頑張るッス」
クワを持って土に向かってたたき込み、ボコッとほじくり返しては戻し、全ての面をフラットな状態にさせていくと、アプロとフラムは疲れたのか大きく伸びをした。
最終的にアプロ以外は疲れ切ってしまったので、クワを持って日が暮れるまでザックザックと掘っていたが……トテトテと近寄ってきたミスティアに突然、頬を指で突かれる。
「どうしたミスティア」
「今日はもう作業を終えて出かけません? 夕飯の買い物もしたいですし、なにより気分転換は大事ですよっ」
「ああ……確かにそれもいいな」
そう言ってアプロは額の汗を拭い、服についた土を払うとなぜかサーシャも支度を整え、家の予定地から少し離れていた所に設置したテントからヒョコっと顔を出す。
「わ、わたし、も、いく」
「え!? あー……。で、でしたらフラムさんも行きましょー!!」
一瞬困った反応を示したミスティアだったが、話を逸らすようにフラムを誘う。
「パスッス」
と、フラムは眠そうな顔でテントから手を出して雑な動作で横に振った。
「じゃ、じゃあ3人で行きましょうー!」
なぜミスティアが気まずそうにしているのか気になるアプロだったが、気分転換と夕飯の準備の為、ひとまず3人は街へと向かう事にした……。
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