第86話 俺に力を貸して欲しい

 今、俺はイシムの村の酒場で兄弟分のカレルさんと飲み会中だ。

 コルとマナの従魔二匹は俺の横で大人しく寝そべっている。


「「乾杯!」」


「ところでエリオの兄さん。この従魔達が俺の弟を助けてくれたんですかい?」


「ああ、そうだよ。この二匹は見た目と違って強いからね。そんじょそこらの魔獣ではこの二匹の相手にならないし、対人でも無頼の強さだから俺にとっては最高に頼もしい相棒であり家族なんだよ」


「へー、確かに見た目はどことなく愛嬌がありやすからね。それに騙されて無謀にも挑んでいくと簡単に返り討ちされそうですね」


「まあね。でも、普段は大人しいし毛並みも綺麗で触り心地も良いからね。撫でると癒やされるよ」


「なあ、兄さん。俺もちょっとだけ撫でていいかな? どうかお願いします」


『コル、マナ。カレルさんがおまえ達を撫でたいらしい』


『主様、わかりました。その代わりに後で何かくださいね』

『この人も他の人と同じように私と弟の毛並みの虜になりそうですね』


『ハハ、たぶんそうなるだろうね』


「カレルさん、撫でていいよ」


 俺から許可を貰ったカレルさんは恐る恐るコルとマナに近づき、その節くれだったゴツい手で従魔達の背中に触れるとゆっくりと毛並みを撫で始めた。


「おお、これは! この撫で心地、たまらん!」


 厳つい顔付きに似合わないうっとりとした顔つきで二匹の従魔を撫で回すカレルさん。傍から見てると絵面が凄く怖いんだけど。


 こりゃ完全にモフ分補給の魅力に堕ちてしまったようだ。また一人、俺の従魔の魅力に取り憑かれてしまったのか。


 いつまでも撫でるのを止めない厳つい弟分のカレルさんを眺めながら一つの考えが浮かんだ。無理とは思うけど言うだけ言ってみよう。


「カレルさん、真面目な話があるんだけど」


 カレルさんは俺の雰囲気が変わったのを感じたのか、従魔を撫でる手を止めて真剣な表情になって俺を見つめてきた。


「兄さん何ですかい?」


「あのさ、俺は近々ゴドール地方の領主になる予定なんだ」


「えっ、兄さんが領主って………そりゃ本当ですかい!?」


「ああ、本当なんだ。そこで弟分のカレルさんに俺から頼みがあるんだ。俺が領主になったら俺の為にカレルさんの力を貸して欲しい」


「貸すも何も俺はエリオの兄さんの弟分ですぜ。兄さんが領主になるというのなら弟分の俺は何の躊躇いもなく喜んで力になりやすよ」


「ありがとう。それで俺はゴドールのグラベンという街に行く予定なんだけど、その街に大きな水運拠点を作ってくれないかな。グラベンのすぐ横にはナイラ河が流れてるみたいだし」


「グラベンですか。そういえば、イシムからグラベンの間にはうちの船が運航してますが、荷物の取扱量が少ないのでグラベンには出張所程度のものしか置いてないですね。なら、これを機に兄さんの為にグラベンにも大きな拠点を構えましょうか?」


「そうしてもらえると嬉しいね」


「そうだ、いっそのこと俺を兄さんの配下にしてみてはどうですか?」


「申し出はありがたいけど、カレルさんが望む程の報酬をあげられるかはわからないよ。その理由は俺が領主になる予定のゴドール地方は実入りが多いとは言えないからね。はっきり言うとゴドール地方は貧乏なんだ」


「なるほど、そういえばゴドールは裕福な土地とは言えませんな。景気の良い話も全く聞こえてきませんね。そうだ、それなら無理に報酬は出さなくていいですぜ。俺は水運で大きな稼ぎがありますしね。むしろエリオの兄さんを俺に支えさせてくれませんか。俺が声をかければ命知らずの野郎共も、エリオの兄さんの為に一肌脱ぐという奴が大勢いるはずです。実際に兄さんを船で運んだ船員達は全員兄さんに惚れ込んでいるようですぜ」


「船員達が俺に惚れ込んでる?」


「俺と同じで兄さんに半端ない魅力とオーラを感じたと言ってましたよ」


 自分じゃよくわからないけど、俺ってそんなにオーラが出てるのだろうか?

 まさか黒いオーラじゃないよね?


『コル、マナ。おまえ達には俺から出てるオーラが見えるか?』


『はい、主様の体から白い光が出てますよ』

『魔力とは違って尊い印象の光です』


 うーん、そうなんだ。推測だけど、たぶん俺に好意を持つ人や従魔にはオーラが見えるのかな?


 それはそれとして、カレルさんや船員さんに荷役の人達が俺の味方や力になってくれるとしたら心強い。俺はゴドール地方に個人的なツテがある訳じゃないからな。現時点では後ろ盾になってくれるロイズさんを信用するしかない。それ以外にもある程度の力の基盤を持っていないとな。


「カレルさんの気持ちはありがたく受け取るよ。こんな俺だけど、どうか支えてくれないか?」


「勿論ですよエリオの兄さん。おれはあんたに初めて会った時にこの人だって思ったんですからね。そりゃ俺だって大勢の手下を持つ身ですが、エリオの兄さんにはそれ以上のとてつもない大きさの器を感じたんです。そうしたら兄さんはゴドールの領主になるって言うじゃないですか。俺の目は節穴じゃなかったって訳でさ」


 人との縁というものは素晴らしいな。こんな俺の周りに凄い人達が集まって来てくれる。底辺だからと諦めずにやってきて良かったよ。


「そうだ、エリオの兄さんは一旦コウトに戻るんですよね? 俺も一緒に行きますよ。兄さんにも仲間がいるんですよね? どんな連中なのかそいつらとも会ってみたいし」


「ハハ、確かにコウトには信頼出来る仲間がいますよ。カレルさんとも気が合うんじゃないかな?」


 こういうタイプの人はカウンさんやゴウシさん、ベルマンさんやバルミロさんとも気が合いそうだもんな。まあ、強さ自慢でいきなり殴り合いになる可能性も高いけどね。


「ところで、カレルさんは仕事を放ったらかして俺とコウトに行っても構わないんですか?」


「普段は俺よりも優秀な弟と手下が運営してますからね。細かい事はあいつらに任せているんで俺は置き物みたいなもんですよ。弟は俺と違って腕っぷしは弱いですが商売や交渉に関しちゃとびきり優秀でね。弟達がいれば俺がいなくても普通に普段の仕事は回ります。だからその点は心配無用ですぜ」


「な、なるほど。それなら大丈夫そうですね」


「ハハハ、エリオの兄さん。固い話はそれくらいにして飲みましょう」


 という訳で、ここいらで固い話を切り上げてその後はカレルさんと酒を飲みながら楽しい時を過ごした。カレルさんは厳つい顔をしてるけど、とても気の良いおっさんだった。

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