第17話


 テスター達の待つその場所は、何百人が滞在出来るほどの大広間だった、壁の天井には極端に伸びたつらら石が並び、暗くしっとりした水気が空気に混ざる、ここにダンジョンのボスが来るとテスターは予感し、剣を抜いては柄を強く握った。


「な、なんだ?」


 戸惑ったアプロはそう言ってミスティア達を見る、すると次の瞬間バキッと地面に亀裂が走り、それは徐々に広がっていき何かが音を立ててせり上がってくる、全員が身構えた時、地面から人らしき手が生えてきた。


「……さっきからうるさいのよアンタ達ーッ!!」


 一部の地面の岩を片腕のみで吹き飛ばし下から派手に飛び出してきた少女、ジロリと睨む瞳はエメラルドの色をしており、2本生えた黒い角とギザギザのひし形カチューシャがやたらと目立った。


「誰だ?」


 いきなり出てきて怯える者達が多い中、アプロだけが謎の少女について平然と尋ねる、よく見ると胸はツルツルのまな板なのに、何故か露出のある服を身につけていた少女は未だに怒りが静まらず。


「人が昼寝してる時にぎゃーぎゃーと、うるさいったらありゃしないわっ!!」


 紫髪の可愛い少女はテスター達によって起こされてしまったせいか、たいへん機嫌を損ねた態度と声で一方的に話し、アプロ達に向かって指をピッピッと振りながら抗議を繰り返していた。


「サーシャ……。なんだ?」


 なんなんだあれと腫れ物を見るような眼差しでアプロは尋ねると、何故かサーシャはぶるぶると身体が震わせる事に疑問を抱く、よく見ればサーシャだけではない、全員がその少女の存在に怯えているかのようで、一体どうしたのかと困惑するアプロ。


「あ、アプロ、離れて……」

「なんでだ?」

「あ、あああれは、魔王メイス! 全ての冒険者の、敵なの!」

「えっ……あれが魔王なのか?」


 もっとこう強い竜とか、マントを被った長身の化け物みたいなのを想像していたと、アプロがそう思っていた時、可愛い者には弱く目をキラキラとさせて魔王メイスに近寄るミスティア。


「わーっ、とっても可愛いです!」


 小動物を可愛がるように少女に近寄っていくミスティアを、サーシャは必死に抱きついて止めた。


「どうしてですう?」

「いや、魔王、だから」

「魔王ってなにをする人なんですか?」

「え?」


 迷いのないミスティアの回答に、口を半開きしたサーシャは本気で言ってるのかと疑いの目を向けた、それもそのはずで、『魔王は全ての冒険者の敵』というのがどこの国でも常識とされており、強大な魔力は世界を滅ぼせる力を持つ。


 だからこそ、冒険者ギルドは魔王という存在を一番警戒しなければいけないのだが、何故か世界中でその問題は『放置されたまま』となっている。


「で、なに? アンタ達も冒険者?」

「そうだけど」


 メイスの質問にアプロは特に迷いもなく返事をした、少し怒りが静まったメイスは今回挑戦しにきた冒険者達をざっと見て「こんなの大したことないわね」と自信満々に鼻で笑うと、両手を紫色の炎で包み全員まとめてかかってくるようクイクイと手招きをした。


「遊んであげる、少しだけねっ!!」

「……そう言ってられるのもここまでですよ、魔王メイス!」


 テスターは自信満々に剣をメイスに突きつけると、足を速く、メイス目掛けて勇敢にも突進していく、その姿はまさにアプロが憧れていた理想のボスとの戦闘であり、自身もその戦闘に乗っかろうと思っていた矢先。


「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」

「乗り遅れた……」


 全員がメイスに斬りかかりに行ってしまい、乗り遅れてしまったアプロ一行は剣の音がリズムよく響くのを聞きながら戦いを眺めていた、序盤こそまともに戦えていたものの、メイスという魔王が魔法を繰り出してから一気に形勢は逆転した。


「ははは!! 遊び相手には十分だったけど、これで終わりよ!!」


 無数の剣をメイスは交わし、1人1人に魔法を当てジワリジワリとその数を減らしていく。


「くっ……!!」


 襲いかかっていたのは300人近くの冒険者だったが、いつの間にか50人と減らされていた、そしてとうとうテスター1人になった時、メイスは作戦もない戦いに呆れ口調で諭すように話した。


「浅はかね……数でどうにかなると思ったのかしら?」


 テスターは剣をしっかりと構え直し、魔法の詠唱を始めた、すると足下から強烈な突風を巻き起こしながらその暴風を剣に纏わり付くように調整していく。


「ミスティア、サーシャ!! 伏せろ!!」


 アプロは慌ててミスティアとサーシャの肩に手を回し、地面へと伏せさせる。


「エア・スラッシュ!!」





 テスターが地面すれすれに振った剣は、倒れていた数人の冒険者を巻き込みながら刃の形をした剣撃を放つ。


「これでどうです!?」


 ぶつかれば身体が弾け飛ぶと言われるほどの威力をテスターは放ったつもりだった、それでもメイスは向かってきた魔法に「なんて弱く、なんてか細い風」なのだと小さい声で嘲罵すると、特に避ける事もなくそのまま片手で受け止めた。


「なっ!?」


 暴風ほどの風はあっさりとメイスの手に纏っていた紫色のオーラに吸われてしまい、軽蔑した顔で腕を組んでテスターを罵倒した。


「あのね、魔王って魔を極めた王よ? 魔術師でもない者の魔法が効くわけないでしょ!」


 テスターはそれを聞き、一瞬ニヤリとしたが我慢しながら苦戦しているという『演技』に戻す。


「じゃあもう勝負ありね? アンタ達は私とやりたいの?」


 大人数を率いていた1人もこの調子では、こいつらもさほど実力は変わらないだろうと、もう1戦するのが嫌そうにメイスは立ち上がったアプロ達を見つめてきた。


「いや俺達は別に」


 軽く手を振って拒否するアプロ、そもそも自身の力をテスターに通用するかどうか試したかっただけなので、冒険者との戦いを嫌がっているメイスとはやりたくなかった。


「そ、じゃあコイツら連れて帰りなさいっ!」

「俺とこいつらは無関係なんだけど」

「返事っ!!」

「あ、ご苦労さまです」

「ふんっ!!」


 それにサーシャとミスティアがいるこの場では危険に晒してしまう可能性もあると判断し、大人しくアプロ達はダンジョンを出ようとしたが。


「おい魔王! アプロさんが来たからにはもう終わりだぞ!!」


 突如遠くから声をかけた男のその余計な一言が、さらに事態を悪くした、アプロ達が声の方を見ると、遠くで叫んでいた男はボルグだった、ボルグの目的は魔王に戦いをけしかけアプロ達を襲い、倒してくれれば全ての手柄を横取り出来るんじゃないかと悪巧みしていた。


「なによあのちんちくりん、あれもアンタ達の仲間?」


 ここにいる誰よりも弱そうな男を見て、メイスはアプロに尋ねる。


「全然違う」


 何とかして戦わせようと何度も遠くから挑発の言葉を叫び続けるボルグ。


「へいへい魔王さんよお! アプロさんはゴールドに匹敵する力の持ち主なんだぜ!? お前はもう負ける運命しかないんだよ!!」

「な、なんですって……?」


 そんな安い挑発に引っかかる訳ないだろ、と思ったアプロはメイスを見ると、拳を握り眉はピクビクと動かし、「めちゃくちゃプルプルしてる」と小さく呟くと、表情が曇り始めるアプロ。


「あーっ、メイス?」


 自身のプライドが高かったメイスは、その高さを示すかのように強く、大声でボルグに反論をして足をダンダンと複数回叩きつけ唸った。



「私は最強なの!! 他に強い奴がここにいる訳無いでしょ、べーっ!!」



 舌を出して言い返したメイスを見て、これはダメだとアプロは手を当てがっくりした。

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