第24話


 この世界では何人もの女性と男1人が結ばれるという事は珍しくない、しかし世界中の女性がそれで納得出来ているかと言うのは別の話であり、本当は誰よりもその人を一番愛したいというのが事実である。


 この人も好き、もちろん貴方も好き、そんな男の言い分が納得出来るほど、全種族の恋愛観は甘くはなく、当然エルフであるミスティアも1人の女性としてアプロに愛されたかった。


 だけど、人間は人間を愛した方が良い、誰が決めた訳でもなく、ミスティアの中のルールではそうなっていた。


 そうすれば、失った時に悲しむ事はないから。


「じゃあそろそろ上が……ふぎゅうっ」

「あっ……ミスティア、だいじょう、ぶ?」


 湯船に浸かりすぎたせいか、立ち上がった際にふらりと倒れそうになったミスティアをぎゅっと抱きしめて持ち上げようとするサーシャ。


「……!! ぶええっ、あついですうううううう!!」


 鎧、鉄の塊、それが湯船で熱を持った状態だと、皮膚が触れた時どうなるのかは明白だった、火傷しかけたミスティアはサーシャの両腕を振りほどきに、湯船を出てゴロンゴロンと転がる。


「あっ、そ、そっちは、危ないっ!」

「あいたーっ!!」


 そのまま勢いよく木で出来た引き戸に激突し、ガラガラと崩れる木の瓦礫の中でミスティアは目をぐるぐると回して気絶してしまい、仕方なくサーシャは倒れたミスティアを寝室まで運ぶ事にした。


「……なんか、ごめん、ミスティア」



 ちなみにどうしてそんな熱い鎧を纏ったサーシャが平気なのかは不明である。





        ◇    ◇    ◇





「よいしょっ、と」


 ふんわりとしたレースが取り付けられたベッド、なぜ天蓋なのかはわからなかったがサーシャはゴロンとミスティアを寝かせ、ランプの明かりが照らされた部屋の中で自身の鎧を脱いだサーシャは下着姿となり、ミスティアを見ながらベッドの端に座った。


「すぅう……」


 子供のように寝息を立てるミスティアの寝顔を見て、頭をすっと撫でたサーシャは落ち着いた顔を見せる、前髪を整え、窓から月の明かりだけが差した暗い部屋に、目が慣れるほどの時間をぼんやりと過ごすと、ベットから離れては近くにあった椅子に座り、肘を立てて外の景色を見ながらアプロとの出会いを思い出す。


「も、もう、2年前になるのかな……」



 ――。

 ――――。



 ……2年前、世界の北方に位置する国、その『グレア』という街にサーシャは住んでいた、グレアは土も見えない極寒の雪国として知られており、岩やレンガの家を主としており、火や氷の魔法に長けていた。


 そこに存在する冒険者施設、そこで幼少期から学んでいたサーシャは、今日もパチ、パチッと木材を焼く音と共にカキカキとペンを使って魔法の術式を紙に書き込んでいた。


(ここ、よくわからないなあ)


 ペンの端をコツ、コツと頭に当てて悩む素振りを繰り返す、サーシャ自身剣術はそこそこ出来るのだが、魔法の勉強は得意ではなく居残り常連組として残されていた。


 もちろん、彼も。


「なんか、この前もいなかった?」


 1人の男性がサーシャに声をかける、冷たい青い髪と上着のボタンを外し、マフラーをした格好の良い青年……そこに時々発するラフな言動から、一部では素行不良の人と噂されていた。


「う、うん……」


 男はサーシャの机に置かれていた術式を見て、あーっという同意の表情をした。


「これ、難しいよなあ」


 パチ、パチッ、木材は燃え尽きる事なく静かな一室に響く、「お互い頑張ろうぜ」と青年が自分の席に戻ると、サーシャと同じく勉強が進まないのか幾度となく紙とにらめっこを繰り返していた。


「……ダメだ腹が減った!」


 やがて我慢の限界が来ると、勢いよく席を立っては教壇の方へと歩く。


「え? あ、アプロくん、それ先生の……」


 ポツンと置かれた1つの弁当、その風呂敷を『アプロ』と呼ばれた青年は鼻歌交じりに解くと、パクパクと中身を食べ始めてしまう。


「ま、まずいよ……?」


 それを見て、冷や汗で尋ねるサーシャ。


「いやおいしいぞ?」

「そうじゃなくて、先生、怒ると思う……」

「んん? ああ大丈夫だろ! 姉御、最近痩せたいって言ってたしな!!」


 そう言ってスプーンを動かし、一切悪びれないアプロに1人の女性が近寄る。


「ほう? だからお前は人の弁当を食べてもいいと?」

「あっ」


 ガンッ!!

 女性は鉄拳を振り下ろし、思い切り痛がっていたアプロはギロリと見上げる、その女性からは可憐な赤髪ロングヘアーとキリッとした眉からはキツめの性格であるのが窺えた。


「姉御、もうちょっと手加減してくれよ!」

「だーれが姉御だ!! 先生と呼べ!!」


 緑の軍服をバッチリと着こなし、茶色のタイツと黒のハイヒール、加えてムチのような物を持っており、胸の部分には、キラリと光る冒険者施設の証である紋章が刻まれている。


「り、リッカ、先生……」

「サーシャは日が沈んだら帰っていいよ」

「あ、はい」

「そうか、じゃ、お疲れ姉御」


 リッカという女性は慌てて逃げようとするアプロの後ろ襟を掴む。


「いやお前は残るんだよ!! というか何度注意されてもリッカ先生って呼ぶ気ないだろ!?」

「ありますよリッカの姉御」


 リッカはムチを持ち、パシンとアプロの背中を強く叩く。


「いってえええええ!!!」

「はあ……それよりアプロ、私が渡した”魔力供給法”の証明は出来たのか?」

「バッチリだよ、口移しとえっと……」

「もうひとつ、自身の血液を流し込む方法な……ったく仕方ないアプロ、夜までは付き合ってやるぞ」

「俺は面倒くさい」


 バシンッ!!

 笑顔のままリッカはムチを一室の壁に向けて叩くと、クマが爪で引っ掻いたかのような痕が残りゾクリと冷や汗を垂らすアプロ。


「わ、わーい勉強したいなー先生」


 それに見たアプロは引いた顔で答えると、リッカはすぐに問題が書かれた紙に向き合ってくれた、先ほど帰っていいと言われたサーシャは帰り支度をして廊下へと出ると、パシッとムチに叩かれた音と、アプロの文句が立て続けに聞こえ、その問答は施設を出るまで聞こえた……。



 ――。

 ――――。



 数日が経ち、リッカの指導をアプロと共に受けたサーシャはようやく試験で出てくる魔法の術式を全て習得していた。


「よしこんなもんだろ、実技がダメでも術式さえ理解してれば点数は取れるから、本番では落ち着いて1問1問解くんだよ」

「あ、ああありが、とう、先生」

「ああそれと、1つ頼み事をしていいか?」

「な、なんです、か?」


 リッカは1冊の本と、どこかの場所が書かれた小さな地図を取り出して手渡す。


「……今日サボったあのバカに持っていってやってくれ、家の場所はここに書いてある」

「あ、はい」

「いなかったらドアの前に置いといていいから、じゃあ頼んだよ」


 施設を出て、サーシャは雪が積もった地面を音を立てて歩いた、気温の寒さからか時々白い息を漏らしながら確認するように地図を見ていると、アプロの家らしき場所で足を止めた。


「ここ、かな?」


 ドアに手をかけようとした時、ドンッ、と勢いよく扉は開かれた。


「きゃっ!」


 とつじょ飛び出した男性に激突したサーシャは後ろへと倒れ、背中から雪を被ってしまう。


「……ん? サーシャか、悪い、大丈夫か?」

「う、うん」


 アプロは手を伸ばし、雪に少し埋もれたサーシャを引っ張って起こすと、家の中から男性の怒声が聞こえる。


「おいアプロ! お前はもう帰ってこなくていいぞ! ウチの恥さらしめ!!」


 それに対し、不満げにアプロは叫び返した。



「ああ、そうさせてもらうわ、じゃあな!!」

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