第119話 俺の子供が生まれた

「奥方様が! エリオ様の奥方様が大変なのです!」


「何だと!」


 グラベンに新しく出来た新街への視察中に急遽もたらされた火急の知らせ。俺だけでなく、その場にいた誰もがその言葉に凍りついた。


「もっと詳しく説明してくれ。俺の妻の身に何が起こったんだ?」


「ハッ、それが奥方様は予定の日を待たずして急に産気づいて倒れてしまったのです。常駐していた医師が急遽出産の体制を整えておりますので大丈夫かとは思いますが、エリオ様に真っ先に知らせるようにともう一人の奥方様から直接指示を受けたので飛んでまいった次第です」


「それで産気づいて倒れたのはリタとミリアムのどちらだ?」


「はい、産気づいたのはリタ様。私に指示を出したのはミリアム様です」


 そうか、リタが予定日を待たずに産気づいてしまったのか。俺も医師からおおよその出産予定日を聞いていたから、リタ達の出産はまだ先だと油断していた部分もあった。だが、こればかりは予定通りとはいかないのも仕方がないところだ。とりあえず、同じグラベンの街にいて良かった。


「わかった。この先の視察は中止とする。これより俺は領主館に帰還するからな。誰か次の視察先に中止になった事情を説明しに行かせてくれ」


「私がその役を仰せつかりましょう」


 一人の隊士が手を上げてその役を引き受けてくれたのでそちら関係は大丈夫だろう。後は一刻も早く領主館に戻って、俺にとっても妻のリタにとっても初めての子供が生まれるのを近くで見守りたい。


「エリオ様。私が先頭を走って先導します」


「ルネか、頼む」


 馬に騎乗した俺達一行はルネを先頭に領主館に向けて走っていく。気が急いてはいるが街中を馬ですっ飛ばす訳にも行かない。


「エリオ様が領主館に帰還する! どうか道を空けて欲しい!」


 ルネが先頭で露払いしてくれるので、危険な状況にはならずに帰れそうだ。

 新街の区画から旧街の区画に入ると領主館はもうすぐだ。前方に見慣れた領主館の建物が見えてくると、門前にいた隊士が俺達に気づいて敬礼で出迎えてくれた。


「お帰りなさいませエリオ様!」


「出迎えご苦労さん」


 俺は騎乗したまま玄関先に行き、馬を降りると待ち構えていた隊士に手綱を渡し急ぎ足で建物の中に入っていた。俺の後には従魔やルネが続いていく。


「エリオ様、こちらです。部屋の中には入れませんが、少しだけならドアの外から奥方様の様子を確認出来ます。その後は医師と手伝いの者しか部屋の中には入れませんのでエリオ様は自室でお待ち下さい」


 使用人に導かれて向かった先は出産用に空けていた部屋で、俺はその部屋のドアから中を覗き込んだ。すると、部屋の中のベッドに寝かされたリタの姿が確認出来た。リタは苦しそうな顔をして歯を食いしばっている。


「頑張れリタ! 俺はここにいるぞ!」


 俺の声が聞こえたのか、リタがこちらへ顔を向けた。苦しそうだった顔が俺の姿を見て笑顔に変わっていく。


「任せてエリオ! あたしは負けないよ!」


 良かった。俺に苦しさを見せまいとするやせ我慢だろうが、リタの笑顔が見れて俺も安心した。後はリタと医師に委ねるだけだ。頑張ってくれよ。


『主様、リタさんに子供が生まれるのですか?』


『ああ、そうだ。俺とリタの子供がこれから生まれようとしてくるところだ』


『エリオ様、リタさんはお強いですからきっと大丈夫ですよ』


『そうだな。こういう時は男の俺は役に立たない。女のリタの方が強いだろうな』


 従魔とそんな話をしていると後ろから声をかけられた。


「エリオさん、お帰りなさい。リタさんが急に産気づいてしまったので私が隊士の方にお願いしてエリオさんを呼びに行ってもらったんです」


 振り返ると声の主は付き人に付き添われたミリアムだった。


「ミリアム、気遣ってくれてありがとう。ところで、おまえの方は大丈夫か? ミリアムだっていつ子供が生まれてもおかしくないのだから無理はするなよ。リタが頑張ってる間は俺と一緒に部屋で待っていような」


「はい、エリオさん」


 ルネには隊士控室に戻るように指示を出して、俺はミリアムと従魔を連れて自室に向かった。後はリタの頑張りと医師に任せるだけだ。


「リタ、頑張れよ」


 待っている間の俺に出来るのは祈るのと応援するしかない。ジリジリと時間が過ぎていくのを立ったり座ったりしながらやるせなく過ごしていたが、とうとうその時がやってきた。


 俺の部屋のドアがノックされたので「入れ」と言うと、使用人がドアを開けて俺にこう告げてきた。


「エリオ様、生まれました。男の子です! 母子共にお元気でいらっしゃいます!」


「おお、生まれたのか! よし、赤ん坊を見に行こう!」


 ミリアムと従魔を伴い出産用の部屋に行くと、人生の大仕事を終えたリタがベッドに横になり、その隣には生まれたての赤ん坊が布に包まれて寝かされていた。俺が部屋に入ってきたのに気がついたリタが満面の笑顔で出迎えてくれる。


「よく頑張ったな。さすがリタだ」


「ふふ、任せてって言ったでしょ」


「そうだな。リタは強いな」


 すぐ横にいる生まれたての赤ん坊はとても小さい。でも、この子は紛れもなく俺の子供だ。この子が大きくなる頃には皆が安心して暮らせるようにしないとな。そう心に誓う俺だった。



 そして、三週間後。


「ミリアム頑張れ! 俺はここにいるぞ!」


 今度はミリアムの番だ。

 通常の予定日近くに産気づいたミリアムが出産の体勢に入った。

 つい先日、リタの出産を経験したばかりだがこういうのは本当に慣れないな。


 もうね、心配で仕方ないんだよね。


「エリオがそんなんじゃミリアムだって不安になっちゃうだろ。男ならドンと構えてないと駄目だよ」


 俺の横には赤ん坊を抱いたリタが座ってるけど、リタの方が落ち着いてるよな。


『主様、落ち着いて』

『エリオ様は男なのだから狼狽えずにどっしりと構えてください。しっかりしないと駄目ですよ』


 なにげにマナの言葉が心に突き刺さってくるけど気にしないぞ。


 そして、今日もその時が来た。ドアがノックされて使用人が部屋に入ってきた。


「エリオ様、生まれました! 元気な女の子です! ミリアム様もご無事です」


「おお、生まれたか!」


 この前生まれた赤ん坊を抱くリタと従魔を連れて出産部屋に行くと、ベッドに横たわるミリアムと布に包まれた赤ん坊の姿が目に入ってきた。


「ミリアム良く頑張ったな! ありがとう!」


「ふふ、私もとうとう母親になってしまいました。エリオさんと私の子供です」


 本当に良かった。リタに続いてミリアムも無事に俺の子供を生んでくれた。この短期間に二人の子供の父親になるという素晴らしい経験をさせてもらった俺は、家族がまた増えた喜びを誰よりも感じているのだった。

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