第124話 ザイード家の使者の理不尽な要求

 今の俺は領主館の執務室でラモンさんからの報告を受けている。


「エリオ殿、これがエルン地方のリグル代官から送られて来た報告書です」


「うん、早速読んでみるよ」


 エルン地方を代官として俺の代わりに治めているリグル内政官から送られてきた報告書の封を切ってその中身を読み始めた。報告書には内政の進捗具合や軍関係の訓練報告など多くの分野に関しての報告が事細かに書かれている。


 これまでに何点か問題も起きたようだが、それらを無事に解決したとも書いてあった。実は報告書は代官だけでなく客観的な視点から評価をする監察官からも受けており、その監察官からの代官統治評価も高かった。彼を代官に任命したのは間違ってなかったようだ。


「ラモンさん、リグル内政官は実直で真面目で信頼出来るとブラント内政官達から多くの推薦があったのでエルン地方の代官に任命したのだが、その評判に嘘偽りはなかったみたいでなかなか良くやっているようだよ」


「それは我々としても喜ばしいですな。エルン地方の潜在力は高いですから安心と安全が広く確保出来ればもっと発展する余地があります」


 エルン地方は統治さえしっかりと行えば相当なポテンシャルがある。豊かな大地が広がっていて多くの穀物生産が見込めるので、我々が食べる分と備蓄分を除いた余剰分は他の地域へ販売すれば相場次第だがかなりの収入になるはずだ。


「そこらへんは内政官達に長期的な計画を立てさせて安定した収入を継続出来るような政策を進めていこう」


「わかりました。後でそのように申し伝えておきます」


 とりあえず、ラモンさんからの報告とエルンのリグル内政官からの報告書も読み終えた。えーと、次の予定はラモンさん及び農産物担当の内政官と一緒に『料理に新しい風を吹かそう会』主催の創作料理の試食会だったっけ。今日はこれが楽しみで朝から待ち遠しかったんだ。


「それじゃラモンさん、そろそろ時間なので試食会の会場に行こう」


「そうですな。実はこの日を楽しみにしていたのです。どんな料理が出てくるのか期待は膨らむばかりです」


 試食会に向かおうとラモンさんと連れ立って執務室を出ようとしたら、配下の者が部屋の中に入ってきた。なにやら俺に告げる事があるようだ。


「エリオ様、クライス地方を統治しているザイード家からの護衛を連れた使者と名乗る者がエリオ様への謁見を求めています。どうなさいますか?」


 クライス地方を統治しているザイード家からの使者だと。今まではお互いに我関せずの態度で民間レベルの商取引以外はほとんど関係を持っていなかったが、ここに来て向こうから使者を派遣してくるとはどういう風の吹き回しだろうか?


 友好的な誼を結びたいのか、それとも……我々と敵対するつもりなのか。とにかく会って話を聞いてみない事には始まらないか。


「わかった。その使者と会おう。但しこちらの方にも準備が必要なので使者との会談は一時間後に謁見広間で行う。それまでは使者を丁寧におもてなしして、その間に会談の準備を整えてくれ」


「ザイード家からの使者ですか……今頃来るなんて目的がわかりませんな」


「会談の場にはラモンさんも同席してくれないか?」


「ええ、わかりました」


 その後、俺とラモンさんは使者を受け入れる為に着替えて簡単な打ち合わせをした。そして準備が整ったので謁見広間へと向かいザイード家からの使者を待ち受ける。暫くすると俺の指示を受けた配下の者に案内された使者が謁見広間に入ってきた。


「お初にお目にかかります。私はザイード家から使者として遣わされたサマル・アサンと申します。我が主、ハラム・ザイード様からの言付けを仰せつかってまいりました」


「使者殿、遠路はるばるゴドールへようこそ。俺はこのゴドール地方と北のエルン地方を治めているエリオット・ガウディだ」


「あなたがエリオット殿ですか。貴殿のお噂はクライス地方にも伝わっております」


「ハハ、どんな噂なのか知らないがクライス地方でも俺の名前が知れ渡っているとは光栄だ。立ち話も何なのでとりあえず席に着こう」


「それでは失礼して席に着かさせてもらいます」


 お互いにテーブルを挟んで向かい合うように席に着く。ラモンさんが斜め脇に控えるように座る。サマル・アサンと名乗った使者はゆったりとした服を着ていて文官タイプのようだ。もみあげから顎に繋がる髭を生やし、年の頃はラモンさんと同じくらいか。鷲鼻で目は鋭く油断が出来ない人物のように見える。


「それで早速だが使者殿がこのゴドールに来た目的を伺ってもいいかな?」


「そうですね。回りくどい世間話をするよりも単刀直入にエリオット殿に要件を伝えた方が話は早いですからな」


「それで要件とは何かな?」


「はい、それではエリオット殿にお聞きしますが、このゴドール地方はエリオット殿が来るまではテスカリ家が治めていたのはご存知ですかな?」


「ああ、知っている。悪政を敷いた挙げ句に住民達に追放されたのがテスカリ家だったはずだ。それが何か?」


「実はそのテスカリ家の御曹司を私どもザイード家で保護しております。残念ながらその当時の当主は病で亡くなってしまいましたが、御曹司であるアンデル・テスカリ様はお元気でいらっしゃいます」


「ほう、それで?」


「はい、そこでこのゴドール地方をテスカリ家の後継者であるアンデル・テスカリ様にお返し頂けませんか?」


「ゴドール地方をそのアンデル・テスカリとやらに返せと? 使者殿は本気で言ってるのか? 訂正するのなら今のうちだぞ」


「そうです、本気です。譲歩するつもりはありません。失礼ですがエリオット殿はどこからかこのゴドール地方に来て正式な継承も受けずに勝手にこの地を治めております。テスカリ家はキルト王から任命されてこのゴドールを治めてきた正統な家柄です。このゴドールはテスカリ家が治め、まだお若いアンデル様には我がザイード家が後見となって支えるのが正しい姿でしょう。ただ、私どももこの地を見事に発展させたエリオット殿の功績を称えてザイード家かテスカリ家の配下として召し抱えても良いと思っております。悪い話ではないと思いますがいかがでしょうか? 出来ればこの場でお決めになっていただくとありがたい」


 何を言うのかと思ったら追放されたテスカリ家のまだ若い御曹司をゴドールの領主に祭り上げて傀儡として操り、金鉱脈の発見で潤うこのゴドール地方をザイード家が我が物にしようとする魂胆か。


「ハハハ、なるほど。使者殿の話を聞いていると確かにそうなのではないかと思ってしまいそうだ」


「なっ、エリオ殿!」


「ご納得頂けたようで何よりです」


「ハハハ、使者殿。早とちりしてもらっては困りますね」


「早とちりですと? 失礼ながら往生際が悪いのではないですか?」


「さっき使者殿はテスカリ家はキルト王から任命されてこのゴドールを治めてきた正統な後継者だとおっしゃった。だが、その任命権者であるキルト王という肩書を持つ者は既にどこにもいない。そしてキルト王国自体も崩壊してその存在がなくなった今では使者殿が言う肩書は既に有名無実でただの自称でしかないぞ。しかも、住民達からも嫌われて統治者として失格の烙印を押され、身分を剥奪され追放されたというおまけ付き。キルト王国のお墨付きあってのものなのに、その裏付けたるキルト王国が滅んだ今では正統も何もないのではないのか?」


「貴様、何て事を言うのだ!」


「仮に百歩譲って正統な後継者がどうのこうのという論理を振りかざすのならば、かつてキルト王国が出来る以前に同じ場所の大半を治めていて、志半ばで裏切りによって倒れた英雄アルニオ・ガウディの正統な後継者であるこのエリオット・ガウディが生きているのだから、この自分が後継者として再びこの地を治めるのが筋になるのではないか? その当時まだ子供であったご先祖様は命の危険が迫って仕方なく身を隠す事になってしまったが、ガウディ家は住民達から嫌われて追放された訳でもなく土地を放棄した訳でもないぞ!」


「くっ………」


「我こそは英雄アルニオ・ガウディの血を受け継ぐエリオット・ガウディ。期せずして使者殿のおかげで俺の気持ちは固まったよ。この乱世の中で俺は俺自身と俺を慕ってくれる仲間や住民達の為に前へと進もう!」


「使者殿、エリオ殿は聡明で誰よりも強い方です。あなた達ザイード家の悪巧みが上手くいかなくて残念でしたな」


「クソっ、せっかく配下という身分を用意してやったのに何という態度だ。後悔しても知らないぞ!」


「要件が済んだのならお帰り願おうか使者殿。色々と御託を並べてくれたが本音はゴドールの金山と裕福な財政に目をつけて我らから奪おうとしたのであろうが残念だったな。おーい、誰かいるか! 使者殿は用が済んだのでお帰りになる。丁寧にお送りせよ!」


「どうなっても知らんぞ。覚えておれよ!」


 ザイード家からの使者は顔を真っ赤にしながら領主館を出ていった。さすがにあのような無謀な要求には応えられる訳がない。これでガウディ家とザイード家の関係は最悪になったが、いきなりあのような要求を振りかざすようでは元々友好的な付き合いは出来なかっただろう。

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