第115話 凱旋

「エリオ殿、前方にグラベンの街が見えてきましたぞ」


 ラモンさんの言葉通り、行く手にグラベンの街の周りを囲む石壁が見えてきた。長かったエルン地方平定の遠征もようやく終わりを告げようとしている。


 この遠征の成果はエルン地方を獲得すると共に、ゴドール地方の北方面の直接的な脅威をなくしてこの周辺地域に大いなる安定をもたらした。地域が安定すれば人も集まるし、経済活動が盛んになってお金も集まってくるという好循環だ。


 勿論、人が集まる事によって治安も低下してしまう恐れがあるが、そこは普段から鍛え上げられた我が軍の精鋭達がそうならないようにしっかりと務めを果たす予定だ。また、それだけでなく会議でも話し合われたが、孤児や未亡人に片親の家庭、それになかなか上に浮き上がれない底辺や落ちこぼれなどには、本人にやる気があれば援助や自立支援をしてあげて出来るだけ悪い道に進まないようにするのも一つの方針として定められた。


『主様、懐かしい匂いがしてきました』

『エリオ様、見覚えがある石壁ですね』


『ああ、ようやくグラベンの街が見えてきた。おまえ達も早く自分の家というか棲み家に戻りたいだろ?』


『そうですね。でも、僕はどこに住んでいても主様がそばにいれば満足です』

『私も弟と同じでエリオ様がそばにいれば住む家や土地にはこだわりませんよ』


 くぅ……俺の従魔達は嬉しい事を言ってくれるねぇ。俺はそんな従魔達が可愛くて仕方ないよ。本当に何でこんなに良い子達なんだろう……俺には勿体ないくらいだ。でも、誰にも渡すつもりはないからね。


『そうだ、家には身重のリタとミリアムがいるからおまえ達は二人をしっかり守ってくれよな』


『主様、わかってますよ』

『エリオ様のお子様が生まれるのが楽しみですね』


 俺が平定後のエルン地方の体制固めに一生懸命取り組んでいた理由の一つに、早く一区切りをつけて妊娠中のリタとミリアムの出産に間に合いたかったという気持ちがあった。なんてったって俺にとって初めての子供が生まれてくるのだからな。


 久しぶりに帰ってきたグラベンの街の入口の門を潜ると、目の前には大勢の街の住民達が道の両側をびっしりと埋め尽くしてエルン地方から帰還した俺達を出迎えてくれていた。おそらく街中の人達の大半が集まっているのではないだろうか。


「「「エリオ様、皆様、お帰りなさい!」」」


「我らの英雄達のお帰りだ!」

「エルン地方平定おめでとうございます」

「ゴドールに栄光あれ!」

「先頭にいるお方がゴドールの希望のエリオ様だ!」

「コルちゃん、マナちゃん。こっちを向いて!」

「エリオ様! 私を抱いてー!」

「エリオ様に俺がずっと守ってきた純潔を捧げるぜ! どうか受け取ってくれ!」


 凄い熱気だ。住民達が口々にグラベンへと帰還した俺達に声を張り上げて言葉をかけてくる。そのどれもが俺達を称えてくれていて胸が熱くなってくる。一部、変な声も混じっているようだが、その声にどう反応していいのか俺にはわかりません。誰かわかる人はいますか?


「もの凄い歓声だ。私が心からお慕いしているエリオ様の人気はこれほどのものなのか!」


 俺のすぐ後ろにいるルネの興奮した大きな声の独り言が聞こえてくるけど、その慕うという言葉は尊敬という意味だよね?


「エリオ殿、住民達の歓迎が凄いですな。私もまさかこれほどのものとは思っておりませんでしたので、いささか驚いております」


 ハハ、さすがにラモンさんでもここまでの歓迎は予想外だったのか。俺自身もこんなに熱狂的な歓迎を受けるとは思っていなかったから、正直なところラモンさんよりも驚いてるけどね。ただ、顔や態度に出すとあれなので、にこやかに微笑みを浮かべながら手を振って誤魔化しているのだよ。


「到着の前触れはしておいたからある程度の歓迎は受けると思っていたけど、街の住民達総出の歓迎を受けるとまでは思ってもみなかったよ」


「これも全ては我らに向けられる多大な希望と称賛ですからな。誇らしい気持ちと共に大きな責任を感じますな」


「その通りだ。今は上手くいってるけど怠けていたら住民達に手の平返しをされてしまうだろう。肩にかかる責任の重みを感じるよ」


「そういうところがわかっているエリオ殿だからこそ、我々はエリオ殿を補佐して助けてあげたいと思うのです」


「ああ、これからもよろしく頼むよ」


 グラベンの街の中央広場に到着した俺達ゴドール軍。ここでエルン地方平定の報告と遠征軍の解散式を執り行う。


 用意された壇上に昇って周りを見渡してみると、ゴドール軍の他にも数え切れない程の住民達が広場へと詰めかけていて、足の踏み場もないくらに広場中が人で埋め尽くされていた。生まれてこの方、こんな大勢の前で話すのは初めての経験だな。だけど、俺は緊張もせずにいつも通りに平常心で皆に向かって話し始めた。



「中央広場に集まったゴドールの人々よ。我々はエルン地方で猛威を広げていた青巾賊に対して義によって立ち上がり、見事にこれを討伐して彼の地方の平定を成し遂げてきた。青巾賊はその掲げる高尚なお題目とは裏腹に、民衆を苦しめて土地を荒廃させる賊徒でしかなかった。だが、我々鍛え上げられたゴドールの精鋭達の大いなる働きによってエルン地方の民衆は賊徒の支配から救われたのだ。この成功も我がゴドールの民が我々を支援してくれたからこそである! この中央広場に集まったゴドールの人々よ。これからも我々には多くの困難が待ち受けるかもしれないが、どうかこのエリオット・ガウディを信じてついてきて欲しい。俺は俺を信じてくれる皆を幸せにしたいと思っている。そして皆の支えが我々の前へと進む原動力になるのだ!」


「「「応ッ!!!」」」


 そして民衆に向かって俺は大声で叫ぶ。


「我らに栄光あれ!」


「「「我らに栄光あれ!」」」


 俺の呼びかけに応えるように民衆の熱狂的なうねりが中央広場全体に広がっていく。俺は拳を振り上げ中央広場に集まった人々と共に何度も大声で叫んだ。


「我らに栄光あれ!」と。

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