第34話


「久しぶりだなあ、アプロ。俺様は2年間、ずっとお前への復讐を考えていた……」


 ブツブツと知らない人が後ろで話しているな程度でアプロは片付け、エディルの言葉には一切興味はなく、フラムがいた部屋の窓を見続けていたアプロ。


「悪い、今取り込んでるんだ」

「なに……!?」


 そのまま無視を続けるアプロとサーシャ、苛立ったエディルは先ほどよりも大きい声でアプロを呼ぶ。


「おい、聞こえてるのかアプロ、おーーーーいっ!!」


 その声に何者か気付いたのか、サーシャはクルリと振り向いてはうえっと苦い顔をすると、再度アプロに目線を戻した。


「あ、アプロ」

「知ってる奴だったか?」

「う、ううん、知らない人」

「そっか」


 シーン。

 いよいよエディルは堪忍袋の緒が切れた。


「おい聞けよ愚民共! 俺様はエディル! 2年前、お前に不合格の原因を作られたあのエディルだ!!」

「えっ? エディル?」


 エディル、2年ぶりに聞いたその名前に振り向くアプロ、髪の色は白く、男の格好は銀色に輝く胸当てに青マントと、あの頃と違って冒険者らしい格好にはなっており確かにあのエディルだとアプロは認識した。


「あー、あの……」


 アプロはその格好をじっーと見つめる。


「ふははは! ようやく思い出したようだな!!」

「試験に不合格したエディルか」


 その言葉にエディルはズルッと足下を滑らせ、子供のように剣を振り回して抗議をする。


「不合格を強調するな!! 俺様は天才なんだぞ!!」

「あぶね」


 ヒュン、ヒュンと大雑把に振られた剣を軽いステップでかわすアプロ、しばらく避け続けているとエディルの動きは段々と鈍くなり、やがてぜえぜえと息を切らし完全を攻撃を止めてしまった。


「こんなところで剣を振るなよ、危ないだろ」

「はあっ、はあっ……!! うるさい、俺様は貴様にだな!! 味わった屈辱を……忘れる訳にはいかないんだよ!!」

「なんだかよくわからないけど、俺を恨んでるのはよくわかった」


 どことなく納得したアプロに、立ったまま膝を曲げ呼吸を整えるエディルはようやく普通に話せる状態に戻ると、激怒したまま1枚の紙をバッと突きつけた。


「この紙をよく見ろ!! これが貴様を倒す手段だ!!」

「どれどれ……」


 アプロが文章を読んでいる最中、横から覗き込むエディル。


「どうだ、お前はすぐに許してくださいと俺様に請うだろう!!」

「ツバ飛ぶから話かけないでくれ」

「俺様に楯突いた事を後悔するんだな……フハハ! フハハハハハ!!」

「うるさくて読め……はくしゅっ!!」


 邪魔だと思ったアプロは適当に拳をエディルに向かって突き出そうとしたが、その前に雨に打たれすぎたのか、体温低下によって突然のくしゃみが出てしまった。


「ぐおおおおっ!!」


 アプロのくしゃみは人1人吹き飛ばすほどの暴風で、エディルはそのまま水平に吹き飛ばされ沢山並べられた樽に背中から突っ込んでしまう。


「あ、アプロ……な、なんて力だ……」


 重い激突音と共に、ガラガラと壊れた樽に気絶したエディル、何にせよ静かになったと思ったアプロは再度渡された紙を読む。


「ったく……ん?」

「ど、どうしたの?」

「サーシャ、俺……。罪人になってるみたいだ」

「えっ……ええええ!?」


 その内容が本当なのかサーシャは奪い取るように紙を見ると、何度も目を上下に動かして書いてある事を疑う。


「そ、そん、な……」


 貧血のようにフラッとサーシャは足下をフラつかせた、書かれていたアプロの罪は『無法侵奪者』、許可されてない土地で家を建てる事……それはこの国のトップ3に入るほど重い罪だった。


 アプロが建てようとした土地の所有者は代表者である『ゼイゴン』という名前が書かれており、これが偽の通達書なのかと疑ったが……右下には国王のサインがきちんと刻まれていた。


「どうしたアプロ……。いや、今は犯罪者か」


 気絶から目覚めたエディルは立ち上がって口の血を拭うと、謎めいた笑いを浮かべながらアプロへと近寄る。


「1つ聞きたい、どうしてお前がこの紙を俺に?」


 アプロは不明な点をハッキリさせる為に問いただす。


「おいおい、ゼイゴン様が今は国王を凌ぐ偉大な存在となっているのを知らないのか?」

「なんでその金貸し屋が、国王を凌ぐ存在になってるんだよ」

「フハハ! 全く世の中を知らないんだなアプロ! ここのところ街が活発になってるのを知らないのか?」


 アプロには思い当たる節があった、それはミスティアとサーシャで買い物に出かけた時、どうして街の人々はあんなに賑やかだったのだろうか、と。


「偉大なるゼイゴン様が手を貸し、各国からの受け入れに力を貸してるんだよ! そんな世話と大義なんてされたら、国王だってメンツってものが立たなくなるのさ」

「つまり、言いなりになってるって事か?」

「そうだ! そしてお前もフラムから聞いただろう? ゼイゴン様がお前の力に興味あると! その誘いを何度も断り、手を貸していた組織にもドロを塗れば、このような末路になるのは当然だろう!!」

(ドロを塗る? 誘い? そんなのフラムは言ってたか?)


 アプロはこれまでのフラムとの会話を振り返ってみる、確かにフラムはそのような話をしていた事を思い出すと、それだけではなかったようで。


「力の話はわかったが、組織にドロを塗るってなんだよ」


 皆目見当つかない様子のアプロに、エディルも困惑する。


「なに……? お前は円卓の騎士の悪事を全てギルドに伝えたんじゃないのか!?」

「あーそれか、という事は……」


 ミスティアが飲まされたとされる『催眠薬』、加えて円卓の騎士団が崩壊した原因の人物をゼイゴンが調べたのだろう、だからアプロの情報を探る為にある者を利用しようとした。


 そのある者とは……。


(ゼイゴンはフラムを利用したんだ)


 その情報を提供してしまった人物はフラムに間違いない、アプロはどうせ金を積まれ、断れなかったのだろうと解釈すると、友達を利用した『ゼイゴン』という人物に憤りを覚える。


「ゼイゴンか……そいつを倒せば、フラムは自由になるんだな?」


 アプロは詰め寄るようにエディルの襟を掴む。


「ゼイゴンの場所まで案内しろ!」

「おいおい、自分の立場わかってるのか?」

「なに?」

「お前は犯罪者なんだ、このままこの国の警備兵に突き出してもいいんだぜ?」


 もちろんこの国と争うつもりはなく、アプロは口を噤む。


「く……」

「ゼイゴン様の直属の部下であるこの俺様に、お前は何も出来ないんだよ!! 今大人しく着いてくれば、この国の裁きから逃してやろう」


 その時、アプロはピンと閃いた、部下であるという事はゼイゴン本人に直接近づける最短の道なのだと。


「わかった、さっさと連れて行け」


 それにミスティア達に迷惑がかかる事もないと思ったアプロは、さっさと捕らえるよう両手を差し出す、なぜアプロは少し急ぎ気味に結論を出したのかと言うと、この話がフラムに聞かれれば余計な心配を抱かせてしまうからだ。


「ふ、フラム!?」


 その様子を窓枠でずっと眺めていたフラム。


「フラム! お前がアプロの引き抜きとこのパーティを壊せないと言うのなら、俺様が代わりに崩壊させてやろう!!」


 責任感からか、アプロと目を合わせる事が出来ずフラムはずっと目を背けたままだった、一体どういう事なのかと状況がわからなかったサーシャは、キョロキョロと目線を動かしてアプロとフラムを気まずそうに黙ったまま見つめる。


「気にするなよフラム、お金に困っていたんだろ?」


 フラムは小声で返事をした。


「うっせーッス……。私は金の為に売っただけッス、元々みんなに思い入れなんて……」

「じゃあなんで目を背けたままなんだ、見るのが申し訳ないからなんだろ?」

「そ、そんな事ないッス、大体――!!」


 罪人とまでされ、金の為に仲間に売られ。

 それでもなぜ、自分の心配をしないのか?


 フラムにはわからず、涙が混じったまま感情をぶつけ、言葉を並べる。


「なんでアプロの兄貴は、友達とか仲間とかって……くだらないんスよ……そんなの……」

「くだらなくなんかないさ、俺達は弱い部分があるから、群れようとするのは仕方ないだろ?」


 アプロはこれまでの仲間達との旅、そしてリッカに習った事を思い出し、自分の言葉として話した。


「強く生きようとするから仲間を作るんだ、心配事に乗っかってくれるような、そんな大切な仲間を――」


 黙って次の言葉を待つフラム。


「……だから俺は、友達をくだらなくないとは思わない、俺達が過ごす人生で最高の思い出を共有する、家族みたいな存在なんだ」


 それを聞き、自分でもわからない感情に襲われたフラムは急に溢れてきた涙を隠す為に真下を向き、見られないようにした。


「それがアプロの兄貴が望むパーティってやつ……ッスか」


 自身の意図が伝わったのかわからなかったが、フラムのその一言を聞いて妙に納得したアプロは、それ以上何も言う事はなかった、その光景に苛ついたエディルは両手に繋がれていた鎖を強く引っ張り強引に連れて行く。


「……はっ、仲間だあ!? くだらねえ!! アプロ、お前は冒険者になっても甘いままなんだな!!」


 成すがままにエディルの後に続き、立ち去っていくアプロはサーシャに向けてなのか、とにかく謎の言葉を口にした。


「サーシャ……解散するなら俺は動く。そのままなら黙ってみんなに任せるよ」

「え?」


 サーシャは頭の上に疑問符を浮かべ、エディルも同じようにその言葉の意味を理解出来なかったのか、一瞬キョトンしたが、今自分に出来る事を必死に考えるサーシャ。


「ふ、フラム、ちょっと色々聞いても、いい?」


 ぐす、ぐすと涙を袖で拭き取るフラムは震えた唇でやっとの思いをサーシャに伝える。


「ちょっと待つッス……」



 その言葉通り少し経ってから、フラムは家のドアを開けサーシャを中へと案内する……。

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