2章 全員で家を建てよう

第23話


「ほ、ほうひうことなんれふか!?」

「口の物を飲み込んでから喋ってくれ」


 アプロに言われた通りミスティアはゴクン、と口の中の物を入れると泣きつくようにアプロの身体を揺すって再度尋ねた。


「どういう事なんですかアプロさあああん」


 サーシャもまた、同じ気持ちを抱く。


「あ、アプロ、ちゃんと、説明、して」

「ああ……。みんなも知っている通り、仲間が多ければ俺の力は弱体化していく、きっと、みんなを助けられない場面だって出てくると思うんだ、だからしばらく魔物のいるダンジョンには行かない事にした」


 せっかくパーティを組んだのだのにと、がっかりしたサーシャはアプロの目を見て頼み込む。


「あ、アプロの代わりに、前衛は、私が、何とかするから……」

「後衛は私がやりますよ! 魔法はあんまり自信無いですけど……アプロさんの役に立ちますから!!」


 そういう意味じゃないんだ、とアプロは首を横に振り、サーシャとミスティアの提案を蹴ると、より深説明口調で言った。


「パーティって、冒険する事が全てじゃないと思うんだ、まあその、上手く言えないんだけど……このパーティならにのんびり暮らす事だって出来るはずだ」


 パーティの方向性、それは冒険だけではなく、他の可能性……つまりみんなで仲良く暮らす事もパーティの形ではないかとアプロは思っていた。


 仲の良いパーティでのんびり暮らす事、その為に必要な拠点である『家』が必要だとアプロは2人に説明するが、その夢に向かう為には肝心の『お金』がなかった。


「うーん……」


 全員は考え込む、お金に関してはミスティア自身、どうにか出来なくもないと思っていたのだが。


(アプロさんは、そういうのはお断りしそうですぅ……)


 と、谷間に挟まる胸のペンダントを眺めて呟いた。


「ちょっと待つッスアプロの兄貴、金金ってまずこれを支払わないとダメっスよ」


 重い空気が訪れそうな時、フラムは1枚の紙を持って3人の間に割って入る、その紙をテーブルに置くと、書かれていた内容には壁の修理代の代金、『10ペクスを本日中に払う』と書かれていた。


「あっ」


 当然、今の食事だけで精一杯だったアプロは払う事も出来ず、フラムに何とかならないかと提案したが両手でバッテンを作られ拒否される。


「ならないッスよ、支払いは後っていう話に反論してなかったじゃないッスか」

「だよなあ……」

「そうだよアプロ! こればっかりは1ペクスも値引きしないからね!!」


 いつの間にかフラムの後ろに立っていたロザリーは、ふんぞり返った態度で眉間にシワを寄せながら、アプロに詰め寄ってくる。


「ほら、アンタ達は銭湯でも入っておいで」


 ダンジョンの帰りで服が汚れていたミスティア達に、ロザリーはテーブルに2枚のチケットを渡す、チケットには『ぽかぽか温泉』と書かれており、一度アプロとミスティアが入ったあの銭湯の入浴券だった。


「どうしてこんなチケットをギルドが?」


 ミスティアは尋ねる。


「ウチは店舗同士で色々提携してるッスからね」

「ああそれ、気になってたんだが……」


 人工的に作られた複数のダンジョンと近場にいる魔王の存在、ギルドはなぜあんな危険な魔物を放置しているのか?


 アプロはその事について尋ねると、本当に話していいのか確認を取るようにフラムはチラリとロザリーを見た。


「まあいいんじゃないフラム」


 腰に手を当てて許可するロザリー。


「了解ッス、ギルドが冒険者の為に用意してるんスよ」

「用意?」

「魔物なんて魔王がいくらでも召喚出来るからね、それなら利用しない手はないだろう?」


 ロザリーの言ったその言葉に、アプロはよくわからず頭を傾げる。


「ん? ……と言うと?」

「ギルドが手を組んで、街全体で冒険者の仕事を作った方が、世の金回りが良くなるのさ」


 さらに困惑するアプロ達に、やれやれとしたロザリーは話をざっくりまとめる事にした。


「ま、冒険者が武器や防具を買えば鍛冶屋が儲かるし、ギルドが国の管理によって収益を得れば、冒険者にお金を配れる、世の中上手く回ってるって事さ」

「それって、他の冒険者は知らないのか?」


 アプロの質問に突如として表情を切り替えたフラムは、深刻そうに話を切り出す。


「ああ、それはッスね……」


 全員はゴクリとツバを飲み込む、冒険者とギルド、そして魔物の間にまだ秘密があるのかとフラムの言葉を待っていたが――。





「なんでみんな聞いてこないのかはよくわかんねーッス」


 大した答えはなく、サーシャとアプロは滑るように椅子から転げ落ちた。


「わからないなら仕方ないですねーっ」

「そっスね、みんな楽しく暮らせるなら別にいいんじゃないッスか?」


 2人が転げ落ちてる中、椅子に座っていたミスティアは笑顔で納得すると、サーシャとアプロの2人は「それでいいんだろうか」と若干、呆れた顔で見つめていた。


「……まあ大体ギルドと魔物の事情はわかったよ、それじゃあ俺はこの辺で」

「待ちな! どこに行こうってんだい!」


 ロザリーは逃げようとするアプロの後ろ襟を掴んでがっしりと捕まえる。


「ほら、アンタ達は行っておいで、この男には食事の片付けを手伝わせるから」

「面倒くさい……」

「何か言ったかい!?」


 ここへアプロを置いて行っていいのか、うーんと悩むミスティアとサーシャだったが――。


「アンタ達、さっさと行くんだよッ!!」


 なかなか動かない2人に焦れたロザリーは大声で追い出した。


「「はいいい!!」」



 ――。

 ――――。



 ロザリーに言われた通り仕方なく銭湯に来たミスティア達、カポーンという水を受けたししおどしがシーソーのように落ちると、木の桶で頭から浴びた全身タオル姿のミスティアはゆっくりと湯船に浸かった。


「ふしゅ~……」


 今日1日の疲れが癒やされ、更衣室の方からサーシャの声が小さく聞こえる。


「は、はずかしいっ……」


 小さな岩が円を作るように並べられた湯船、そこに身を投じた者は全ての力がしゅわしゅわと脱力していき、あがった頃には明日も頑張ろうという気持ちになるらしい、その例に漏れずミスティアもまた、トロけた顔で至福の表情を浮かべながら力を抜き、ぷかぷかと大の字で全身を浮かしながら今日の思い出を振り返っていた。


「今日も色々ありましたねえ~っ……」


 一方で服を脱ぐ事が恥ずかしいのか、サーシャは湯船に入らずこっそりと引き戸の方から顔を覗かせもじもじと悩みミスティアを見続けていた。


「あの、ミスティア、あがったら、教えて」

「えーっ、一緒に入りましょうよー!」

「1人じゃ、ないと、わたし、せ、銭湯は、はずか、しい」


 それを聞いたミスティアは目をキラーンとさせ、虐めたいという心を抱きつつザバッと湯船を上がり、手をくねくねと動かしながら近寄っていく。


「サーシャさんとっても可愛いですう……!!」

「み、ミスティア……なんか、こわいっ」

「ふふふふふふっ……!!!」


 ジリジリと近寄るミスティアに観念したのか、「わ、わかった」と言って入る事を決意したサーシャは一度更衣室のドアを閉め、鎧を外しているのかしばらく経ってから扉を開けると――。


「これで、いい?」


 脱衣所から出てきたのは全身鎧の上にタオル巻くという、誰がどう見ても異様なスタイルだった。


(ど、どこから突っ込んでいいのかわからないですぅ……)


 湯船の外でスッ転んだミスティアは、目をパチパチさせながら鎧姿のまま入るサーシャを丸目で眺めていた……。



 ――。

 ――――。



 カポーン、もう一度ししおどしが落ちる。


「み、ミスティア、1つ聞きたい事があるんだけど、いい?」


 2人は入浴しながら、ふーっと息が漏らし、やがてサーシャは尋ねた。


「なんですう?」

「あ、アプロと、ど、どどどういう関係?」


 あの洞窟でアプロと話していた時にミスティアが割って入ってきた、それがサーシャ頭の中にいつまでも残っていた。


 そもそもミスティアとアプロはいつからパーティを組んでいるのか?

 どこで知り合って、2人はどういう関係なのか?


 どうしてもサーシャは気になっていた。


「えーっと……その……」


 ミスティアもまた、キスの事を思い出すとぶくぶくと湯船に口をつけ、頬を赤くして恥ずかしそうに言う、しばらくの無言にミスティアは手ですくったお湯でゴシゴシと顔を拭うと、切なそうな表情で星空を見上げ始める。





「好きなんです、私、アプロさんの事が」


 サーシャは黙ったまま見つめ、その顔は特に怒ることも、悲しんでいる訳でもないという顔だった。


「真っ直ぐで、仲間の為に自分の足を必死に動かしてて……。凄い、似てたんです」

「に、似てた?」

「私が子供の頃に助けてくれた、かっこいい冒険者さんに……」


 だけど孤独薬によって結ばれる事なんてない、そんな叶わない夢と思いつつも好かれる事をミスティアは強く望み、虚しく現実を認めていた。


 ザバン。

 湯船から立ち上がったミスティアは届かない星空に手を伸ばす、それはどこか諦めているようにも見えるように。


「この思いは片思いで終わると思います、私には大きな問題もありますから……」


 ミスティアの事を何も知らなかったサーシャは、多数の訪れた情報量に口を噤んでしまった。


 ミスティアはどこから来たの?

 助けてくれた冒険者ってどんな人?

 さっき言った大きな問題って?


 言葉の1つ1つが、重かった。


 サーシャは元々、会話が得意な方ではなく、自身の考えている事を伝えるのが難しい子だった、ミスティアについてまだ知らない、会話の順序を組み立てている最中、サーシャに背中を向けていたミスティアは振り返る。


「サーシャさんもアプロさんの事が好きなんですよね?」

「え、あっ、その、あっと……」

「……大丈夫ですよ」


 湯船に入っていたサーシャが兜の隙間から見えた迷いのない綺麗なミスティアのエメラルドブルーの瞳、彼女は嘘を言わない、そう思っていた時ミスティアはニッコリと微笑んだ。


「叶いますよ、その夢」


 ミスティアが言った『大きな問題』、それは人間とエルフ、その寿命には大きな差があり、エルフの1歳は人間の『10歳』に値する。


 いつか訪れる悲惨な結末……それをミスティアは恐れていた、自分だけが残される事に、アプロに好きではないと否定される事にも。


(私は……私は年老いて朽ちていくアプロさんに、同じ人間であるサーシャさん……自分だけが残される恐怖に耐えられないんです……っ)


 頭の中でぐしゃぐしゃになると、勢いに任せて行動に走るのがミスティアの特徴で、いきなり湯船の外から走り出してはザブンッと全身をお湯に沈ませると、サーシャに聞こえない声で叫び始める。


「だから頑張ってくださいっーーーーーー!!!」


 その後、勢いよく水面から飛び出してスッキリしたのか、握手を求める。


「サーシャさん、これからもパーティメンバーとしてよろしくですっ!」


 髪先からポタポタと滴り、曇りのない表情を見せるミスティア。


「み、ミスティア……」



 サーシャは恐る恐る手を差し伸べ、ミスティアはギュッと繋いだ。

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