第7話
◇ ◇ ◇
無事街に着いたアプロとミスティアとフラムの3人は、約束通りクレープ屋で食事をしてからギルド拠点に報告へと向かっていた。
「えへへ、いっぱい食べましたねーっ」
その向かう途中、満足そうな声をあげながら全く膨らんでいないお腹を手でさすりミスティアは嬉しがった。
「3つも食べるなんて、ミスティアは本当にクレープが大好きなんだな」
それを見てアプロは微笑ましくミスティアを見る、一方でフラムは特に何も感じず無表情を貫く。
「おいしいんですよーあそこのクレープ屋さん! 2人にぜひ食べてほしくて!」
「まあ確かにおいしかったッスけど……一体どういう胃袋してるんスか?」
ミスティアの純粋に膨らまないその腹に疑問を持ったフラムは一度手で撫でてから尋ねると「エルフは大食いだけど太らないんですよ」というよくわからない回答にフラムはアプロを見るが、アプロもよくわかっておらずそういう物なのかと首を傾げた。
歩いていると躓いて倒れかけるミスティア、辺りは太陽が隠れ、道はすっかりと薄暗くなり、街はもう1つの顔を見せていた、各家に明かりが灯り子供は家に帰ったのか昼間と違って走り回っている姿はどこにもなく、代わりにだらしのない大人達が泥酔しながらフラフラと蛇行する。
「もーーーーーっ、いっけん!」
「あ、それもーっ、いっけん!」
酒瓶を両手に持ち、歌いながら肩を組んだまま歩く酔っ払いの2人組が通り過ぎていく、そんな街の人々の格好を見るアプロ、白麻のボンネットや、麦わら帽子、アプロは自分の住んでいた街とは随分ルールが緩いと感じていた。
(そういや親父と母さん、元気してるかな……)
気が付けば自分の住んでいた国の事をアプロは思っていた……。
――。
――――。
「遅かったじゃないかフラム! 残業代は出さないよ!!」
ギルドにたどり着き、先頭にいたフラムが扉を開けると突然、耳がキーンッと響くほどの怒声がアプロ達の身体の中を駆け巡ると、ミスティアは魂が抜けた人形のようにコテンッと後ろに倒れた。
「うるさっ……。そんな怒鳴ってたら早死にするッスよ? ロザリーおばさん」
気怠そうな足取りでフラムは中へ入り、バーカウンターのような机に取り付けられた木のゲートをすっと身体で押すと、おばさんと言われた『ロザリー』という女性の怒りの言葉が止まらなかった。
「おば……アンタ何言ってんのさ!! あたしゃまださんじゅうろくだよ!!」
「そっスか、若者から言わせてもらうと、さんじゅう超えたらおばさんッス」
「ふ……フラム!!」
一般的な『おばさん』の歳とは、明確には決まっていない、しかし多くの人がそう言われても仕方ないほど、納得する歳を重ねていたロザリーはフラムの言葉について言い返す事が出来ず……。
「わかったッス、言い過ぎたッス」
ロザリーのツバがそこら中に飛び散っていく中、フラムはかかったツバをフキフキと布で拭き取りながら、平然とした顔で右から左へと聞き流しながら軽く謝罪をしていた。
「おい、起きろミスティア」
アプロは倒れたミスティアを見て座り込んでから頬をペチペチと叩く。
「――はっ!?」
「起きたか?」
「ろ、ロザリーおばさん、今日もお怒りですね……」
「ああ、逆らわない方が吉だ」
2人は荒れ狂うロザリーを見ながら、コクリと頷いて怒りが収まるのを待つ事にした。
――。
――――。
「はあ、はあ……。それで、そこの2人はいつまでそこに突っ立ってるんだい! ドアは閉めな!!」
息切れしながらロザリーは入り口にいるアプロ達に声をかけた、腰に白いエプロンを身につけ、時には厳しく、時には優しく冒険者の面倒を見てあげたりと、ロザリーはこのギルドを利用する冒険者達にとって母親的な存在となっている。
「悪いロザリーさん」
片手をあげて返事をするアプロ、ドアの位置からはロザリーの立つカウンターまでは少し遠く、複数のテーブルと椅子が置かれていた。
「今日は店が閉まるまでしっかり食べて、しっかり飲むぞー!!」
「「おおー!!」」
そこではパーティを組んでいる冒険者達が別々の椅子に座り、テーブルに置かれた酒を飲みながら和気藹々と談笑する、さらにその奥には『依頼ボード』と呼ばれる綠色をした長方形の大きい板が壁に取り付けられていた。
「なんだこれ?」
アプロは近寄ってから貼り付けられた紙を1枚1枚軽く見ていると――。
「それは依頼者が、冒険者に頼みたい事を紙にしてボードに貼りつけるんだよ」
ロザリーが説明を行う。
「へえ、何でも頼めるのか?」
「冒険者側が受けたらね、まあ最近の冒険者なんて、人からの頼まれ事なんてやる気にもならないだろ?」
まあ、そうだなとアプロは心の中で思った、依頼は主に『ダンジョン調査』というギルドが発注したものが人気であり、ボードを利用している冒険者と依頼者は現在でほんの数人しかいないと聞かされるアプロ。
最近では冒険者が増えていくに連れ、依頼者達の認識は『あんまり期待していない』という風に変化していっており、それならばと王国に直接頼む者達が多い。
「……で? アンタ達は飯でも食いに来たのかい? ラストオーダーは近いよ」
へーと頷いて話を聞くミスティアとアプロに向けて、ロザリーは一体何しに来たのかと尋ね、ミスティアは1枚の紙を手に取った。
「あ、あの、私達冒険の報告をしたくって……」
「ふん、ならパーティカードを出しな」
お腹の近くで両方の指をクルクルとまわし「は、はい」と少し始めの言葉に詰まってしまうほどミスティアはロザリーに怯えながらパーティカードを手渡した。
「ほらアンタも出しな、同じパーティなんだろ?」
「あ、悪いロザリーさん、俺のカードは調査中に無くなったんだ」
口から出たアプロの何気ない一言が、またもやロザリーの怒りを火をつけてしまう。
「はあ、どうしてだい!? アンタ名前は!?」
「アプロ」
「どこに落としたんだい!!」
「その辺の森かな、再発行頼んでいいか?」
「な……なんで冒険者ってのは管理もロクに出来ないんだい! 私の若い頃はね! みんなしっかりと装備を整えて――!!」
(うわあ、始まったよ……)
心の中でアプロはそう言うと、苦い顔を浮かべながらロザリーのツバを顔面に被り、ひとまず怒りが収まるのを待つ事にした、怒り狂うロザリーの隣に立っていたフラムは、アプロに向け元気出してという顔で親指を立てる。
「――わかったね!!」
「わかったわかった」
「ちゃんとわかったのかい!!」
「ちゃんとわかってるって」
「よし……ならいいんだよ、調査報告書と再発行書にさっさと書きな!!」
言われた通り2枚の紙を受け取ったアプロは机に向かい、スラスラと置いてあったペンを掴んで記入欄を埋めていく、基本的に冒険者は調査が終わった後、ギルドに向かってきちんと何があったのかを報告しなければ報酬を受け取る事が出来ない。
「うえーっ、ロザリーさん喋り過ぎッスよ。ツバで書類ベチャベチャッス」
「なんだって、だいたいアンタがね――」
アプロは2人の会話に挟まれないよう気配を消しながらカキカキとペンを動かす、そのフラムの一言によって怒りが再燃したロザリーはベチャベチャと喋り出したので、それを見たミスティアがテーブルカウンターに向かって身体を乗り出し、2人を止めようと間に割って入ったが――。
「喧嘩は駄目ですううう!!」
「喧嘩じゃないよ!!」
「喧嘩じゃねぇッス」
ドンッと突き飛ばされ、そのまま後ろへと下がると側にあったテーブルの角に頭をぶつけ「あいたー!」と叫んでからゴロゴロ地面を転がる、その間にアプロは全て書き終え、ぜえぜえと息切れをしていたロザリーに提出した。
「よし出来たよロザリーさん、報酬はいくらぐらいだ?」
「はあ、はあ。……まあ、これなら20ペクスってとこだね」
「うーん、宿2泊分ぐらいか」
「文句言うんじゃないよ、ところで今日は宿の予約入れてないんだろ? 2階が空いてるから泊まっていきな」
ロザリーは宿の鍵2つを机の前に置き、2階の方をクイクイと指で差した、それをしゃっと奪い取るようにアプロは受け取ってから「ありがとなロザリーさん」と階段の方へ向かう。
「ちょっと待ちな、2人で10ペクスだよ!!」
アプロが階段に足をかける途中、ロザリーは呼び止めた。
「えっ、金取るのかよ!?」
「当たり前だよ! 冒険者はみんな払ってるんだ、アンタだけ特別扱いはしないよ!」
「マジか……」
しぶしぶ納得したアプロはロザリーの立っていた机の前に戻り、ミスティアの分を含めた10ペクスの硬貨を置くと2階に続く木の階段を登っていく。
「ん、どうしたミスティア?」
その途中、アプロはふと後ろを振り返るとミスティアはおろおろとしながら立ち止まっていた。
「あ、あの私……」
もじもじと身体を動かし、どこか落ち着かない素振りを見せる、その様子になんとなく察したアプロ。
「そういえばさっき頭ぶつけてたよな、氷持ってきてやろうか?」
「そ、そうじゃなくて!!」
鍵を2つ手のひらに置き、説明するアプロ。
「部屋は別々だから大丈夫だ、いくらパーティメンバーと言っても一緒に寝るのは嫌なのはわかってるよ」
「違いますう……違うんです……」
「ん? じゃあなんなんだ?」
ミスティアは目線を下にし、ギュッとスカートの端を握った。
「その、わたし、今日は全然アプロさんの役に立てなかったのに……。今後もメンバーとして一緒に泊まってもいいのかなって」
「いまさら何言ってんだよ、明日も2人で冒険に行こうぜ。それに……あの時はミスティアがカードについて話をしてくれなかったから、俺は玉砕覚悟で魔物に挑んでいたかもしれないしな」
「いや、でも……」
踏ん切りの付かないミスティアの気持ちに、アプロは真剣に応対した。
「結局カードは見つからなかったけど、あのときは助かったよ、ありがとなミスティア」
……それでもミスティアはまだ何かを話したそうに立ち止まっていた、それが『何なのか』ミスティアにしかわからない、そんなミスティアの複雑な気持ちにアプロはふっと鼻息を鳴らし、心配するなという自信に満ちあふれた顔で言った。
「一緒にいてくれ」
そして、ミスティアに向かってニッコリと手を差し出す。
「俺はお前と楽しく旅がしたい」
その晴れやかな表情にミスティアは目を見開き、口が少し開くと一瞬で頬を赤くした、その後すぐに顔を手で隠しながら急いで階段を上り、アプロを抜き去っていく。
「あれ、どうしたミスティア!?」
追いかけてきたアプロが声をかけ、何やら顔をパンパンと叩いて気合いを入れてからゆっくりと振り返るミスティア。
(ほんとに……本当にこの人は……)
なぜアプロの事を『好きになってしまった』のか本人にはわからなかった、胸はドキドキし、真っ直ぐしていて嘘偽りない言葉1つ1つが、ミスティアの心に響く。
誠実さ、嘘のないハッキリとした男性がミスティアにとって好みのタイプであった事に、わからないまま本人は頬を赤くし続ける。
アプロから向けられた視線を見つめ返す事は出来ず、この場にいる事が我慢出来なかったので何とか言葉1つ返そうと、溢れてくる感情を抑えつけたままミスティアは目線を斜め下にし、1階で飲んでいる者達を適当に見ながら小さく呟いた。
「……ずるいですよアプロさん、ずるいですっ」
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