第18話


「早くかかってきなさい、アプロとやら!」


 ボルグの安易な挑発を鵜呑みにしてしまったメイスは、右、左とシャドーボクシングを繰り返しアプロにかかってくるよう呼ぶ、一方でアプロは戦う理由はなかったのだが、どうしてもやるしか道はないなと心に決めると。


「行くわよ……全てを包む闇を我が手に、ダーク・ジェイル!」


 詠唱したメイスは手に魔力を込め、先ほどと同じように拳を包むように紫色の炎を発生させると、真っ直ぐアプロに向かって突進した。


「おっと」

「いたっ!! ……つああっ」


 アプロはさらりと身をかわし、手刀をメイスの首後ろに軽く叩き込むと、苦痛の声をあげてメイスは地面をゴロゴロと這った……強いと思われた魔王もアプロの孤独薬で得た最強の力には叶わず、そのまま立ち上がれず悶えるメイスに心配したアプロは、しゃがみ込んで声をかける。


「すまん軽くやったつもりだったんだが……あれ、泣いてるのか?」

「泣いてない……!!」

「でも涙が」

「ない゛て゛な゛い゛!!」

「……そうか」


 納得した素振りでアプロは懐から茶色の布を取り出し、涙を拭ってあげるとメイスはバッと立ち上がってピッと一指し指をアプロに突き立てながらこう言った。


「ぼ、その辺の冒険者と違ってなかなかやるわねっ! 今のはほんのちょっとの力なんだから、勘違いしちゃダメよ!!」

「あ、ああ」


 メイスはプライドが高く、変に負けると今よりも面倒くさい事になると思ったアプロは、やれやれという態度で次の攻撃は何が来るのか、若干期待しつつ鞘から抜いた剣をぼんやりと構えていたその時、スキを窺っていた1人の男がメイスに容赦なく斬りかかった。


「はあっ!!」


 その男は倒れていたはずのテスターだった、卑怯とも言える不意打ちで背後から斬りかかると、油断していたメイスは再び地面へと転がった。


「ぐっ、うあああっ……」


 息を整えたテスターはルーヴェルが壊した大穴を見ると、サッと隠れたヘランダを見つけこちらへ来るよう指示する。


「あ、あらあ団長、気づいてらしたのね……」


 冒険者を連れてくる事も出来ず、悪事が全てバレてしまいギルドをも動かしてしまった、そんな失態をしてしまったヘランダはテスターに報告する事も出来ず、押し黙っているとある程度の事情を察したテスターは頭に手を当て呆れながら、さっさと全員を治療するように伝える。


「癒やしの波状よ、ここより広がりたまえ……キュア・ヒール!!」


 緑の光が杖の先から大きく広がり、メイスに倒されていたテスターの部下達が次々と立ち上がった、冒険者側が優勢となり苦しい状況となったメイスは、テスターの部下達をもう一度吹き飛ばそうと、魔力を込めたが――。





(う、うそ! 力が……出ない!?)


 何度拳を握っても魔力は発生せず、空気が抜けた風船のように両手から失われていく感覚に焦るメイス、そんなメイスを見てテスターはニヤリと笑った。


「この剣は特殊な力が込められていましてね、斬られた者はしばらく魔力を生み出す事が出来ないんですよ……ふふふ」


 メイスはその剣を見て、過去にそんな剣を持った冒険者がいた事を思い出した。


「ま、まさか……ネリスが使っていた……剣!?」

「そう、これは世界を救った英雄と呼ばれた冒険者、ネリスが使っていた封印剣です」

「ど、どうして貴方がそれを!?」

「とある貴族達の集うオークション、そこで私は手に入れたのですよ」


 その剣を入手したのはヘランダも関わっていた。


「団長、あれは購入と言えるのかしらあ?」

「まあ、ほとんど脅迫に近かったかもしれませんね」


 口を挟んだヘランダと共にテスターは説明を終えると、メイスにトドメを刺すために部下達に指示を送った。


「ふふふ、せめて一撃で楽にさせてやりましょうか!!」

「い、いや!!」


 テスターの部下達に腕や足を掴まれ、無力ながらもジタバタと暴れるメイス、当然魔力が出せなければただのひ弱な少女であり、抵抗も虚しく地面に身体を抑えつけられると、頭をテスターの前に差し出された。


「や、やだ……!! 誰か助けて!!」


 魔王が冒険者達に助けを懇願するとは、とテスターはせせら笑った、恐怖が頂点に達したメイスはブルブルと震わせ、涙を浮かべながらグスグスと泣き始める。


「お願い、誰か助けてーーー!!」


 その姿を傍から見ていたアプロは悩んでいた。

 冒険者の敵である魔王、果たして助けるべきなのか?


 魔王を倒す事が全ての冒険者が望む事であり、アプロがいた施設ではそれを『常識』として教わっていた。


 本当に正しいモノ、それが何なのか?


(メイス……)


 アプロが悩んでいる中、1つの答えを示す2人の女性がいた。


「皆さん、やめてください!!」


 ミスティアはすぐにメイスを解放するよう、テスターの部下達に詰め寄って振り下ろそうとした剣を抑えつけた。


「な、なんだお前達は!?」

「やめましょうよ、こんな事!」

「何言ってんだ! 魔王を倒すのが冒険者の目的と使命であり、ギルドが与えられる最大の名誉だろうが!!」


 テスターの部下の言う事は最もだった、それでもミスティアは否定をする。


「そうかもしれませんけど……何も殺す事はないでしょうっ!!」


 各国にある冒険者施設で全員が教わった事なのにも関わらず、ミスティアは立ち塞がる、『命を奪う事はよくない』と、真っ直ぐただ、自分で考えた答え――。


「み、ミスティア、私も、同意見」


 サーシャもまた、自分の決めた言葉でメイスを殺さないよう求めた。


(何を……言ってるの? あいつら……?)


 頭の中でそう思ったメイスは流していた涙を止め、驚いた顔で2人を見る、そんな考えを持つ冒険者など戦った者達の中に1人もいなかったから。


 もらえる富、名誉を考えればどう見てもこの状況は冒険者、テスター側に加担した方が得であるのだが、ミスティアとサーシャはたとえこの場で斬られたとしても、意志を曲げるつもりはなく、お互い引かない状況に焦れた1人の部下が激昂しながら剣を抜くと、ミスティア達の方へと走って近寄る。


「なら、お前らが死ねやあああ!!」


 やられる、そう思って目を閉じたサーシャとミスティアは全身の痛みが襲ってくる事に恐怖し、咄嗟に身体を強ばらせた、しかしいくら待っても特に痛みもなく、斬られた音も訪れない。


「ぐ、ぐああああああっ!!!」


 その代わりに聞こえてきたのは男の叫び声、何が起きているのか状況を確認する為に、ミスティア達は高まった心拍数を聞きながらゆっくりと目を開けると、そこに立っていたのは――。


「……あ、アプロさん!」

「ア、プロ!」


 パーティが傷つけられるのなら、例え魔王を守る形となっても黙ってはいられない、アプロもまた決断を下し、そのまま男の腕をグイッと逆方向に持って行きながら関節を痛めつけていく。


「アプロくん……何をしているのかわかっているのですか?」

「ああ、十分にな」


 テスターはアプロの答え聞くと、それ以上は何も聞かず、魔物と同じ『敵』と認識したのか剣を抜く、それと同時に部下達も一斉に剣を構えた。


(姉御……俺、良いパーティを作れたよ)


 メンバーの考え一致したなら仕方ない、アプロは円卓の騎士団、冒険者ギルド、全てを敵に回したとしても構わないと思い、アプロ達は武器を構えた、それは――。


「行くぞ、みんな」

「はい!!」

「う、ん……」


 全員が後悔のない決断をしたからだった。

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