第97話 これは大発見だ!
夜が明ける少し前。
空が薄っすらと明るくなり始めた時間に俺は従魔の二匹を連れてグラベンの街を飛び出し街道に足を踏み出していた。朝の空気は澄みきっており、肌に触れる風は少しひんやりとしていて俺の頬を撫でていく。
昨日従魔達と約束した通りに、俺はゴドール領の視察目的と気晴らしを兼ねて従魔と一緒に外に飛び出してきたのだ。街を出る時には門番の衛兵にも「ちょっと出かけてくる」と挨拶をしておいた。
一応これでも俺は領主なので、外出する時に従者を連れて行くかどうか迷ったのだが面倒なので連れて行かない事にした。まあ、本当は連れていくべきなんだろうが、俺は以前独り暮らしをしていたのもあり、こういう性格なんでたまには自分の好きなように動きたいんでね。リタとミリアム、それにラモンさんには出かけると伝えておいたのでもし何か問題が起こったら今日は晴れているので狼煙を上げて知らせてくれるはずだ。とりあえず、俺が不在でもラモンさんに俺の代わりに大部分の執務を代行出来る権限を持たせてあるのでそこらへんは大丈夫だ。
街から出て少しすると周囲に麦畑が広がってきた。これといった産業のないゴドール地方では穀物類が主な収入源。なので、天候に恵まれて豊作の時は良いけど不作になって収穫量が減ってしまうと大幅な収入源になってしまい、結果的にゴドール地方の財政難に繋がってしまうのだ。
『コル、マナ。少し走るぞ』
『『はい!』』
ここらへんの景色はどこでも見慣れているようなありふれた景色だが、視線を別の方向に移すと、徐々に明るさを増してくる朝の光を浴びて、その雄大な姿が浮かび上がってくる綺麗な円錐状の山はとても美しい。確かサドマ山という名前だったっけ。いつか暇が出来たらあの山に登ってみたいものだ。
山で特に目立つのはこの美しく大きいサドマ山だが、他にも周囲には大小の山々が存在していて、このグラベンの街はその山々の間の平野部分に位置している。
さて、山といえば森林か。そこにある木々を活用出来ないものかな。でもなぁ、山から木を切り出しても運搬の手間とか掛かった費用に対してどれだけ儲けられるかなどの問題もあるからな。他の地域の競争相手もいるだろうしさ。そもそも、林業で儲けられるのならグラベンの街はもっと潤ってるはずだもんな。
ただ、現地調査だけはしておきたい。自分の目で森や林にどんな木々や植物があるのか確かめてみたいし、領内の土地の事情や山林の様子を知っておくのも必要だと思うんだ。
街道を走っていた俺と従魔の二匹は街道を逸れて脇道に入り、適当な地点から山の中に分け入ってみる事にした。既に太陽は地平線から顔を出して山肌にもその暖かく柔らかい光が降り注いでいる。
『主様と一緒に走れて嬉しいです』
『エリオ様、私もです』
初めて来た場所で適当な地点から山に入って迷子にならないかって?
うちの従魔は方向感覚が抜群な上に山のプロだからね。念話で俺との意思疎通が出来るようになってからお互いのいる場所が何となくわかる。聴覚や嗅覚に関しては言わずもがななので、この二匹がいれば迷う心配はない。過信や油断は禁物だが俺自身も冒険者時代に培った経験と勘があるので強みがある。
『よし、行くぞ!』
『『はい!』』
ここらへんの山にはあまり人は来てないようだな。手つかずの山林そのままだ。地面に生えている草も何かしらの材料になるようなものでなく一般的な雑草でしかなさそうだ。
『動物か魔獣の気配は感じられるか?』
『主様、気配は感じますが魔獣の持つような魔力は感じません』
『エリオ様、たぶん鹿や猪だと思われます。私が獲ってきましょうか?』
『いや、今回は止めておこう。こっちを襲って来るものだけ相手にすればいい』
地面に草は生えているが、背が高くなく歩くのにはほとんど支障がない。一定の間隔を空けて存在している木は幹が太く真っ直ぐで良い材料になりそうだ。でも、ゴドール領単体だけでは買い手があまりいないだろう。山から切り出した木を効率よく他の地域に儲けが出るように売り捌く手段や方法がないか検討課題だな。
そんな感じで山を移動しながら調査を続けていく。やっぱり体を動かすのは気持ちがいい。今の俺は桁違いに身体能力が上がってるので疲れもそんなにない。急な稜線ではなく滑らかなので歩きやすいのもあるだろう。
そうは言っても、少しだけ汗をかいてきたので水が流れる沢を探してみるか。冷たい水で顔を洗ってみたい。
『コル、マナ。この近くで水が流れてるような音は聞こえるか?』
『ちょっと待ってください。どこからか水音が聞こえてきます』
『エリオ様。この下の方から水が流れる音が聞こえます』
おお、さすが俺の従魔。俺には聞こえないけど二匹には水音が聞こえるのかよ。
『わかった。おまえ達が足場を確認しながら先導してくれ。俺が先だと足を滑らしそうで不安だからな』
『はい、主様任せてください』
『危なそうなところがあったらすぐに伝えますね』
従魔に先導されて山の斜面を降りていく。倒木や地面の窪みや亀裂などの状況は先行している従魔が俺に教えてくれるので安心して進んでいける。暫くそうしながら山の斜面を下っていくと、俺の耳にも水が流れる音が聞こえてきた。
『主様、気をつけてくださいね』
『エリオ様、流れている水の量は少なそうですよ』
水の流れる音の方へ近づいていくと水量は多くないが沢に水が流れていた。
『ここで少し休んでいこう』
俺はそう言うと、沢の水を手に掬って顔を洗ってみた。冷たくてとてもいい気持ちだ。火照った顔が一気に冷やされる。従魔達も沢に足を浸しながら水の冷たさを味わっているようだ。
近くにある大きな岩の平らな部分に上向きに寝そべって暫くの間は何も考えずに空を眺める事にした。空は白い雲がゆっくりと流れていて、それを眺めているだけで時間が経つのを忘れてしまいそうだ。
聞こえるのは沢を流れる水の音。街の喧騒から離れて山の中で岩の上に寝そべるのもいいもんだな。そんな事を考えていると俺を呼ぶコルの声が聞こえてきた。
『主様、姉ちゃんが何かキラキラ光る物を見つけたみたいです』
コルの声で我に返った俺は岩の上で上半身を起こして声のした方向に振り向いた。キラキラ光る物ってコルは言ってたけどまさか宝玉が見つかったのか?
『何が見つかったんだ?』
マナがトコトコと俺の方へ向かって歩いてくる姿が見えるが、その口に宝玉を咥えているようには見えないな。さすがにそれは期待しすぎか。すると、俺のいる岩の上にぴょんと飛び乗ったマナは口からぽろっと何かを吐き出した。
『これですエリオ様。そこの水の流れの底にこれがありました』
マナが口からぽろっと吐き出した小さな粒を俺は手で拾って顔の前に近づけてみる。その小さな粒を観察をしていくうちに、次第に俺の胸の奥がざわついて来るのを抑えきれなくなってきた。
もしかしてこれは!
そうなのだ、その金色に光る粒は金の粒だ。
『マナ、この粒はそこに流れている水の底にあったんだよな?』
『はい、そうですけど』
だとすると、もしかしたらこの水の流れを遡っていけば金の鉱脈があるかもしれない。何かの拍子に地表に鉱脈が露出した場所があり、その場所が崩れたりしてこの沢に粒が流れ込んでいる可能性があるぞ。
『コル、マナ。でかしたぞ! この水の流れを遡っていこう』
逸る気持ちを抑えながら従魔に先導させて水の流れを遡っていくと、上の方で斜面が崩れている場所が見つかった。近づいて露出している岩をよく見ると、岩のあちこちで部分的にきらきらと金色に光り輝いてるのが確認出来る。見た感じではまだ露出してない場所でもこの地層が繋がっているように見えるぞ。
やったぞ! これは大発見だ!
嬉しさのあまり、俺は興奮を抑えきれずにその場で飛び上がって大喜びしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます