1章 仲間を救おう
第9話
オロオロと辺りを見渡しながら、ミスティアは列の最後尾を歩いていた。
「ここ、少し怖いですう……」
不安を抱いた声色で言うミスティア、こんな薄気味悪い場所で馬車は停止してほしくないと強く願うが……嫌な予感はピタリと当たったかのように馬車は停止した。
人も通らないこの場所は14年前、たくさんの金に困った者達が住む貧民街となっていた、当時の国王は貧相地域に対し何一つ政策を行わず、結果として裕福な者はさらに金持ちとなっていき、金を持っていない者、働けない者は落ちるとこまで落ちていく事になる。
国の外は魔物が溢れ、怯えるしかなかった時代、騎士団の力は絶大だった、その団員であった『カルロ』は当時部下であった英雄、『ネリス』と現状の改善に尽くし、無駄のない金策と政策案を国民に提示し、支持率を得ていく。
やがてカルロは市民の絶対的な信頼から国王へ就任となり、大勢の貧民が新築された新しい地域へと移住した為、今ではゴーストタウンと化したのがこの区域である。
もちろんミスティアはこの国の事情など知る訳もなく、この辺りを怯えながらキョロキョロと見る、建物には昔住んでいた痕跡と役割を終えたのか、下皿が割れたままのコケがついた噴水や家に絡まるツタの数々……。
それはまさしく、今でも悪人が悪事を行うには打って付けという場所だった……。
――。
――――。
家々が外周を囲む広場に着くと、ピタリと馬を止め乗っていたボルグはさっと下りる。
「この中で冒険者はいるかー? もしいるならパーティカードを見せてくれ」
唐突に言われた言葉に後ろに着いてきていた客達はその要求に疑問を示した。
「えーどうしてだよ?」
「はは、冒険者より市民を優先したいからな」
「仕方ないなあ……」
納得した1人が懐からパーティカードを取り出し、他の者達も行動を合わせるようにボルグに見せる、「見事に引っかかった」と薄笑いを浮かべながら頭の中で呟くボルグ、最初にパーティカードを取り出した1人はもちろん円卓の騎士団の仲間であった。
……同調行動を誘う為のサクラ、何の疑問も思わず従う者達はボルグ達の計画通りに進んでいた事に気付かない。
「クレープをもらえてない奴らも安心してくれ! まだまだ在庫はあるからよ!!」
複数ある空き家、その1軒にボルグは入ると言葉通りクレープの生地とクリームが入った箱を1つ1つ運び出し、中に積み込んではドンドンと馬車の中からクレープを量産していく、きちんとパーティカードを持っていない『市民』から配られていき。
「楽しみですー」
ミスティアはゆらゆらと身体を左右に揺らし、長い列の後ろでしばらく待っているといよいよ自分の順番がやってきた。
「ふう……お前が最後か?」
ボルクは少し疲れ気味に声をかける、こいつはどこかで会った事があると気付いたボルグは顎に手を当ててミスティアをじっくりと見始めた。
「あれ……?」
同様にミスティアもボルグに感づいた。
「も、もしかして! アプロさんに怒鳴ってた人ですか!?」
「アプロ……? そうだ、アイツと一緒にパーティを抜けた、あの腰抜けエルフか!!」
その言葉に不快感を示したミスティアは、ムスッと頬を膨らませて否定すると苛立った素振りでお金を渡した後、クルリと振り返って立ち去る。
「でも、クレープはとっても美味そうですーっ!!」
気持ちを切り替え、クレープが食べられる事に嬉しさを感じたミスティアはあーんと口をあけ、甘い匂いを放つクレープを一口頂こうとしたその時――。
パンッ。
ボルグは一度手を叩いた。
……すると、広場で残っていた冒険者達はフラフラと身体が揺れたまま、糸が切れた人形のように動かない。
「これで俺も前線に立てるぜ……クククッ」
人形、ミスティアもまた他の者達と同じだった、あれだけ食べたかったクレープをポトリと落としてしまい、虚ろな目をしたままその場から動かない。
「……へへ、終わりましたぜ」
ボルグがそう言うと、すっと出てくるエプロン姿のルーヴェルとヘランダ。
「よくやったなボルグ。しっかしクレープに洗脳薬に混ぜて強制的に仲間を増やすたあ、団長も考えたもんだな」
「でもお、この洗脳薬ってえ、ゼイゴン様から提供された物でしょ? 私、あまり好きじゃないのよね……」
ヘランダの言葉に、ルーヴェルは呆れた顔をした。
「バカかよ、金がもらえるなら何でもいいだろ」
「バカにバカって言われたくないわあ、あー。言葉の1つ1つが汚らしい」
「んだとテメェ!?」
「な、なによ筋肉バカ!!」
「いいか、俺が筋肉バカならテメェは魔法バカだろうが!!」
「なんですって!?」
また始まった、とボルグは2人の喧嘩を止めた。
「団長はダンジョンを攻略したくて外で待ってるんですから、さっさと行きましょうぜ」
その言葉を聞き、懐からハンカチを取り出してヘランダはフキフキと唇を拭う。
「そうね、さっさと使える冒険者だけ連れていくわよぉ」
「へい、よしお前ら! さっさと乗れ!!」
人形のように立ち止まっていた者達は、ボルグの暗示に感情を失った声で「はい」と返事をすると、自分の意志とは関係なしにフラフラと怪しい馬車に乗り込んでいってしまった。
「これで俺も最前線か……。ハハハッ……ガッハッハッハッ!!」
ボルグの下品な笑い声と共に、馬車はパカ、パカと人気のない広場から歩きどこかへ行ってしまった……。
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