第118話 火急の知らせ

 最近の俺は視察続きだ。


 ゴドール地方は目覚ましい発展を遂げており、あちこちに新しい施設や住居が建てられている。食糧関係も色々な試みが始まっていて、遠くの国や地域から仕入れた新しい食べ物の生産なども開始していた。


 俺は街の郊外にある農園に足を運んで視察を行っていた。


「これがゴドールで最近新たに栽培され始めたという作物か」


 俺は紫色をした塊を手に取ってつぶさに眺めてみる。土の中に大きな塊というか、根っこが肥大化したような塊を何個もつけていて一つの個体の重さも結構ある。


「エリオ様。この植物はゴドールのように火山の影響を強く受けた痩せた土地でも問題なく栽培出来る心強い作物です」


 それは凄い。お世辞にもゴドールは肥沃な土地とは言えず、今までは穀物の生産も限界があって頭を悩ませてきたのだ。エルン地方という穀物の生産に適した肥沃な土地がゴドール地方と統合される事によって、ようやく食糧問題も解決出来て見通しが明るくなったが、やはりゴドールでも自前の食糧確保の手段を持っておくのは大切な事である。


「これはどういう風に料理して食べるんだ?」


「エリオ様、焼いたものがここにあります。お供の方達もお食べになってください。皮を剥いて中身を食べてください」


 今日の視察にはお供としてルネとその配下の隊士達。それに内政官が数人同行している。我が従魔のコルとマナも一緒だ。


 担当の者から焼かれた紫色の塊を受け取る。焼いて暫く経っているようだが結構熱いな。言われた通りに皮を剥いてみると、黄金色をした中身が姿を現してその身から湯気を立てていた。


 一緒に来た配下達も俺と同じように皮を剥き始め、コルとマナにも専用の皿が用意されて皮を剥かれた塊が皿の上に載せられていく。コルとマナは食べる前にしきりに匂いを嗅いでいるな。


 何にせよ、食べてみない事には始まらない。俺はその黄金色をした身に大きく口を開けながらがぶりと齧りついた。


 食感だが身は柔らかくてほくほくとしている。少し粘り気も感じられるかな。だが、それよりも驚いたのはこの味だ。甘い、まるでお菓子のような甘さなのだ。一緒に試食をしている配下達もその甘さに驚愕の表情を浮かべている。


「これはとても甘くて旨い。見た目は歪で変な形だが、食べ物としては申し分のない旨さだと思う。皆の感想はどうだ?」


「甘くて美味しいし何個でも食べられそう。でも、私には誘惑が多すぎる食べ物だ」


 ルネの感想は食べすぎて太りたくないという気持ちと、もっと食べたいという感情が入り混じった複雑な心境をよく表している。


「これは!」

「美味い!」

「この甘さは何だ!」

「うひょー!」


 配下達もこの作物の味に大絶賛だな。


『コルとマナよ。美味しいか?』


『主様、これ美味しいですよ。果物みたいに甘いです』

『これは魔性の食べ物ですね。甘くて美味しい』


 コルとマナにも好評のようだ。果物みたいな甘さもあるし、一個食べるだけでもお腹が結構膨らむ。他の作物が不作になった場合を想定して一定量は作らせておこう。


「内政官達はこの作物を毎年一定量以上作るように手配を頼む」


「わかりましたエリオ様。すぐに手配を致しておきます」


 ゴドールの食糧問題の課題が解決する方向に行きそうで嬉しいね。人が増えると消費される食糧も増えるから、食べられる作物の種類は多ければ多いほど良い。これからも新しい作物を見つけたり取り寄せられたらどんどん採用していこう。


「エリオ様。次は新しく出来た造成地の視察の予定が入っております」


 次は新しく出来た造成地の視察か。グラベンの街も人が増えてきたので旧街だけではその受け皿を賄いきれず、新しい街の区画を造成していたが、ようやくその造成地も完成したんだよな。


 今までの旧街区画に対して新街区画は道も広く、全体的に広くゆったりとした街並みにしたので他から移住してくる人達には評判が良い。まあ、家の値段や賃貸料もその分お高めなのだが、それでも入居者は増えているらしい。世の中、お金はあるところにはあるんだよね。


 街路樹の植えられた目抜き通りには、お洒落なお店や美味しいものを食べさせてくれるお店などが進出していて、マダム達からの人気を集めていた。俺はそっち方面には疎いのであまり詳しくは知らないが、色々と流行があるようでその発信地となっているようだ。


 今回の視察は護衛もいるので、俺の服装は軽装で武器は短剣を持っているだけだ。周りにはルネや隊士、従魔達がいるので安心していられる。馬車ではなく、身軽な馬に乗って移動してあっという間に新街区画に到着した。


「エリオ様、こちらが最近完成した区画の住宅街です」


 俺が案内されたのは裕福な人向けの家が立ち並ぶ高級住宅街のようだ。大きめの敷地内には綺麗な芝生の庭があって奥には立派な建物が建っていた。


「ところで、この住宅街の売れ行きはどうなんだ?」


「それがですねエリオ様。もう既に多くの予約が入っていて完売間近なのです。内政会議で高級路線を取り入れてみようとの提案が出てその政策が導入されましたが、まさかこれほど効果が出るとは思いませんでした」


 確かにそんな決定をしたした覚えがあるな。景気の良いゴドールではお金を儲けて成り上がる人が増えている。そういう人達はお金を使ってくれるので街の原動力でもあるからな。たぶん、そういう人達にとってこのような家に住むのは成功の証でもあるのだろう。


「内政官、次に行くのは新街に進出した商会だっけ?」


「そうですエリオ様。他の土地から移転して来た商会に、このゴドールに進出してきた理由と街の印象を聞きにいく予定になっております」


「わかった」


 そして、次の視察の予定地に向かう為に馬に乗り込もうと、馬具の鐙に足を乗せようとしたタイミングでどこからか大声が聞こえてきた。見ると領主館に詰めている隊士が馬を走らせてこちらへ向かってくる。


「エリオ様! こちらにいらっしゃいましたか! 大変です、大変です!」


 大変だという事は……もしかして何か起こったのかな?

 近づいてくる者に声をかける。


「何が大変なのだ? わかりやすく申せ」


「奥方様が! エリオ様の奥方様が大変なのです!」


「何だと!」


 視察中の俺に隊士から火急の知らせがもたらされたのだった。

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