第157話 西と南の二つの地方
マルドの街の視察を終えてルネや従魔と一緒に公館に帰ってきた。
公館に到着するなり目についた配下の者にラモンさんを呼びに行かせた俺だが、早速二匹の従魔を手元に呼び寄せその美しく整った綺麗な毛並みを両手でわしゃわしゃと撫でまくる。
「エリオ様。自分だけでズルい!」
「ズルい? フッ、君はさっき外でこの毛並みを堪能していたじゃないか。おやおや、俺がそれを見ていなかったとでも思っているのかな?」
「くっ、あれを見られていたなんて一生の不覚!」
ククク、ルネのような超絶美人が苦悶の表情を浮かべているのを見ると、なぜか楽しくて胸の奥がざわざわと波打つ。しかし美人はどんな表情をしても絵になるよな。何でだろー、何でだろー。
『主様、何だか悪い顔をしてますよ』
『エリオ様が時折見せるその悪い顔。私は嫌いでないですわ』
おっといけない。自分では気づかなかったけどそんなに悪い顔をしてたのか。ハハ、俺は人様の見本になるような聖人君子ではないからな。よい子の皆が真似をしてはいけないような悪い部分や腹黒い部分も当然あるんですよ。
「そういえば、さっきエリオ様はカフェで男女のカップルに話しかけていたけど何を聞いてたんですか?」
「ああ、彼らはカップルを装ったうちの情報部員だよ」
「あの二人がラモン長官の配下の情報部員だったとは」
「ハハ、俺の知っている情報部員だったのでちょっと情報交換の為に話しかけただけさ。カフェで寛いでいるカップルに嫉妬してわざと邪魔をしてた訳じゃないぞ。でも、あの二人はパッと見て情報部員に見えなかっただろ」
「ええ、カフェで談笑している普通のカップルだと思ってました」
「詳しくは言えないが、ラモンさんの指示の下この街全体にはうちの情報部員があちこちに多数散らばって監視や情報収集をしている。必要になればこちらに都合の良い噂を流したりと何でもやるのが彼らの仕事だ。武力だけでなく、情報も大事な戦いの手段だからね」
「私もやってみたい気持ちはあるけど、そういうのは向いていないかもしれないな」
「そうだね。ルネは真っ直ぐな性格をしてるのでそういう仕事は向いていないかもしれない。でも、その代わりに類稀なる剣の技術と武のセンスを持っていて滅法強い。尚且つ誰もが見惚れてしまうほどの美しさを兼ね備えてるのだから今のままでいいんじゃないか」
「誰もがじゃなくて、たった一人でいいから私が一番必要としてる人にずっと見惚れて欲しいんですけどね」
俺の顔をジッと見ながら言わなくても……
『やれやれ、主様って結構鈍感ですよね』
『私が煮えきらないエリオ様の尻を叩いてあげようかしら』
どういう訳か従魔にも呆れられて何となく俺の旗色が悪そうだ。この気まずい空気を打破する為に早くラモンさん来ないかな。そんな風に考えていたら俺の願いが通じたのか、執務室のドアを開けてラモンさんが部屋の中に入ってきた。
「お待たせしましたエリオ殿。私をお呼びと聞きましたので馳せ参じました」
「ああ、確かにラモンさんを呼んだよ。話したい事があってね」
「ほう、どんな内容ですかな。ルネも一緒で構わないのですか?」
「うん、構わない。さて、ラモンさんを呼んで聞きたい内容だが、単刀直入に聞くけど、このマルドの街には今現在どこの勢力の諜報員や工作員が入り込んでる?」
「なるほど、エリオ殿が今の段階で関心があるのはやはりそれでしたか。そうですな、我ら情報部が現段階で把握してる状況を話しましょう。まず、こちらで確認出来たもので活発に活動してるのがこのクライス地方の南にあるカテリア地方から来ている者達、そして西にあるエシュラン地方からの者達が多く、この街に入り込んでる連中の大半を占めていますな」
やっぱりそうか。何となく想像はついていたけどね。
「エリオ様、ラモン殿。何でその二つの地方から入り込んでる連中の数が突出してるのですか?」
「ルネ、それには理由があるんだよ。ラモンさん、確かその二つの地方に共通しているのがあれだよな?」
「そうです。エリオ殿も知っての通り、その二つの地方を治めてる者がそれぞれザイード家との縁がある者です」
クライス地方にいたザイード家の一族や縁がある者達は尽く自害という名目で処理されたのは公然の秘密だ。表向きにはゴドール地方を侵略してこの地域全体に混乱を巻き起こした責任を取り、一族郎党縁のある者を含めて女子供を除く男はザイード家の内輪揉めの結果、混乱を招いた責任を取って自害した事になっているのだがな。
ただ、クライス地方のザイード家は滅んだが、南にあるカテリア地方と西のエシュラン地方にはザイード家の縁者が今も残っている。カテリア地方のダリル家には四代前の当主に子供が出来なかったので、ザイード家の男子が養子として迎えられているのだ。つまり、今のダリル家の当主はその養子に入ったザイード家の男子の血筋という事になる。そんな状況もあって現当主はたぶん怒りの矛先を俺達に向けているだろう。
一方、エシュラン地方のハリガン家にもザイード家の血筋が影響している。こちらは五代前の当主に妻として迎え入れられたのがザイード家の娘だったのだ。五代前の人物とザイード家から輿入れしてきた妻はとうの昔に亡くなっているが、今の当主はその血を受け継いでいる。
ダリル家もハリガン家もザイード家に縁がある家なので、本家のザイード家を滅ぼした俺達を表向きはともかく憎んでいるのは想像に難くない。元々ザイード家が侵略して攻め込んできたのを返り討ちにしたのだから、俺にしてみればその怒りは理不尽な逆恨みなのだがそう簡単ではない。非はザイード家にあるものの、心中では俺達に敵意を抱いているであろう。お互いには自分の信じるそれぞれの正義があるのだから、遠からずダリル家とハリガン家とは激突するのが避けられないだろうな。
「とりあえず今はそいつらの動向を追っていてくれ。それと出来るだけそいつらを逆に利用してやろう。勢力拡大を目指す俺達はダリル家とハリガン家ともそのうちぶつかる事になるだろうからな」
「こちらの見立てでは今すぐではないでしょうが、その両家とぶつかるのはどうしても避けられないと思われます」
「これも乱世の定めだ。俺達は黙々と準備をして備えるだけだ」
俺がそう締めくくると、ラモンさんもルネも表情を引き締めて俺に同意するように頷いたのだった。
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