第16話
サーシャの言う事が間違っていないのなら、一刻も早くミスティアを助けないと危ない、そう思ったアプロは急に上体を起こしてしまい、土台のバランスが崩れサーシャは地面に尻餅をつく。
「サーシャ、下がっててくれ!」
「ど、どうする、の?」
「ここをぶっ壊すんだ!」
握った拳で扉を無造作に殴りつけると、ガラス板のようにあっさりと崩れ去る、崩れた壁の中には鉄板らしき物が仕込まれていたのだが。
「行くぞサーシャ!」
最強の力を持っていたアプロには何の苦も無く、すぐさま瓦礫をかき分け中へ中へと入っていく、それを「すごい……」と一言いってポカンと呆然するサーシャ、この2年でアプロに何があったのか、見た事もない強い力にポカンとしたままアプロの後に続いた……。
「あ……! アプロさああん!!」
そこにいたのは縄に縛られ、地面に座らせていたミスティアだった、口の周りは至るところに白いクリームがつけられ、先ほどの男によってクレープを押しつけられた痕に間違いはなかったのだが。
「こ、この白いのは……!?」
「ふえええ……ボルグって人に汚されちゃいました……」
彼女の純潔はあの小汚い男によって汚されてしまった、全てを間違えて解釈したアプロはヘランダと戦った時のように、鬼のような形相で男を見る。
「お前、覚悟出来てるのか?」
ドンッ!!
ボルグの壁についての質問を無視し、激怒していたアプロは拳で壁を叩くと、その壁はあっさりと大穴が開いた。
「答えろ」
グレイシー達と歩いていた時に懸念していたパーティを組んでいる時、傷を治すほどの十分な回復魔法を放てない、それはつまりミスティアを守れないという事。
仲間を守れないのは、リーダーであるアプロにとって悔しかった、こいつをどうしてやろうかと腰を抜かしたボルグにジリジリと歩み寄り、アプロは黙ったまま目の前で止まる。
「ま、待てガキ、俺はそいつにクレープを食べさせようとしただけなんだ」
「もっとマシな嘘をつくんだな」
「本当だ!!」
「こんな白いドロドロしたモノと言ったら、アレしかないだろ」
見たとおりミスティアの体中には白い液体がかけられていたが、クリームに液体を混ぜ白っぽいドロドロになっているだけでアプロの想像している物とは遙かに違っていた。
ミスティアもまた、一度洗脳され耐性がついた事もあってか自我を完全に保持しているので、これ以上の洗脳は無意味ではあったのだが。
「……アプロ、聞いてくれ」
ボルグは胸の内を語った、内容はどうでも良く『ただ若い女の子とクレープを食べたかった』という適当な理由で、アプロの油断を誘う。
「え……いや、こんなところで食わなくてもいいだろ」
ボルグが思っていたよりもアプロは単純で、子供でも見抜けそうな嘘が通用してしまった事に驚く。
「あ、アプロ、騙されないで」
ここにいた者達で唯一サーシャだけが嘘を見抜き、「嘘だったのか」とアプロとミスティアはボルグに尋ねる。
「へっ、お前らのバカさ加減には付き合ってられねえ……ルーヴェル隊長!!」
――時間は稼いだ、とボルグはほくそ笑む、呼び声に応じるようにボルグの後ろでゴロンと寝ていた男は目をパチリと開け。
「……んだよ、コイツら?」
隣に突き刺さっていた大剣をガッシリと握ると、威圧感のある立ち振る舞いでアプロ達を見る、髪型は獣のようなライオンヘアーをして、アプロよりも身長が高く、ボルグより数倍強そうな男はギロリとした目つきをしていた。
「アプロとミスティアですよ、昔所属していた……」
ルーヴェルと呼ばれた男にボルグは両手でごまをすりまくる。
「知らねェ、まあ俺達の隊にいねェんなら後ろにいる雑魚だろ?」
「へ、へえそうですね」
「じゃあ……」
茶色の髪をピリピリと逆立て、ゾウの鼻ほど大きく、黒い塊の大剣をブンッと力強く振るい、アプロ達に突きつけた。
「身体が真っ二つになる前に帰りな」
その剣は何度も魔物を切りつけた為、刃こぼれを起こしていた、とても剣とは呼べず、丸太、鈍器のような何かである、その鉄で出来た塊をまるで木の枝のように振るっているルーヴェルという男。
「……グリーンの、トップクラス」
サーシャは呟いた、この国に認知されているグリーン冒険者では『最もレッドに近い』とも言える人物である、そんなルーヴェルが一緒に最後尾を歩いていた者達になんか負けるはずがない、とボルグは当然そう思ってアプロに強気な口調で挑発した。
「へへへ、俺達に喧嘩を売った罪は高くつくぜ、何せ円卓の騎士団を怒らせちまったんだからな……」
ボルグの言葉にアプロが返事しようとした時、先手必勝、瞬きするほどの短い時間をルーヴェルは見逃さない。
「もう始まってるぜ、よそ見すンなよォ!!」
一気にアプロの眼前に詰め寄ったルーヴェル、一瞬反応が遅れてしまったアプロは腹に目掛けてスイングされた鉄の塊をモロに受けてしまい、鉄板を叩いたような音と同時にそのまま壁に叩きつけられる。
「アプロさぁん!!」
「アプ……ロ!!」
「しょうもねェ、おいそこの女共はまだやるのか?」
あっさりと決着はついてしまった、サーシャとミスティアはアプロの心配を叫ぶが、砂煙の中から出てくる様子はない。
「まさか今ので全力なのか?」
聞こえてきた声に反応したルーヴェルは「あァ?」と言って肩に担いだ大剣を握り直す。
「んで生きてんだよテメェ」
「ライオン、よく見とけ」
「あ?――ぐおおおおっ!!」
真っ直ぐ、最速で砂煙の中から飛び出してきたアプロは、ルーヴェルの顔面に目掛け思い切り靴底を使って蹴り飛ばした。
「これでおあいこだ」
「がっ……はっ!!」
困惑しながらもルーヴェルは強く壁に叩きつけられ。
「これで、1発は俺が有利だ」
「待て――」
小さな虫に刺されたぐらいは痛かった事に怒っていたアプロは再度強く、ルーヴェルの腹を殴りつけると、叫びながら奥へ奥へとトンネルのような大穴を作りながら大広間のような場所まで瓦礫と一緒にルーヴェルは吹き飛ばされる。
「ルーヴェル!? これは一体……?」
すると、1人の『金髪』の男性が気絶したルーヴェルの状態をスッと手で確認し、驚いた反応を示す。
「た、助けてくださいいいい、テスター団長!!」
アプロから逃げるようにボルグはその金髪の男性に向かって走った、団長と呼ばれた男はテスター、円卓の騎士団のメンバー達を背負う者であり、唯一の『レッド冒険者』だった。
「隊長!!」
「一体誰がこんな!!」
その周りには強者で構成された精鋭の冒険者達が立っており、皆が倒れたまま動かないルーヴェル隊長を心配する。
「やれやれ、位置を確認したら後衛組の者達が街へと向かっていたので、何かあったのかと思いましたが……そういう事でしたか」
仲間がやられた事よりも『面倒くさい事が起きる』、そう思った団長と呼ばれた男は酷く、冷酷な表情に変わると、戦闘モードに切り替わったかのように自身の感情を深く、深く落とし込み大穴の奥に立っていた3人の者達を見る。
「そこの3人、円卓の騎士のメンバーに手を出したという事は……覚悟は出来ているんでしょうね?」
すっ……肌を思わず震わせるほど、その場には冷たい空気が張り詰めた、しかしそんな団長に臆する事なく、歩を進めるアプロ、テスターの放つその禍々しいオーラに負けず、後ろを歩いていたミスティアとサーシャは足を震わせながらアプロの名前を呼ぶ。
「アプロさん!!」
「あ、アプロ!!」
深刻な表情をしている訳でもなく、アプロは話し合いをするつもりだったが、ここまで来ると『この力がどこまで通用するのか』と、少し試したいという気持ちもふつふつと湧いていた。
「心配するな」
円卓の騎士団と揉める理由はなかった、しかしこのまま帰らせてくれるほど甘くはないと思ったので、アプロは腰を抜き、肩にポンと置いて後ろのミスティア達を見て一言いう。
「ミスティアも取り返したし、すぐに終わらせるさ」
すぐに終わらせる、大して強くないだろうと捉えたテスターは小馬鹿にされた事に片手で頭を抑え、クックックと高笑いをしたその時。
……ゴゴゴゴゴゴッ。
突然、岩で囲まれていたダンジョン全体が地響きを繰り返し、しまったという顔で叫ぶテスター。
「くっ、先に目覚めてしまいましたか……!!」
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