第20話
テスターは両手を広げ暗く、先の見えない洞窟の天井をまるで神を崇める信仰者のように見上げた。
「魔王メイスを倒した私が、ネリスに代わりこの世界の新たな英雄になるのです、それは書物などではなく、その場にいる皆さんが信じる”本物”の伝説を、ここにお見せしましょう」
その時、孤独薬の効果が働いた、アプロが吸収していた毒は体内で浄化され、フラフラとしながらも身体の自由が効くと、立ち上がってから「ふっ」とテスターを見てあざ笑う。
「無理だよ、テスター」
「……なんですって?」
理由を問うテスター。
「俺からしたらメイスのがよっぽど強いと思うけどな」
「それはどういう意味だと聞いてるんです!!」
アプロは全てを伝える気はなかった、それはテスターに考える時間を『作らせた』という事、立ち上がったとは言っても普通の人ならしばらくは動けない猛毒である、だからこそアプロは徐々に、徐々に回復を待つため、プライドの高いテスターに意味深な言葉を投げかけたのだった。
「この……ゴミが!!」
自分よりメイスのが強い、その言葉に納得出来ず内に怒りを秘めたテスターは、鞘から素早く剣を抜くと勢いと重みのある斬撃がアプロを襲った。
「ぐはっ……!!」
再度地面へと倒れたアプロ、そのままテスターはカカトで何度も踏みつけ、アプロの身体を痛めつけていく。
「この!! ゴミの! 癖にッ! 調子に乗るなッッ!!」
攻撃はノーダメージだった、標的がこっちに集中しているのは助かったが、力が戻るには大分時間がかかる、そう思ったアプロはこの状況をどうするべきなのかと考えた。
(テスターがいつまでも俺を相手にするという保証はない……)
すうーっ、すーっ……。
鼻と口を使い、呼吸を繰り返していた音にアプロは閃く。
(そうだ、空気だ。天井に穴が空くほどの魔法を当ててやれば、外の空気を取り入れ充満している毒がある程度抜けるはずだ……でもどうやってそれをする?)
どんな戦いでも考えろ、アプロは子供の頃ある人から教わった事を思い出した。
『獣は選択肢が2つあるんだ、攻撃と逃走……。でも人間はそこに防御、思考が加わる――』
自身の孤独薬は魔法に反映されるのか、そう思ったアプロは倒れ込んだまま魔法を詠唱するが、それも先ほどの封印剣によって体内の魔力は一切無くなっていた。
「そろそろ終わりですよアプロくん……」
万策尽きたのか「くそっ」と一言漏らすアプロ。
「ではまず、見せしめに魔王から始末しましょうか」
テスターは倒れていたメイスの方へと向き直し、絶命させるべく1歩、1歩と近寄り、首の後ろを目掛けて剣を突き刺そうとする。
「さあ、終わりです……!!」
考えろ、考えろ、攻撃も防御も出来ない今、アプロに残ったのは逃走と思考だった、逃走、そんな考えが一瞬よぎると、目の前に倒れたミスティアを視界に捉える。
(これだ!!)
アプロはミスティアに向かって地面を這いずった、ボロボロの身体でミスティアの頭を両手で包むように抱きかかえると――。
「……初めてのキスだったら悪いな、ミスティア」
間が空く、それはまるで。
辺りの時間が止まったかのように。
ゆっくりと動きながら。
テスターが掲げた剣は振り下ろされた……が。
先に異音が鳴った、パッと音がした方へと振り向くテスター。
「いっけえええええ!!!」
アプロの大声と共に、爆音で発射された1本の槍状をした水流が、テスター目掛けて襲ってくる。
「なっ!!」
咄嗟の反応で身をよじらせ、ギリギリ回避したテスターは音の先を凝視する、一体誰が放ったのか、それは――。
「な、なぜ貴方が!?」
……立っていたのはミスティアだった、震えながらも杖を握りしめていたミスティアは、呼吸音を荒くし、全身の体重を預けながら魔法を放っていた。
当然困惑するテスター、孤独薬の力で毒を打ち消したアプロが動けるというのは理解出来る、ではなぜミスティアがそこにいるのか?
「テスター、さっきの答えを教えてやる、裏の手を使うならその裏を持った方がいいぞ」
「なんですって……?」
「弱点だよ、冒険者達を連れ去ったのだって、きちんと裏を読んでおかないからこんな状況になるんだ。そもそも俺はともかく、ミスティアが立ち上がったのすらわかってない」
挑発に乗るようにテスターは内心焦りつつも、怒りを込めてアプロに問う。
「何が言いたい!? 私が有利である事は揺るぎないんですよ!? 現に貴方はろくに身体を動かせていないじゃないですか!!」
「確かにまだ動けるってだけで、力は込めれない……だから、1つ罠を仕掛けた」
「罠?」
「ああ、孤独薬って元々訳のわからない力だからな、毒は喰らっても治るかなと……お前が気持ち良く蹴ってるうちに考えていた。治るって事はもう毒は効かない、つまり体内に抗体が出来るって事だ」
最強であるアプロ相手にはかなり深い毒を与える為に短剣を横腹に突き刺したテスター、結果としてそれがアプロの治癒能力により、急速に抗体の作成を始めていってしまった。
「な……まさか……!?」
テスターは勘付く……毒を治癒した者の血液、それと魔力を混ぜてミスティアの毒を治したのだと察した。
「で、でもどうやって魔力を!? 補充する時間など――」
封印剣で斬られている以上アプロ自身の魔力は皆無に等しい、ではどういう方法で魔力を手渡したのか、それは。
「ミスティアから習った魔力供給法だ」
その言葉を聞き、真っ赤な顔から大量の煙を発生させたミスティアはブツブツと小さい声で呟く。
「そこはキスと言ってほしいというか……あと、血の味しかしませんでしたし……」
「どうした?」
「な、ななななんでもないです!!」
ミスティアは恥じらいながらもブブブブと虫の羽音のように耳を超高速で動かした、好きな人とこんな場面で初めてのキス、それが血の味でなければ良かったのに、と少しばかり後悔をする。
「やっぱり毒が少し残ってるかも……」
「そうか、じゃあもう一度注ぐぞ」
「え、ちょっと……んんっ!?」
手をミスティアの後頭部にまわし、もう一度ミスティアの口にアプロは自身の唇を重ねる、始めは抵抗していたミスティアだったが、全身の力が無くなったかのようにその場にペタンと倒れた。
「あれ? ミスティア?」
はあっ、はあっと吐息を漏らしながら、両腕でミスティアは顔を隠し、高まった感情を必死に殺していた、心配した顔でさらに近寄ってくるアプロをドンッと足で突き飛ばすと、立ち上がって胸に手を当てたままアプロから距離を取り、再びはあ、はあ、と呼吸を荒くした。
「アプロさんは最低ですっ!!」
「え? まだ足りないか? 俺も貧血になるから出来ればキスのがいいんだが」
「ちょ、ちゃ、たっ、あっ、ち、違います!! そうじゃないです!! い、いや違わなくはないですけど!?」
どっちだよ、とアプロは頭の中で軽いツッコミを入れた。
「ふふっ……でも残念でしたね、貴方がいくら策を練っても状況は好転していない……」
テスターの言う通りミスティアと共に放った渾身の魔法は外れてしまい、状況は何も変わっていないように見える、それでもアプロは余裕そうな素振りだった。
「だから言ったろ、裏の手にはさらに裏があるって」
ゾクリ。
アプロと斬り合っていた同じ感覚がテスターを襲った、背後から夥しいほどの魔力を肌で感じると、倒れていたメイスの方を見ようとした時――光の波が、塔の天井に向かって放たれた。
ドオオオンッ……。
光は雲までも貫き、大きく貫くと天井は拳ぐらいの穴が開いた、これがもし直撃したらと冷や汗を垂らすテスターだったが、アプロの目的は空気が入れ替える事。
状況は少しずつ、アプロの方へ有利となる。
「はあ、はあっ……天空に……煌めく大きな光よ、一点に集中し、今ここに示せ!!」
アプロとミスティアが放った魔法、それはしっかりとメイスに直撃していた、魔を極めた王が直に魔法を喰らえばどうなるのか……高い魔力を纏ったメイスは、身体の周りにバチバチと電気のような雷を発し、再度片腕を突き出して詠唱を始める。
「く、くそっ!!」
焦ったテスターは素早く柄に手をかけるが。
「サン・セ……アゥル!!」
強力なビーム状の光線は、テスターが剣を抜くスキもなく、高速で直撃する。
「ぐはあああっ!!」
勢いで吹き飛ばされたテスターは壁に勢いよく激突し、天井に生えていた氷柱の形をした岩を数本落ちると、大量の煙を発生させた。
……不規則に動きながらも立ち塞がる物を全て貫く光の魔法、サン・セ・アゥル、その魔法は『光属性』と呼ばれ、一般的な魔法使いが教わる事はなく、それどころか世界中で禁忌に指定されている魔法だった。
「くっ……くそ……こんなところで、私が!!」
倒れたまま悔しがるテスターに、コツ、コツとアプロは歩み寄って声をかける。
「お前の負けだ、テスター」
ふんっと鼻を鳴らし、腕を組んでは自信満々に上体を反らすメイス。
「ま、まあざっとこんなもんよっ!!」
最強の魔法を放つメイスと最強の力を持つアプロ、このままでは太刀打ち出来ないとテスターは逃走を図ろうとするが、這いずりながらの歩行速度ではあっさりと捕まってしまう。
「く……くそっ!! こんなゴミ共によって私の計画が崩れるなんて……!!」
この戦いに終止符を打つ、そう思ってアプロはテスターの後ろ襟を掴んで無理矢理立たせると、正面を向かせて片方の拳を思い切り握った。
「ま、待ちなさい!」
「なんだよ」
「アプロくんをパーティの最前線に置きましょう! レッドの私と組めるなんて光栄ですよ!?」
テスターは必死に命乞いをするが、アプロは黙ったまま返事をしない。
「そ、それにほら、世界で有名なパーティです!」
「……」
「私が所持している多額のペクスもあげます! 今後得る名誉もアプロくんの好きにしていい、だからこの者達を全て殺そうではありませんか!!」
返事をしないのは考えに賛同した訳ではなく、既に答えは決まっていたから。
「悪くない条件だ」
「そ、そうですよね! だから早くその拳を――」
ドンッ!!
アプロはテスターの腹を殴り、掴んでいた手を離した。
「ぐあっ……」
テスターは首が絞まったような悲鳴を1つあげると、糸の切れた人形のように頭をだらんとさせ、その場に倒れるとしばらく見上げながらアプロはテスターに答えを伝えた。
「……今のパーティが結構気に入ってるんだ、だから断る」
戦いは終わった、アプロはドサッと座り込んでミスティアと目が合うと、ぱああっと嬉しそうな顔を浮かべるミスティア。
そんなミスティアを見て、アプロは何も言わず――。
グッ、と親指を立てて微笑んだ。
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