第122話 弟分達と合同訓練
「エリオ様、これが今日の予定となっています」
いつものように執務室で担当の配下から今日の予定が書かれた日程表を受け取る。内容を確認してみると今日は久しぶりに軍関係の視察が予定に入っているようだ。
「ふむふむ、第一軍と第三軍の合同訓練があるのか」
第一軍と第三軍といえば、カウンさんとゴウシさんの軍だな。最近はお互いの仕事の忙しさもあって定例会議以外はなかなか気軽に会えないが、久しぶりに二人同時に会えるのは嬉しいね。
場所はグラベンの街を出て少し離れたところにある軍の演習場か。たまには俺も一緒に訓練をしていい汗をかいてみたいな。ここのところなかなか体を思い切り動かす機会がないんだよね。配下の者に練習用の木製武器一式を何組か持って行かせよう。
今日もルネ達と従魔をお供にして領主館を出発だ。玄関先までリタとミリアムが見送りに来て手を振っている。
「行ってらっしゃいエリオ。ルネもエリオの護衛を頼むわね」
「エリオさん行ってらっしゃい。ルネさんも気をつけてね」
「はい、お二人とも私にお任せください」
いつの間にかリタとミリアムはルネと仲良くなってるんだよな。最初の頃は少し警戒してたみたいだけど、いつ頃からか急に仲が良くなった。どうしてなのかよくわからん。
「よし、出発!」
皆揃ったので演習場に向けて出発だ。
「エリオ様、今日は楽しみで仕方ありません」
「ルネ、何が楽しみなんだ?」
「だって今日は軍の訓練の視察ではないですか。大勢の人達が練習とはいえ戦う姿を観るのに心が踊ってわくわくしてきませんか?」
あー、ルネは根っからの戦闘大好きっ子だ。以前、何かの機会でルネの子供の頃の話を聞いた事があったが、物心ついた時には木の棒を剣の代わりにして振り回して遊んでいたらしいからな。
「いや、壮観だなと思うかもしれないが、心が踊ってわくわくまではどうかな」
「エリオ様、それではもったいないですよ。もっとわくわくしましょうよ!」
「あ……うん、そうだな」
ルネは目を見張るほど飛び切り美しいのにこういう残念なところがある。世間でよく言われているような残念美人ってやつだな。
そんなやり取りをしているうちに目的地の演習場に到着だ。既に演習場には第一軍と第三軍の精鋭達が勢揃いしていて俺の到着を待っていたようだ。ところで、時間通りに来たつもりだけど俺は遅刻してないよな?
「ようこそ兄者よ」
「へへ、会いたかったぜエリオの兄貴!」
「弟達よ、俺も会いたかったよ!」
久しぶりの再会に喜び、カウンさんとゴウシさんと固い握手をする。二人の手は相変わらず大きくてゴツいが、とても暖かくて温もりがある手だ。
「今日は兄者がわざわざ視察に来られると聞いていたので、我が軍の連中も楽しみにしておりますぞ」
「へへ、それはおいらの第三軍も同じだぜ。エリオの兄貴に日頃の訓練の成果を見せてやるんだって張り切ってるぜ」
「ハハ、あまり張り切りすぎて怪我人が出なけりゃいいけどさ。でも、気合が入ってるのは観る方としては大歓迎だよ」
俺が久しぶりに会ったカウンさんやゴウシさんと談笑していると、待機している軍の隊列の中から一人の男が飛び出して来て俺達に近づいてきた。あれかな…いつまでも談笑してないでさっさと始めろよという催促かもしれないな。
だが、近づいてきた男は俺のすぐそばまで歩いてくるといきなりその場で土下座を始めたではないか。えっ、この人どうしちゃったんだ?
「エリオ様、申し訳ありません!」
いや、いきなり土下座されて謝られても何が何だかわからないよ。
「急に土下座されて謝られても俺にはさっぱり事情がわからない。とりあえず、顔をあげてくれないかな」
俺が優しく声をかけると、その男はようやく地面から顔を上げてくれた。
「いつぞやはギルドでお会いした時に失礼な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」
ギルド……ああ、思い出した。確かこの人はゴドール軍に仕官する目的でギルドに来ていて、たまたまそこで出会った俺が紹介状を書いてあげた人だ。えーと、ガイナルという名前の人だったよな。
「ああ、思い出しましたよ。あなたは俺が紹介状を書いてあげた人ですよね。ここに居るという事は無事にゴドール軍に仕官出来たようですね。おめでとう」
「兄者よ、このガイナルは今はそれがしの軍で中隊を任せております。たまたまこの男の面接をそれがしが担当したら、ガイナルは兄者の紹介状を持っていたのですぐに採用が決まりました」
「カウンさんのところに採用されたのか。ガイナルよ、カウンさんは立派な人だからその下で励んでくれよ。期待してるぞ」
「あの時はエリオ様とは知らなかったとはいえ大変失礼をいたしました、ありがたいお言葉を頂きその言葉を肝に銘じて頑張るつもりです」
まさか、あの時の人だったとはね。俺もいきなり土下座をされた時は驚いたけど、理由がわかって良かったよ。
そんな騒動も一段落して、合同訓練の開始の時間がやってきた。
まずは第一軍と第三軍が協力して敵に対応するという設定で、陣形を組んだり動きの確認をしたりと流れるように軍が動く様は美しいと思えるほどだ。カウンさんもゴウシさんも用兵の仕方が上手い。それらの訓練を小休止を入れながら何回も続けて今回の訓練は終了を迎えた。皆、やり遂げて充実をした顔をしているな。
「それじゃ最後に俺とカウンさん達で模範試合をして終わりにしようか。練習用の木製武器を持ってきてるから好きな物を選んでよ」
「おお、久しぶりに兄者と手合わせが出来ますな」
「練習とはいえ、エリオの兄貴と戦えるなんて機会は滅多にねえからな」
「私もエリオ様と戦ってみたいです!」
カウンさんとゴウシさんだけでなく、ルネも俺と試合をしたいのか。それならルネとは長柄武器じゃなくてルネが普段使用している剣でやってみるか。
「ああ、いいよ」
「うぉー、エリオ様とカウン将軍達が模範試合をするって本当かよ!」
「こいつは見逃せないぜ!」
俺達が模範試合をすると聞いて兵士達も大喜びだ。
「じゃあ、最初はカウンさんとやろう」
「胸を借りますぞ兄者」
お互いに木製の長い棒を持って相対する。先に仕掛けてきたのはカウンさんだ。力の乗った一撃が横殴りに俺の胴を狙ってくるが、俺はその攻撃を微動だにせずに受け止める。その後はお互いに攻撃を仕掛けたり受け止めたりして暫く打ち合った。
ほら、一応模範試合なんで兵達に攻めと守りを見てもらわないといけないからね。そして最後に俺がカウンさんの胴に軽く打ち込んで最初の試合は終了だ。
「兄者、参りました」
「凄え! 達人同士の戦いは攻撃も守りも一つ一つの動作に美しさを感じるぜ」
「俺もあんな風に武器を扱えるようになりたいな」
「ああ、俺もエリオ様にあの長い棒で突かれたい」
おい、最後の人の言葉は誤解されるからやめなさい!
次にゴウシさんとも打ち合って、最後はカウンさんと同じように俺が軽く打ち据えて弟分との模擬試合は終了だ。
「クソっ、やっぱりエリオの兄貴は強え。おいら勝てる気がしないぜ」
「ハハ、ゴウシさんも相変わらず強いよ」
そして最後の相手はルネだ。
「長柄武器だと俺の方が断然有利だからルネとは剣で戦うよ」
「ありがとうございますエリオ様」
お互いに木剣を構えて試合開始だ!
「行くぞ!」
小手調べとばかりに軽く打ち合ってみるが、ルネは軽々と俺の攻撃を捌いていく。さすがだな、戦乙女と呼ばれるだけのことはある。
「今度は私から行かせてもらいます!」
攻守が代わって今度はルネが打ち込んでくるが、その多彩な剣捌きに俺はその攻撃を受けるだけで精一杯だ。改めて実感するけどルネの剣技は素晴らしい。俺だって剣術と武の達人の効果で高レベルの実力を持っているのに、それすらも凌駕するほどの強さだ。
「さすがだな、ルネ!」
「エリオ様こそサブの武器でメイン武器の私と同等の強さとは! エリオ様はやっぱり凄いです!」
ルネはそう言って俺を持ち上げてくれるけど、武の達人効果で相手の攻撃の先読みが出来るおかげでルネと同等に渡り合っているが、剣術の実力はおそらくルネの方が上かもしれないぞ。敵なら脅威だがルネが味方で良かった。
「凄い! エリオ様に対して一歩も引かずに打ち合ってるぞ」
「戦乙女の名は飾りじゃないな!」
「しかも、強さだけでなく絶世の美女ときたもんだ」
「俺はゴドール軍に入って良かったよ」
「ああ、給金も待遇も良いしエリオ様を筆頭に将軍達も皆カリスマがある」
まるで舞を舞うがごとく俺とルネはずっと打ち合っている。どちらかに決着をつけるのがもったいないので引き分けが妥当だろう。
「ルネ、そこまでだ! 俺とルネの模範試合は引き分けとする!」
「エリオ様、私と試合をしてくれてありがとうございました」
俺とルネの試合を観ていた兵士達も大歓声を上げて俺達を称えてくれた。模範試合としての役目は十分に果たせたようだな。今日は久しぶりに良い汗をかいて俺も大満足の視察だった。
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