第15話
――。
――――。
どれくらい長い時間転がっていたのか、自らクッションになっていたアプロは、座ったまま抱きかかえていた女性にケガが無いか声をかける。
「大丈夫か?」
「あっ……っと」
返事を確認し、特に目立った傷も見られず無事である事がわかると、女性の身につけていた銀色の全身鎧が気になったアプロ、「どこかで見た事がある」と思い顔をよく見る為フルフェイス型の兜を外そうとしたその時、アプロの手を拒むように女性は軽い力で掴んだ。
「だ、だめっ」
女性の胸のプレートは転がった影響で取れてしまったのか、鎧の下に隠されていた上着をハッキリと晒し、照れながらも目線を逸らした女性、しかし、アプロはそれほど気にせず「悪い」とだけ一言謝り女性から手を離して立ち上がった。
「なあ、俺達どっかで会ったか?」
アプロの問いにコクコクと頷いた女性は、黙ったまま鎧兜を取ると可愛いピンクの髪を胸まで垂らし、ポワッとした喜びの顔を見せる。
「う……。うん!」
片目が隠れるほど伸びていた前髪、碧眼の目は宝石のようにとても美しい輝きを放つ、加えて鎧の下からは想像出来ない彼女の美しく整った顔に、普通の男なら心を奪われてもおかしくないが……。
『なぜか』アプロは女性に好意すらも抱かなかった、必死に言葉を探し、動揺しながらやたらと変なところで区切る話し言葉でアプロとの再会を嬉しがる女性。
「ひ、ひさ、ひさしぶり……アプロ」
ぐる、ぐる。
両方の一指し指をクルクルと回し、もじもじとした動作で女性はアプロに声をかけた。
「悪い」
「えっ?」
「顔はどこかで見た事はあるんだけど、君の名前が思い出せない」
「あっ……」
アプロからの予想外の言葉に、女性はガーンという重い石が頭の上に乗った気がした。
「す、数年、探し続けた、のに……」
しゅんとした女性の顔にアプロはとにかくフォローしなければと思った。
「ああいや……。その鎧だけは見た事あるんだ、北の国ヘクサスの人……だろ?」
「い、いいよ、育成施設で話したの、ふ、冬の季節だけだったし……」
「育成施設? ……あっ!!」
複数の記憶の線を辿るとピンと閃くアプロ、やがて1つの答えを導き出し女性の名前を指差して叫んだ。
「さ、サーシャか!?」
「う、うん。ひさし、ぶり……」
女性の名前はサーシャ、かつてアプロと共に故郷で過ごした施設のクラスメイトだった。
「2年前だよな、あれから何していたんだ?」
「ずっと、ダンジョンを、巡っていた」
「ずっと? どうしてだ?」
サーシャと呼ばれた女性は、頬を赤くしながらアプロを見る。
「いつか……。アプロと、冒険、し、したかったから」
「俺と?」
「に、2年間、どこにいたの?」
「まあその……色々あってこの国に来た」
冒険者施設の試験で合格を認められた後、アプロは自身を『姉御』と呼んでいた先生について行くが……サーシャの問いに答えづらいのか、誤魔化すように辺りを観察するアプロ、四方に囲まれていた壁を探し、ここが囲まれていた部屋というのがわかると、長い階段は天井を見上げると途切れていた。
(思い切りジャンプしたら届くけど……ここに女性を置いておくのもなあ)
と考え、どこかに上れる階段がないかと壁に手を当てながら探し始めるアプロ、ある壁の一辺を注視すると、手の平のマークが描かれた大きめのボタンが取り付けられており、アプロは気になって後ろをトコトコと着いてくるサーシャに尋ねてみた。
「なあサーシャ、これなんだと思う?」
「ボタン、かな?」
「ボタンなのはわかる……」
「ふ、ふた、ふたつある」
「ほんとだ」
サーシャの言う通り少し離れたところにもう1つのボタンがあり、その距離は1人が両手を伸ばしても届かないほど離れていた、首を傾げながらもアプロは2つのボタン近くの壁を指で触ると、あっさりと一部分がポロポロと崩れる。
「この壁、何か隠されているな」
アプロは蜜柑の皮を剥くように、ボタン近くの壁を手当たり次第に触った、すると取っ手のない青い壁がハッキリとわかるように映され、加えてこの2つのボタン……全てを理解したアプロはサーシャに尋ねた。
「これって扉だよな?」
「と、とびら?」
「ボタンを2つ同時に押してみよう」
「うん」
アプロはサーシャの横に並ぶように立ち、「せーの」というかけ声でボタンを押そうとしたが。
「ふえええっ……」
何度も、狂ったように何度も聞いた事のある悲鳴が聞こえ、ピタリとアプロの手が止まった。
「ミスティア!? ……サーシャ、奥にミスティアがいる!」
「ミス、ティア?」
「ああ。今組んでいる大切なパーティーメンバーだ」
「女性の、ひと?」
「ん? ああ」
一瞬サーシャは悔しそうな顔を見せるが、サーシャの表情の変化をアプロは見る事もなく、ミスティアを助けたいという一心で先ほどの声がよく聞こえる場所を探す、扉の上側を見ると密封した部屋にならないよう空気を入れているのか、小さい長方形の穴とちょっとした鉄格子が取り付けられていた。
「サーシャ、上からどうなってるか覗けないか?」
アプロはアルマジロのように迷わずしゃがみ込み、人ひとりが乗れる土台を作るとそこへ乗るようサーシャに催促をする。
「え、いいけど」
ゆっくりとした動作でサーシャは両足をかけたが……その身長では手を伸ばしても鉄格子にギリギリ届かず、壁奥の様子を見る事は不可能だった、それならせめて会話だけはアプロに伝えようと、意識を耳に傾けていると。
「ふえええっ、やめてください!!」
「オラ、暴れてねえで大人しくこのクレープをくわえやがれ!!」
「いやです、絶対にいやっ!!」
「暴れるんじゃねえ!!」
「ぶええええ!!」
女性の声は先ほどよりも小さく、口を塞がれながら必死に抵抗しているのが窺える、問題はその内容であり、どう考えても男がクレープを食べさせようとしてミスティアが拒否するという問答だったのだが、上手く聞き取れなかったサーシャは卑猥な方向へと解釈してしまう。
「あ、アプロ、たい、へん!!」
「どうした!?」
「男が、その、何かくわえろって言って、多分ミスティアって子が、嫌がってる……?」
「本当かよサーシャ!?」
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