第142話 ウルバンの街へ

「この分かれ道は左ではなく真っ直ぐです」


 ここら一帯の地理に詳しい地元の者を案内役にしてクライス地方を我が軍は進軍していく。周りの景色はゴドール地方と比べると草原が多めだが、山もあるし森もあるしで変化に富んでいると言えるだろう。


 お互いに干渉してなかった時には隣り合った地域の貿易相手の一つでしかなかったゴドール地方とクライス地方だったが、今では敵同士となって戦っているという有様だ。そもそも俺が統治する前までのゴドール地方は貧乏で何の価値もなく、誰も好き好んで統治してみようなどと思わない場所だった。


 そんな状況でその土地に見合った運営をしていればまだしも、私腹を肥やして悪政を敷いていた前領主がその身分を剥奪されて住民達に追い出されたのも自業自得でしかない。その後、たまたま俺という人間に白羽の矢が立ち、サゴイの差配人のロイズさんという後ろ盾を得てゴドールの住民達は俺を迎え入れる結果になった。


 後は皆が知っての通り、俺と愛すべき相棒のコルとマナが運良く金山という宝の山を発見したのを境にゴドールは誰もが驚くほどの目覚ましい発展を遂げる。そして豊富な量の金の産出で豊かになったゴドール地方を奪おうとザイード家が戦争を仕掛けて来たのだ。


 まあ、俺としては善だの悪だのと論じる気はない。俺だって自分の野心や目的の為にはこれから同じような事をするかもしれないからな。自分が勢力を伸ばして成り上がろうとするならば、現実の世の中は聞く者の耳に優しい綺麗事だけでは生きていけないという訳だ。


「エリオ殿、ウルバンの街に先触れに出した使者が戻ってまいりました」


 前方を見ると、確かに先触れに出した使者が馬を駆ってこちらへ全速力で向かってくる姿が見える。


「エリオ殿。使者が無事に戻って来たという事は、問答無用で殺されなかったという事ですな。私達が向かっているウルバンの街は我が軍を受け入れるつもりでしょう。勿論、こちらに寝返って配下になったブンツの存在が大きいですが」


「ああ、おそらくラモンさんの言う通りだろう」


 そんな話をしているうちに使者に向かわせた配下が俺の近くまでやって来て馬を降りてその場に跪いた。


「エリオ様。只今戻りました」


「ご苦労。それで早速だがウルバンの街の返答は?」


「はい、多少の警戒はありましたがウルバンの街は我が軍を受け入れると返答してきました。ただ、街へ入る際に留守を守っていた人達に納得してもらうように、ウルバンを治めていたブンツ殿自身の声で説明してもらいたいと言っております」


 そうだな、ブンツに説明させれば手っ取り早く街で留守を預かっていた者も納得するだろう。これからウルバンの街の住民達も我らの同胞になるのだからしっかりと懐柔しておきたい。


「ウルバンの街が見えてきました」


 あそこがウルバンの街か。城壁に囲まれているが街の規模としては普通だな。城門が開いているので先触れに遣わした使者の言う通り我々を受け入れてくれる意思が伝わってくる。


「ブンツをここへ呼んでくれ」


「畏まりました」


 配下の兵にブンツを呼びに行かせるとすぐに俺の元にやってきた。


「お呼びですかエリオ殿」


「あそこがウルバンの街で間違いないな」


「はい、その通りです」


「これからあの街を俺達の支配下に置く。そこで街を治めていたブンツにはおまえ達が俺達に敗北した事と、ブンツが俺の配下になった事を住民達に知らしめてくれ。住民達もおまえ本人からその事実を伝えられたなら、俺がいきなり伝えるよりも遥かに受け入れやすいだろう」


「わかりました。お任せください」


 城門に近づいていくと、そこには武器も防具も身に着けていない無腰の者が大勢待ち受けていて俺達を跪いて出迎えていた。街の住民を代表して来てるのだろう。そのうちの一番前にいた者が俺とブンツを交互に見て話しかけてきた。


「私はブンツ様に命じられて街の留守を預かっていたアドニスと申します。貴方様がエリオット・ガウディ様でしょうか?」


「そうだ、俺がエリオット・ガウディだ。出迎えご苦労。まず先にブンツに説明させるので聞いてくれ」


「アドニスよ、我らの軍はエリオ殿の軍に完膚なきまでに敗北した。私はエリオ殿の配下の方に一騎討ちでも負けて生け捕られ、その主であるエリオ殿の情けによって命を助けてもらったのだ」


「なんと! ブンツ様ほどのお方でも一騎討ちで負けるとは……」


「完敗もいいところだ。私だけでなくガンロも副官のデポも戦いの中で生け捕りにされるという圧倒的な敗北だった。本来なら敗者として勝者に殺されるべきところを、寛大で器の大きいエリオ様は温情をもって自らの配下として召し抱えてくださるとおっしゃるので私もそれに快く応じる事にした。勿論、それは私自身の意思でありガンロ達も同様だ」


「なるほど、そうで御座いましたか」


「既に私はエリオ様の配下の末席だ。という訳で、ザイード家とは完全に袂を分かちこのウルバンの街もエリオ様の支配するところとなる。そう心得てくれ」


ブンツの言葉を聞いて、集まっていた人達は少しの間言葉を交わし、代表して話していたアドニスという人物に声をかけて全てを任せたようだ。


「はっ、ブンツ様がそうおっしゃるなら私や街の者に異存はありません。これよりエリオット・ガウディ様を主と仰ぎましょう」


「アドニスとやら、そういう訳でおまえも俺の配下となるからな。よろしく頼むぞ」


「畏まりました。微力ではありますが何卒よろしくお願い申し上げます。ウルバンの街の中へどうぞお入りください」


 俺達は続々とウルバンの街へ入っていく。とりあえず、無事にウルバンの街に入る事が出来て一安心だ。住民達に抵抗されて無駄な殺しはしたくなかったからな。


 この街に拠点を確保して守備兵を置いた後にすぐに次のアルマの街に向かう予定だが、その前にやっておく事がある。


「誰かデポを呼んできてくれ」


 ブンツとデポの二人はこのウルバンの街で暮らしていて、家族も住んでいると聞いている。


「エリオ様、お呼びでしょうか?」


「ああ、ブンツとデポの二人はこの街で暮らしているのだったな」


「その通りです」「間違いございません」


「悪いが二人の家族は人質として預からせてもらう。さすがに今までお互いに敵であり、こちらへ降ったばかりのおまえ達の忠誠がどれくらいあるのかわからんのでな。悪く思わないでくれ」


「こればかりは仕方ありません。私が逆の立場でも同じようにするでしょう。私には妻と子供が二人おりますのでこの三人を人質に差し出します」

「私はまだ子供はおりませんが、人質として妻を差し出しましょう」


「二人とも承諾してくれたようだな。なに、心配するな。人質として暮らしてもらうグラベンの街では丁重に扱ってやるつもりだ」


「「よろしくお願いします」」


 その後、ブンツとデポの妻や子供達は俺の兵士達に連れられてグラベンの街へと向かっていった。リタとミリアムによろしく頼むという内容の手紙を兵士に持たせたのであとはあの二人に任せておこう。

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