第95話 うまい話には更に裏がある

 グラベンに到着した初日こそ、ラッセルさんとの本物の武器を使った手合わせという思いがけない事態に少々驚いてしまったが、その後はトラブルやハプニングもなく領主就任式も無事に済ませる事が出来た。


 あのラッセルさんとの試合の後、守備隊の兵士達の俺を見る目が憧れの人を見るような目つきに思えるのは気のせいだろうか? 顔を赤くしながら憧れの目で俺を見つめてくる髭面の男とかいるんだが俺にどうしろというのだ。


 あの試合を見ていたカレルさんも、俺が戦う姿を初めて見た事に大興奮で「エリオの兄さん半端ねえ強さだぜ!  俺は男として兄さんに心から惚れちまったぜ!」と言いながら拳をギュッと握りしめていたもんな。俺の持つ魅力とやらがむさ苦しい男達に変な感じに影響しなければいいのだが。たぶん俺にはむさ苦しい男達を惹き付ける何かがあるような気がする。


 ところで俺が住む領主館だが、住み込みの使用人の人数が多かったので減らす事にした。前に住んでいた領主が浪費家だったらしく、何でも至れり尽くせりの状態で身の世話をさせていたようで俺には多すぎると思えたからだ。こういうのは塵も積もればってやつで経費の削減になるからね。


 俺は基本的に自分の事はなるべく自分でやろうと思っているし、リタもミリアムもいる。使用人に暇を出すにあたって多めにお金を渡すだけでなく、次の働き先を斡旋してあげたおかげでその人達には納得してもらえたよ。とりあえず、最低限の人数で領主館の仕事を回していくつもりだ。


 それとこの領主館には本館と別館があって、俺とリタ達は本館に住むのだが寝室は各々別にしてコルとマナの従魔が俺と一緒の部屋だ。まだ領主に就任したばかりで何かと忙しく色欲に溺れる余裕がないので、改めてリタ達と話し合った結果夫婦の営みは暫くお預けにする事にした。時期が来れば俺の方から向こうの寝室に通う事になるだろう。


 また、別館にはミリアムの父親のラモンさんとリタの弟のロドリゴを住まわせる事にした。二人とも一応親族になったので、身近に置いておけばリタとミリアムも安心するだろうと考えたからだ。いざという時に近くにいれば困った時にすぐに頼れるしな。


 ロドリゴなんて「僕の身の丈に合ってないないっすよ」と、最初は拒否していたけど、領主命令で説き伏せたのはここだけの話だ。つーか、あいつは俺達に隠れて遊びに行きにくいというのが本音だろうけどな。


 それで、今の俺の頭を悩ましている最大の懸念事項があるのだよ。


 その懸念事項とは……一言で言えば借金問題だ。前の領主が追い出された原因がこの借金問題が一番の原因だ。ここに来る前にブラントさんと話した時にもその話が出ていたのだが、こっちに到着してもう一度ラモンさんに指示して財政状況を調べ直させたら前の領主の隠れ借金が新たに見つかって聞いていた額よりも多くなっていた。


 何度か臨時に徴税を行って住民を苦しめていたのが理由で前領主は親族共々この街から憎まれて追放されたのだが普段から色々と散財していたようだ。


 ブラントさんに裏帳簿と借用書を見せて話したら「私も知らなかったんです。申し訳ありませんエリオ様!」と土下座して謝ってきたので仕方なく許してあげたけどね。まあ、俺も借金があるのを承知で領主を引き受けたからな。うん、ちょっと増えただけと思う事にした。


 最初に聞いていた借金の方は、サゴイのロイズさんに無利子でお金を借りる事で話はついてるので当分の間はどうにかなりそうだが、問題は隠れ借金なんだよな。


 もしかして薄々気がついていたのか知らないが、そりゃ誰も借金だらけの領地の領主になんてなろうとはしない訳だ。うまい話には裏があるというのは本当だった。いや、更に裏があったと例えるべきか。


 そういう訳で、追加でロイズさんにお金を用立ててもらうのも考えたが、ロイズさん一人にゴドールの借金をおんぶに抱っこしたくなかったので別の方法を取る事にした。


「カレルさん頼む。俺に無利子でお金を貸してくれ」


 そう、俺はイシムで荷役や水運の商会を営んでいるカレルさんに深く頭を下げて借金の申込みをしてるところだ。


「いきなりどうしたんですかエリオの兄さん。頭を上げてくださいよ」


「実は……」


「なるほどねぇ、そういう訳ですかい。それは確かにお困りのようですね…」


「無理だよね…聞かなかった事にしてくれ。こんな頼みをするなんていくら俺とカレルさんが兄弟分とはいえ虫が良すぎだ。申し訳ない」


「わかりやした。そのお金は俺の方で用立てしましょう」


「えっ、カレルさん本当にいいの?」


「ええ、そうでやすよ。エリオの兄さんは俺の弟の命の恩人で俺の兄貴分じゃないですか。そんな人がわざわざ頭を下げて俺なんかにお願いをしてるのに、それを断るなんて男として出来ませんぜ」


「カレルさん、ありがとう。恩に着るよ。この問題は本当に俺の頭を悩ましてたんだ。カレルさんのおかげで当分の間は凌げる見込みなので正直嬉しい。本当に助かるよ」


 俺はカレルさんのゴツい手を握ってブンブンと振りながら感謝の言葉を述べた。これでグラベンや他の街の商会からの借金も、無利子のお金に借り換えが出来れば負担が全然違ってくるからだ。


「まあ、返すとしても出世払いでいいですぜ。返せる余裕がある時に返してもらえればそれで十分ですから。幸いな事に俺の商会は堅実に儲けを伸ばしてきてるんで、この金を貸しても大丈夫ですから」


 ああ、持つべきものは金を持ってる友人知人に兄弟分だ。でも、そういう俺を助けて支えてくれる兄弟分や友人知人の気持ちと好意を俺はしっかりとありがたく受けるつもりだ。


 見返りと言っては何だが、内政担当にはカレルさんの商会に借金を返済するまでは特別に便宜を図るように指示しておくつもりだ。俺は恩ある人の為にある程度の忖度や便宜を図るのに躊躇はしない。


 とにかくカレルさんのおかげで当面は助かった。

 ああ、今夜はぐっすり眠れそうだ。

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