第19話


「お、お前!! 手を離しやがれ!!」

「いやだ」


 ジタバタと暴れる男の手をしっかりとアプロは掴み、意志をハッキリ示すように断った、その手を引き離そうと300人近い円卓の騎士団の者達はアプロへと飛びかかるが、ビクとも動かない。


「邪魔だ」


 そう言ってアプロは適当に拳を振るったが、その勢いは凄まじく300人近い者達を吹き飛ばす、先ほどのメイスを軽くいなした時も偶然ではなかった、どういうきっかけでこの力を身につけたのかと、テスターは動揺しながらも尋ねる。


「孤独薬ってクスリを飲んだらこうなった」

「孤独薬? ……まさか、あの薬を飲んだと言うのですか!?」

「知ってるのか?」

「もちろんですよ、そしてその副反応もね……」

「副反応って?」


 テスターの言う副反応とはどういう効果なのか?


 少しの間考えるアプロ、期待通りの返事が来るであろうと待っていたテスターは、アプロが気付く事を前提に話を進める。


「ふふ、どうやら思い出したようですね」

「いやもう全く」


 テスターが予想していた答えとは大きく違い、ズルッと足下を滑らせた後「仕方ありませんね」と言って咳払い1つしてから丁寧に説明を始めた。


「その薬はですね……最強になれる代わりにある”代償”があるんです」

「代償?」


 返事をしてからどんな代償なのかとゴクリッとアプロは唾を飲む、すっかりとその場にいた者達も黙り込んでしまい、孤独薬の異様な力の秘密を知りたいが為にテスターの一言を全員が待った。





「……愛せないんですよ」

「え?」

「そのクスリは、異性を愛せないんですよっ!!」


 それを聞いた周りの者達は、ザワザワと騒ぎ声をあげた。


「異性や同性を愛す事が出来ない、それが孤独薬の副反応です!!」

「どうでもいいな、それ」

「どうでもいい!?」

「そんな事より誰がその薬を作ったとか、誰が俺に売りつけたのかが知りたいんだ」

「私も知りませんよ」

「なんだ……」


 クスリの出所を知れると思ったアプロはがっかりした様子で肩を落とすと、遠くで聞いていたボルグはプルプルと震え、大きな声で辺りに向かって叫んだ。


「だ……大問題じゃねえか団長!!」


 異性や同性をもう二度と愛す事が出来ない、それだったら力なんてのは二の次だと、アプロの抱える問題に同情するようにミスティア達もうんうんと頷いた。


「めちゃくちゃ大問題ですよアプロさんっ!」

「アプロ、かわい、そう……」


 しかし、何度そんな反応を示されてもアプロにとって副反応自体がどうでも良く、戦う雰囲気であった状況が冷め切ってしまわぬよう、「さっさとやろう」とテスターに申しつけてから腰の剣を抜く。


「いくぞテスター」

「何を言ってるんですか? 落ち着いて考えてみてください」

「な、なにをだよ? まだ何かあるのか?」

「魔王を守るというのがどれほど気が狂っていて、おかしな事をしているのか、今一度考えた方が良いでしょう。ただの英雄気取りではなく、その力は目の前の魔王を倒すのに使いなさい」


 メイスを救うのは冒険者としておかしいのはアプロも当然わかっていた、でも魔王としてではなく、既にアプロは1人の女の子としてメイスを可哀想と思っている。


 ……ミスティアもサーシャも彼女を救いたいと言うのなら、アプロはパーティの意志を尊重して助ける事に決めた。


「俺はこの力を自分の為に使う」


 アプロは何故助けるのかと困惑したままのメイスに背を向け、庇うようにテスターに立ち塞がった。


「なら、遠慮なくいきますよ」


 そのスキをテスターは見逃さず、トンッという軽いステップで最速の剣を繰り出し、アプロの頭目掛けて振り下ろしたが。


 スッ……。

 テスターは驚く、目の前から姿形も消えてしまったアプロを必死に目で追うが、次の瞬間ゾクリと全身の肌から恐怖が伝わった。


(は……速い!?)


 気配を感じたテスターは反射的に足を曲げ、思い切り後ろ飛びをすると、冷や汗をブワッと流しながら呼吸を複数回行いつつ、先ほど消えていたアプロを捉える。


「これは、この力は……!?」


 テスターが力の優劣を誤っている今こそがチャンス、そう思ったアプロは距離を詰めたが、突如腰から取り出した『謎の液体が入った瓶』を投げつけられ、回避する為に上空へと一旦非難した。


「くっ!!」

「どこだあのガキは!?」

「き、消えた!?」


 ハイスピードで跳躍したかいもあってか、テスターも周りの者達もアプロの姿を見失っていた、すぐさま剣を振り下ろし、真上から斬りかかろうと思っていたのだが――。


 一手、テスターのが反応は勝っていた、アプロの攻撃をバックステップでかわし、カウンター攻撃として回し蹴りを繰り出したテスターはアプロを遠くへと突き飛ばす事に成功すると。


「はあ、はあ、はあ……!!」


 ……テスターは激しく息を切らしていた、こんなにも疲れてしまうのは空気の循環が悪い洞窟が原因ではなく、集中し過ぎている事にある、すり減らした神経は身体の負担を大きくしてしまい、いつもより疲労してしまう。


 今まで対峙した事のない未知の力にテスターは嬉しくもあり、同時に勝算が無い事も悟り始めていた。


「お互い、動かなくなったぜ」

「ああ、団長もマジでやってるんだな……」


 シーン……。

 ギャラリーの声が全く耳に入らないほど集中していた2人は、見つめ合ったままお互いに動かない。


「なかなかやりますね……!」

「ああ、そっちもな」


 ニヤリと笑って実力認めるテスターに、合わせるアプロ。


(反応はあっちのが上なのか……さすがの実力だな。昔住んでいた街でも、アンタの噂はかなり聞かされたよ……)


 アプロはウルバヌスと戦った時よりも深く集中していた、テスターがどれほど力を持っているのかわからない、さっきの不意打ちの回し蹴りをイメージし、今度は避けるビジョンを頭の中に叩き込む。


 次は先手を取る、そう同時に考えていた2人はゆっくりとした動作でジリジリと距離を詰め。


 ふうーっ。

 ふうーっ……。


 気が付いたら、お互いの呼吸音だけが流れていた。


 ふうーっ。

 ふぅー……。


 呼吸はシンクロする。

 2人は動き出した。


「うおおおおおッ!!!」


 不安を振り払うように叫びながら、アプロに向かって突進するテスター、今度は回し蹴りではなく、ただの剣を突くだけのシンプルな行動だったが、先ほどよりも速い動作で振る、そんな高速の剣をアプロは片方の脇を使って受け止めた途端、テスターは脳みそをフル回転させて次の一手を行った。


 それは手を離す事、パッと手を離しアプロの頭目掛けて上段蹴りを放ったが、しっかりとアプロはしゃがんで回避をする。


「もらった!!」


 戦い慣れていたテスターに手詰まりはない、今度は腰のナイフを抜いてアプロの横腹に突き刺した。


「もら……った!?」


 この勝負、勝った……そう思ったテスターだったがまたもやゾクリと命の危険を感じる、自分が真っ二つに斬られてしまうイメージ、アプロの与える恐怖がテスターの自信を奪うと、一瞬で全身の毛を逆立たせながら、またもやテスターは後方へ大きくステップしてしまう。


「……テスター、もう止めにしないか?」


 剣を下に向け、友好的に停戦を求めるアプロの姿さえも化け物に見えてしまったテスター、既にアプロはどちらが上なのか理解したのか、攻撃する意志を消して話を振るが、拒絶するようにテスターは強めの言葉で返事をした。


「もういい……? もういいですか……。確かにまともやり方では今の貴方には勝てないかもしれませんね!!」

「だったらもういいだろ? 大人しくここから出て行けば俺達は何もしない」

「調子に乗るなクズが!! ……おっと、つい怒鳴ってしまいましたか」


 冷静を取り戻す為にテスターは一度額の汗を手で拭い、何回も深呼吸をしながら軽くトンッ、トンッとジャンプをすると、怒鳴った際に開いていた目を閉ざし、冷静沈着なテスターへと戻る。


「……勝負は終わりです」

「ああ、そうだな」

「ククク……さすがに最強と言っても、毒には勝てないでしょう?」

「なっ、に!?」


 怪しげな顔でテスターが言い終えるとグラリ、とアプロは唐突に視界が傾く、確かにテスターは足が震えていたが、同時に震えていたのはアプロの『足も』だった、めまいを感じながらアプロは膝を落として地面に座り込む。


「くっ……!!」

「先ほどのナイフに仕込んでおいたのですよ、どんな魔物でも苦しんでのたうち回るほどの毒をね……。正直いって、これに頼るのは剣で勝てないと認めるようなもの……本当に、この決着は納得がいきませんが、まあいいでしょう」


 テスターはそう言って懐から瓶を取り出し、中の液体を全て飲み終わると地面に向かって放り投げた。


「毒耐性の薬はこれ1本だけです……ふふっ、私の勝ちですかね?」

「あ、ああっ。アプロさん……」

「ア、プロ……」


 2人の勝負はナイフが刺さったあの時点で決着がついていた、加えて先ほどテスターが投げつけていた謎の液体瓶が気体となって彷徨い、糸の切れた人形のように突然バタリと倒れるサーシャとミスティアに、アプロは心配した表情で叫んだ。


「ミスティア、サーシャ!!」

「ハハハ! 言い忘れましたがあれも毒ですよ!! 下手に回避せず受け止めるべきでしたね!!」

「くそ……テスターッ!!」


 もちろん、テスターのみしか耐性を持っていない、毒は敵味方全員を巻き込み、その場にいた冒険者達は次々と倒れてしまう。


「団長……どうして」

「助けてください……息がッ、苦しい!」


 膝が震え、倒れ込んでしまっていたアプロは苦しい顔をしながら、ギリッと睨むようにテスターを見て叫ぶ。



「お前っ……!!」

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