第78話 俺の弟分が増えてしまった
イシムの宿で厳つい男に呼び止められた。
話を聞いてみると、魔獣に襲われて大怪我をした人の兄さんのようで、俺達はこの人からすると大怪我をした弟の危機を救ってくれた命の恩人という位置付けらしい。
「いきなり呼びかけてしまってすまなかった。俺の名前はカレル。ここら辺一帯の荷役連中や船員達を束ねている元締めだ。荷役や船員は傭兵も兼ねている奴が多いのでそっちも俺が面倒を見て仕切ってるんだ。俺自身も自慢じゃないが腕っぷしには自信があるつもりだぜ」
へー、この厳つい人はここら辺一帯の荷役作業をする人や船員達を束ねている元締めで偉い人なのか。傭兵の仕切り役もやってるなんてかなりの大物じゃないか。そんな人にさっきは土下座してもらったけど俺の身の安全は大丈夫だよね?
「カレルさん、あなたのようなそんな凄い人が俺なんかに土下座なんてしなくて良かったのに」
「いや、そういう訳にもいかねえ。あんたが助けてくれた弟は俺のたった一人の肉親だからな。どんなに感謝してもしきれないくらいだ。あの街道は比較的安全で滅多に魔獣なんて出て来ないのだが、運が悪かったのか弟達は最悪の日に当たってしまったようだ。そんな弟を助けてくれたあんたと従魔は弟だけでなく俺にとっても大恩人で間違いねえ」
「なるほど、そういう事なら素直に感謝の気持ちを受け取らせてもらいます」
「でもよ、ここらじゃ誰でも知ってるコウトの英雄である漆黒のエリオさんが俺の弟の命の恩人だなんて巡り合いの運命を感じるぜ。噂でしか知らなかったからどんな人なのかと思っていたが、実際に会ってみると歳は若いのに纏ってるオーラが半端ねえ。大勢の人の上に立つ器を持ってる人とはあんたみたいな人の事を指すのだろうな」
「カレルさん、あなたの弟を助けたからといって俺を持ち上げすぎですよ」
「そんな事はねえさ。そうだな、俺のこの気持ちを何かの形にしたいな。そうだ、エリオさん。俺をあんたの弟分にしてくれねえか。この通りだ、どうか頼むよ」
そう言うと、またカレルさんは俺の前で土下座を始めた。
この流れはカウンさんの時と似ているな。ここまでされると断れない雰囲気だし。
まあ、今すぐ直接の部下になる訳じゃないし形みたいなものならいいか。
「その雰囲気だとどうせ諦めてくれそうもないですね。わかりました。その申し出を受けますよ。カレルさんは今から俺の弟分だ」
「ありがとうよエリオさん。生涯あんたは俺の兄貴分だ」
俺の弟分になれた事に大満足したカレルさんは、この宿の代金は俺に払わせてくれと言って強引に支払いを済ませて帰っていった。俺は招待されてサゴイに向かってる訳だから街と街の間の移動や宿泊でかかった費用は後日貰えるんだけどさ。その場に取り残された俺は、俺の弟分になりたいと言ってくる人達はどうして誰もが豪傑タイプの厳つい人ばかりなのかと真面目な顔で考えていたが結論は出なかった。まあ、いいか。
『主様、さっきの人は将来主様を支えてくれる気がします』
『あの人はエリオ様に純粋に好意を持っていると感じました』
『おまえ達から見てカレルさんはそういう風に感じたのか。なら、俺もあの人を信じてみようと思う』
従魔の勘は結構当たりそうだからな。野生の勘ってやつは馬鹿に出来ないし。
そして、その後は何事もなく明日に備えて宿でぐっすりと眠った。
次の日の朝。十分な睡眠を取った俺は宿で簡単な朝食を取り、再び船旅に戻る為にガリン河の桟橋に向かった。夜のうちに船の荷物の積み替えは終わったようで、昨日と同じように甲板には俺達専用のテントが張ってあった。
桟橋に船員がいたので乗船券を見せて船に乗り込もうとすると、人懐っこい笑顔で俺に話しかけてきた。
「エリオさん、昨日あんたの従魔が助けたのはカレルの旦那の弟さんだったそうじゃないか。あんたが船を下りて暫くしたらカレルの旦那がすっ飛んできて、弟を助けてくれた従魔連れの人はどこに行ったんだと血相を変えてたぜ。あんたの名前を教えてあげたら、また村の方へすっ飛んでいったけどカレルの旦那とは会えたかい?」
「ハハ、カレルさんなら俺の泊まってる宿を探し当てて来たよ。成り行きで兄弟分の契を結ぶ事になったけどね」
「えー、あのカレルの旦那と兄弟分だって?」
「ああ、なぜか俺が兄貴分になっちゃったけどね」
「そういう事なら俺はあんたの子分みたいなもんだ。これからはエリオの旦那と呼ばせてもらいますぜ。この村の荷役連中や船員達は皆エリオの旦那の子分だと思ってくださいな。俺達はガリン河とナイラ河流域では結構大きな勢力なんで役に立つと思いますよ」
「わかったよ。何かあったら頼るかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
何だか話が大きくなってしまってるがなるようになれだな。そんな感じで船員とあれこれと話していたら出航の準備が整ったようで従魔達と一緒に船に乗り込む。昨日と同じようにテントの中に入ると鐘が鳴らされて船は桟橋から離れ再びガリン河の船旅が始まった。
ゆったりと流れるガリン河を船は進む。乗船中はこれといってやる事がないのでテントから出て景色を眺めながら暇を潰すしかない。確か夕方前にはサゴイの街に到着予定だったな。
昨日みたいに岸辺を通る街道で魔獣に襲われてる人もおらず、至って平和な船旅だ。途中で仮眠を挟みながら船旅を続けていると、次第に太陽が傾き始めて夕方の時間が迫ってきた。
船員が甲板で慌ただしく動き始めたのでそろそろサゴイの街が近いのだろう。船の前方を見ていると右側の河岸に大きな桟橋が見えてきた。朝会話した船員が俺に近づいてきて告げる。
「エリオの旦那、サゴイに到着ですぜ」
船員の言うようにようやく目的地のサゴイに到着したようだな。
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