第87話 厳つい男を連れてコウトへ帰還

 今、俺はコウトの街へ向けて船に乗っている。昨夜はカレルさんと酒場で楽しい時を過ごしたのも記憶に新しい。そして、一夜明けてイシムの村からコウトの街に向けて厳つい男を連れて帰還中。船便の関係でコウトには夕方前に到着予定だ。


「コウトに行くのも久しぶりですぜ」


「そうなんですか?」


「ええ、仕事の大半は手下に任せて俺は楽をしてましたからね。最近はイシムの村から出てなかったんでさ。それにキルト王国がああなっちまったんで、何かあった時の用心の為にイシムに居たのもありますけどね」


「例の賊徒の件ですね」


「そうです。けど、エリオの兄さんがまとめてやっつけてくれたんでここら一帯は安全になりやしたぜ。今だから言いますけど、弟を助けてもらっただけでなくそれもあって俺は兄さんの弟分になる決心をしたんですよ。いくら俺だって簡単に弟分になろうなんて言い出しませんや」


 あの賊徒討伐はここら一帯にも極めて大きな影響があったのか。確かにあんな賊徒の連中がこの地域を支配していたら、物流も影響を受けて水運関係もダメージが大きかったのは間違いないしな。


 そんなこんなで船に揺られながらガリン河を進んでいくと、ようやくコウトの街の船着き場に到着した。行きも帰りも船酔いをする事もなく何だかすっかり船の旅にも慣れてしまったようだ。乗船中は悠々と構えているのがコツなのかもしれない。


 コルとマナも船の上でもいつも通りだったし、肝が座ってるというか余裕の現れというか我が従魔ながら頼もしいね。


「カレルの旦那、エリオの大旦那。コウトに着きましたぜ」


 仲良くなった船員が船が桟橋に横付けされたのを知らせてくれたので、俺と従魔とカレルさんはコウトの街の地に降り立った。


「船には慣れたけど、やっぱり地上の方が安心するなぁ」


 俺が感慨深げにそう呟くと、それを聞いていたカレルさんがゲラゲラと大笑いしながら俺に話しかけてきた。


「エリオの兄さん、そりゃそうですぜ。俺だけでなくベテランの船乗り連中だって皆そう思ってますよ。なあ、おまえら。船上よりも地上の方が安心するよな!」


「「その通りでさ!」」


 あー、ベテランの船乗りもやっぱりそうなのか。

 しかし、船乗りといえば気の荒い連中のイメージがあったけど、いざ接してみると意外と気の良い連中ばかりだ。でも、酒を飲むと大暴れしそうだけどね。


 俺を船で運んでくれた船員達に別れを告げて、カレルさんを伴いコウトの街へ入っていく。留守にしてたのはほんの少しの間だったけど、訪問した先のサゴイでの出来事の内容があまりにも濃すぎて久しぶりの印象を受ける。


 さて、もう時刻は夕方だし今日は帰還の報告はせずに明日にしておこう。今から本部に行っても遅くなりそうだしな。


「そういえば、カレルさんの今晩泊まる宿をどうしましょうか?」


 俺の借りている家に泊めてもいいけどベッドが一つしかないんだよな。それならば至れり尽くせりの宿に泊まってもらった方がいいだろう。宿代は俺が自分の懐から払っておけばいい。


「ああ、それなら心配いりやせんぜ。うちの商会はコウトに船着き場の簡易事務所とは別に宿泊施設付きの出張所があって俺や弟が使う専用の部屋があるんですよ。だから兄さんの心配は無用です」


 船から降りて次の出航までの間、船員さん達が利用する宿泊施設なんだろうか。


「わかりました。俺もそこまで一緒に行きますよ。場所を覚えておきたいし」


「へい、案内しやす。市場の近くなんでわかりやすいですぜ」


 従魔を従え、カレルさんと連れ立って出張所までの道のりを歩いて行く。二匹の従魔を連れてる俺の姿を見て、それが誰なのか気がついた住民達が俺に笑顔を向けてくれるのはありがたいね。もう少し経ったら俺はコウトの街を離れるけど決して忘れないよ。


 もうそろそろかな。カレルさんは出張所の場所が市場の近くと言ってたけど、それなら俺の住む借家からもそれほど離れていないな。この辺は見慣れた場所だ。


「エリオだよね? コウトに帰ってきたんだ!」

「エリオさん、お帰りなさい!」


 おや、俺の名前を呼ぶ声がするな。しかも、凄く聞き覚えのある声だ。

 声のした方を振り向くと偶然ばったりと出会ったリタとミリアムが買い物かごを片手に持ちながら俺の方へ駆けてくる姿が見えた。任務が終わって帰りがてらに市場で買い物をしてたのかな?


「見覚えがある金と銀の毛並みの二匹の従魔の姿が見えたから、もしかしてと思って確認したらやっぱりエリオだった」

「コルちゃんとマナちゃんの金銀の毛並みはとても綺麗で目立ちますからね」


「二人ともただいま。ついさっき船着き場に到着したところなんだ。俺と一緒にいるこの人はイシムの村の顔役で荷役仕事と船の運航を営んでる商会主のカレルさんだ」


「ちょっとエリオの兄さん。このとびきり別嬪の二人のお嬢さんはもしかして兄さんの女ですかい?」


 ちょっとカレルさん。いきなりストレートな質問だな。

 チラっと二人を眺めると、俺がどう答えるのかとリタとミリアムが不安と期待が入り混じった顔で俺を見つめている。これは俺の言葉次第では二人との関係にヒビが入るかもしれないな。よし、俺も男だ。


「ああ、そうだよ。二人とも俺の妻になる予定なんだ。背の高い方がリタで小さい方がミリアム。二人とも俺にとってとても大事な人なんだ」


「さすがエリオの兄さんだ。こんな別嬪さんが二人も兄さんの妻になる予定だなんて羨ましいですぜ」


 あっ、リタとミリアムが顔を真っ赤にしながら放心状態になって固まってる。二人とも大丈夫かな?


「それじゃ俺はカレルさんを送っていくからリタとミリアムは俺の家で待っててよ。送り届けたらすぐに帰るから」


「「はい」」


 二人はようやく正気に戻ったみたいだ。これなら大丈夫だろう。

 俺は二人に向かって軽く手を上げると、カレルさんと一緒に目的地の出張所に向けて再び歩き始めたのだった。

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