第25話
頭に湯気が湧いていたアプロは怒った顔で積もった雪をどかすように歩く、一体どこに向かっているのかサーシャにはわからなかったが、ともかく後を追いかける事にした。
ザッ、ザッ……雪を踏み潰す音を鳴らしながら黙ったままの2人は、約1人分の間を空けながら無言で歩き続けていた、やがて街の広場にたどり着くと、後ろを歩いていたサーシャの存在に気付かずポカンとした顔で振り返るアプロ。
「あれ、サーシャ? 着いてきてたのか?」
アプロは熱しやすく冷めやすかった、既に怒ってる訳でもなく、いつもの表情に戻っていた事にホッとしたサーシャは白い息を出しながら、言われた通り頼まれていた1冊の本を手渡す。
「こ、これ、先生が、渡してくれって」
「ん? ああ、ありがとう」
空から降りかかってくる少量の雪に避けるべく、近くのお店のオーニングに2人は入り込むと、アプロは集中した顔で本をパラパラとめくり始め、同じようにサーシャは隣に立ってアプロを見つめながら尋ねた。
「あ、あの」
「ん?」
「さ、さっき、家の中にいたのって、おとう……さん?」
パラ、パラ。
ページをめくる音だけが響く。
「ああ」
その後2人の会話はしばらく無かった、人も通らない静かな空間、そのうち空から先ほどより多くの新雪が降ってくると、サーシャはいつここを立ち去ろうかとタイミングを掴みながら時を待っていた時。
「……サーシャはさ」
突然のアプロの声かけに、驚きながら反応を返すサーシャ。
「う、うん!?」
「両親と仲良かったりする?」
「な、仲いいとは思うけど……?」
「そっか、少し羨ましいよ」
「な、仲良くないの?」
「ああ……。父さんは昔、王の護衛軍勤めていたんだ。だから息子である俺に礼儀作法を身につけてほしいと、色々うるさいんだよな」
アプロは嫌になるほど抱いた父親への嫌悪感を誰かに聞いてほしかったのか、語りかけるようにサーシャに話した。
「覚悟決めていざ習うとさ、これがほんっとつまんないんだ、つまんなくてつまんなくて、気が付いたら適当にやっていた。……父さんもバカじゃないから、段々と俺のやる気のなさに腹が立ったんだろうな」
「そっ、か……」
「俺らしい生き方をしたい、そう父さんに言った時、お前のしたいことはなんなんだと問い詰められたよ」
「そ、それで?」
アプロは少し考えてから言う。
「……何もないから、黙って会話は終わった。それからずっと行き違いをしてるって感じだ」
残念な顔で呟いたアプロは本を閉じ、気が付いたら雪は降り止んでいた、晴天の青き空、太陽の光、それを見て自身の気持ちを切り替える。
「サーシャはどうして冒険者を目指しているんだ?」
「わ、私は……両親から、剣の才能があるって言われた、から」
「それって冒険者じゃなくてもいいだろ?」
「と、友達とかも、冒険者のがいいって」
「うーん、それ、自分で本当にやりたかったのか?」
「そ、そう言われると……」
サーシャはそれ以上の言葉が続かなかった、剣の技術が優れていたから、友達に薦められたからと、それが主な理由であり、本当に冒険者を目指す理由なんてどこにも無かった、サーシャは性格上、なかなか自分の言葉で表現する事はしない。
どうして冒険者なのか?
なぜ、これをやりたいと思ったのか?
サーシャは自分の意志を発信する人を羨ましいと感じる。
「あ、アプロくんは、どうして、冒険者を目指そうと?」
オーニングから離れ、少し前に歩いたアプロは腰に身につけていた木刀を抜き、1歩踏み込んでの縦斬り、横斬りと2回繰り返す。
「俺は、わからないから冒険者になりたい」
「わ、わからないから?」
「ああ、冒険者って色んなとこ行くだろ? ここじゃない外へと出て、経験を積みながら自分の見つけた何かで自分を主張したい」
経験を積む、自分を主張する。
その言葉の答えを知りたく、食い気味に尋ねるサーシャ。
「えっと、どういう、こと?」
「例えばさ、父さんの意に添って王の護衛軍とか目指しても、自分でそれを選んでる訳じゃないだろ?」
アプロは今思っている事を熱心にサーシャに伝えた。
「俺は両親に育てられてるだけの何も出来ないじゅうごの子供だけどさ、せっかく人として産まれたんだから、自分の考えを持って生きたい」
自分の考えを持つ事、その言葉に惹かれたサーシャは、再度剣を振るうアプロからもっと色んな話を聞いてみたいと考え始めていた。
「あ、アプロくんって……頭いいん、だね」
「んー? そんな事ないよ、考えるのって自分が成長する大事な要素だと思わないか?」
何かに向かい、何かに抗うように闇雲に剣を振るうアプロの背中を見て、サーシャは「そ、そうだね」と自分の表現をしっかりしてみようと不器用ながらにも微笑んでみる、すると――。
「いてっ! ……おいこらお前っ!!」
「やべっ!! 逃げろサーシャ!!」
「え、えっ!?」
勢い良く手からすっぽ抜けてしまったアプロの木刀は、街を歩いていた1人の女性の頭に当たり、急いでサーシャの元に戻ってきてはぎゅっと手を掴み、ここから離れようとするアプロ。
「……ん? ちょっと待てお前達!!」
呼び止めた女性は赤く、長い髪を靡かせ、食べ物が入った紙袋を片手で抱きかかえながらそれでも逃げようとする2人を魔術で止めようと詠唱を始めた。
「極寒に潜む氷の塊よ、この手に宿れ! ブリザード・ジェイル!!」
余っていた片方の手を突き出すと、地面からつらら状の氷が3本飛び出し、アプロ達は驚いて足を止める。
「おっと!! ……って姉御!?」
こんな魔法が使える者、そうそういるわけが無いと思わず振り返ったアプロはリッカである事を視認すると名前を叫ぶ、それに気付いたリッカも呼び出していた氷の塊を崩し、友好的に近寄った。
「なんだ、アプロとサーシャじゃないか」
「ちょうど良かった姉御、今日泊めてくれよ」
何故か少し頬を赤くしていたサーシャの手を離し、アプロはリッカに申し訳ないという態度で頼む。
「ああ!? 何を言ってんだお前は……」
「それが色々あってさ、家に帰りたくないんだよな」
「ひょっとしてまた両親と喧嘩したのか?」
「いや父さんとだよ、どいつもこいつも頭が固いよな」
リッカは「はあ」とため息を吐いてから、手刀を作りアプロの頭を叩いた。
「どいつもこいつもとか、親に向かって言うな」
「あいてっ」
「仕方ない、今日だけだよ」
「ありがてえ、助かるよ姉御」
「アプロ、明日になったら自分の不満をきちんと両親に話しておきな」
「やだ」
父親と向き合う事、それが恥ずかしかったアプロはそう言って背を向けると、それを見たリッカはやれやれと仕方ない素振りをした、そんな時ちょうどサーシャの腹からぐうう……と音が鳴る。
「サーシャも夕飯食べていくかい?」
「い、いいん、です?」
お腹を手で抑え顔を赤くしたサーシャは小さく答える。
「いいよ、どうせこのバカだって何も食ってないんだろうし」
「姉御、バカは言い過ぎじゃないか?」
「うーん……確かにそうだな、すまない」
2人のやり取りはまるで弟と姉みたいとサーシャは思い、アプロと一緒にリッカの家へとお邪魔する事にした。
◇ ◇ ◇
「ちょーっと汚いけど、まあ上がりなよ」
「「これが、ちょっ……と?」」
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