第121話 養成所設立と働き手の育成

 子供が生まれたからといって俺の仕事が減る訳でもなく今日も視察に行く予定だ。


 ただ。空いた時間には出来るだけ子供の相手をしてあげるようには心がけている。リタやミリアムにも休む時間を与えてあげたいからね。その甲斐あって俺は二人の赤ん坊に泣き喚かれる事もなく、一応は父親として認めてもらえてるようだ。リタとミリアムには同じ女性の付き人をつけているが、子育ての中心は自分達家族でやろうと話し合ったからね。


 だってほら、自分の子供なのに近づいただけで「誰?この知らないおじさん。近づいてこないでー」とか思われて泣かれたら、暫くは立ち直れないほどの大きなダメージを食らうじゃないですか。


「エリオ、コル、マナ。行ってらっしゃい」

「エリオさん、コルちゃんマナちゃん。気をつけて行ってきてね」


「ああ、行ってくるよ。二人ともレオとエマの世話をよろしくな」


『コル、マナ。今日も頼むぞ』


『『はい!』』


 一階に降りると領主館のエントランスホールでルネが俺を待ち構えていた。最近の俺の身なりはルネや従魔達の護衛があるので、服装は軽装で武器は短剣を腰につけて持っているだけの場合が多い。勿論、剣や鎧の装備もバッグに携帯してるけどね。


「エリオ様、よろしくお願いします」


「うん、今日もよろしくなルネ」


 玄関を出ると、今日の案内役の内政官が俺を待っていてくれて、脇には俺達の乗る馬が既に準備を整えて整列をしていた。俺の乗る馬には当然のごとく黒い鞍が取り付けられていて、鞍の脇部分にはアクセントとしてガウディ家の紋章が金色で描かれている。


 いつものように俺の愛馬のソラシの両脇に従魔達を配置して、領主館から目的地に向かって出発だ。内政官や隊士達と一緒に街中はゆっくり進んでいく。


「到着しましたエリオ様。ここがそうです」


 案内役の内政官が顔を向けてる先には大きな建物が建っていた。この建物が今日の視察先の鍛冶職人初等養成所だ。


 鍛冶職人というと、イメージするのは親方に弟子入りして修行を積んで技術を磨いていくというのが一般的だが、親方も先輩も仕事をしながら素人の新人を一から教えるのはどうしても負担が大きい。しかも、好景気で仕事が増えていて親方や先輩も新入りを指導する時間が取れにくくなっている。


 そこで俺は考えた。初歩的な知識と技術はこの養成所で教えて、鍛冶屋に就職する段階では親方や先輩が一から教えなくても済むようになるというのがこの施設を作った理由だ。新人達もいきなり右も左もわからないような職人の世界に飛び込むよりは、ある程度の基礎が身に付いた方がこの養成所がないよりかはすぐに仕事に馴染みやすいだろう。


 新人を受け入れる側の鍛冶屋も初歩技術を教える手間が省けて助かるとこの養成所に賛成してくれたので、応募する者にも安心感を与えてくれたのか、養成所の募集定員がすぐに埋まってしまった。


「エリオ様、養成所の中へどうぞ」


「よし、皆で入ろう」


 待ち受けていた養成所の所員に案内されて建物の中に入ると、鍛冶を扱うだけあって炎を吹き上げる炉が何個もあるので熱気がある。


『コル、マナ。暑かったら外に出ていてもいいぞ』


『これくらい平気です。それよりも人がいっぱいいて何だか楽しそうですね』

『エリオ様、私も平気です。でも、後でブラッシングしてくださいね』


『おまえ達は暑さにも強いのか。それとブラッシングも任せておけ』


 こうしてる間にも金床に置かれた熱い鉄をハンマーで叩く小気味の良い音が聞こえてくる。


「トンテンカン!トンテンカン!」


 音のする方向を確認すると、基本動作の鉄を叩いて鍛えるという作業をしている真っ最中のようで、今は先生がお手本を示していて生徒がそれを周りで見ている状況だ。先生に教えてもらう生徒達は真剣な目をしているな。


「エリオ様、生徒達は皆真剣ですね」


「ルネもそう感じたか。生徒達もこの養成所で学んで提携している鍛冶屋に就職出来れば食いっぱぐれがないからな。今はどこも職人が足りなくて人手不足で困っている状況だ。右も左もわからない素人が一から弟子入りするのに比べて、ここでは先生が分け隔てなく平等に基礎を教えてくれる。生徒達が真剣になるのも当然だろう」


「でも、エリオ様はよくこんなのを思いつきましたね」


「思いついたというか、職人系の仕事の世界には何でこういうものが無いのだろうという普通の疑問からだね。そりゃ流派とか独自のやり方があるにせよ、基本や基礎的なものは共通なはずだ。まだ色がつかない基礎や基本を学ぶ場を与えれば、職人の道に進みたいと思っていても、何となく二の足を踏んでいた人達がこの道に入りやすくなるのではと思ったんだ。素質があっても職人の世界は一般の人達が簡単には入りにくい世界だからね」


「応募者が予想よりも多かったというのも嬉しい悲鳴でしたね」


「そうだね。これが成功すれば他の分野の仕事の職人希望者の育成も養成所を作って順次手掛けていく予定だ。人材の育成がその土地の活力や原動力になるはずだと俺は思っているのさ。世の中には優良な技術を持つ者が必要だ。自分達が普段なにげなく使っている物だってそういう人達の努力や技術で作られた物だからな」


 一通り施設の中を見学をして、養成所の職員や先生、それに生徒達とも互いに有意義な意見交換をした。先生は現役の鍛冶職人を引退した人や、一時的に鍛冶屋から派遣してもらっている人達だ。


「エリオ様、わしらのような現役を引退した者に高い給金を払ってくれてありがとうございます」


「ああ、その代わりと言っては何だが、みっちりと生徒達に基礎や基本を叩き込んでくれよ。歳を取ってもあなた達の技術は後進の人材を育成するのに必要な大きな財産だからね。頼りにしてるよ」


「へい、もちろんでさ!」


 現役を引退したとはいえ、老け込むにはまだ早いのでこういう場所で貢献してもらえると本当にありがたい。


 そんな風に活き活きとして生徒達を教える先生や、笑顔の職員達に別れを告げて次の視察先に向かう俺だった。

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