第77話 俺を呼び止める人

 ここがイシムか。


 コウトの街を出て船に乗り、ガリン河の船旅を続けてきた俺と従魔はようやく最初の中継地のイシム村に到着した。


 イシムの村はガリン河に北西から流れてくるナイラ河が合流してくる場所にある。船運や旅の中継地として荷物を運び込む為の倉庫と街と街を行き来する人が利用する宿があり極めて重要な役割を持つ村だ。


 船の荷物の入れ替えや積み下ろし作業の為に船はこの村の桟橋で一晩の間停泊する。俺も一旦船を降りて村の中にある宿に泊まる予定だ。


『コル、マナ。船を降りて今日の宿に向かうぞ』


『『はーい』』


 俺が乗ってきた船には荷役仕事の人達が乗り込んで既に荷物の積み下ろしを始めている。邪魔になってはいけないからさっさと降りないとな。


 河岸には商会の倉庫が立ち並んでいて宿はその向こう側の地区にあるようだ。従魔も一緒に泊まれる宿があるのは船員に聞いて確認済みだから、あとはそれがどこの宿なのか知ってそうな人に尋ねてみるか。


 道を歩いているとこの村の人らしき人が向こうから歩いてきたのでちょっと呼び止めて聞いてみよう。


「すみません、ちょっといいですか。従魔も一緒に泊まれる宿を探しているのですが知ってませんか?」


 人の良さそうなおばちゃんにそう話しかけると嫌がらずに答えてくれた。


「従魔も一緒に泊まれる宿かい? それならこの道を真っ直ぐ歩いていくと左側に赤い看板が目印の『どんぶらこ亭』という宿があるけどそこがいいんじゃないかね。その宿なら従魔も一緒に泊まれるはずだよ」


「ありがとうございます」


「これくらいお安い御用さ。あー、その代わりと言っちゃなんだけど、あんたの従魔を撫でてもいいかい?」


 おお、ここにもモフ分補給を欲する人がいたのか。従魔も一緒に泊まれる宿を教えてもらったし、ここはおばちゃんの願いを快諾せざるを得ないな。


『コル、マナ。頼む』


『『いいですよ』』


 おばちゃんは心ゆくまでモフ分補給を堪能して笑顔で去っていった。

 そこから暫く歩いて教えてもらった宿に着いたので確認すると、従魔も泊まれる部屋は空いていたので宿泊の手続きをして部屋に向かう。俺達の泊まる部屋はお手頃な値段の割には結構広くて得した気分になるね。


『コル、マナ。明日の朝までこの宿に宿泊するぞ。そして明日は今日乗って来た船に再び乗船する予定だ』


『はい、主様』

『エリオ様、また船に乗れるんですね』


『そうだ。行きだけじゃなくて帰りも船に乗って帰るから明日だけじゃないぞ』


『主様、帰りも船に乗れるなんて楽しみです!』

『ウフフ、弟が嬉しそうで何よりです』


 さて、この宿は食堂があるおかげで夜はわざわざ外に出ていかなくても食事が出来るようだ。コルとマナにも何か果物があれば出してもらおうかな。


『着替えて少し休んだら一階にある食堂に行くぞ。おまえ達も何か果物があれば食べるか?』


『僕はクコの実があればそれを食べたいです』

『私は新鮮なオレンジが食べたいわ』


 うちの従魔は最近なぜか果物好きなんで希望の物があればいいな。


『わかった。それじゃ俺は今から着替えるよ』


 そして着替えを済ませ、リタとミリアムが選んでくれた普段着になった俺は少し部屋の中で休憩をした後、自分の部屋を出て一階にある食堂に向かった。一階にある食堂には誰もおらず貸切状態だ。


 俺が適当に空いている席に座ると、すぐに給仕役のお姉さんがテーブルに来たので俺用にはここのおすすめ料理。そして従魔用にとクコの実やオレンジを注文したら目を丸くしていた。


「たぶんあると思いますけど、その従魔ちゃんには肉じゃなくて果物でいいんですか?」


「ああ、間違いないよ。うちの従魔は果物好きなんだ。面白いだろ?」


「は、はい。確かに。ふふ、今お持ちしますね」


 まあ、普通は驚くよな。でもこれが俺の従魔なんですよ。


 運ばれて来た料理は鶏肉をローストした物にきのこのクリーム煮、後はオムレツだった。クコの実とオレンジも皿に盛ってきてくれたので従魔も満足しているようだ。意外と量が多くてお腹いっぱいになったので俺も満足した。


 明日に備えて今日は酒に手を出さずに部屋に戻ろうと席を立ち上がり、ロビーを通って上の階へと行く階段に向かおうとしたら、勢いよく宿の中に入ってきた男に後ろからいきなり声を掛けられた。


「そこの人、ちょっと待ってくれ!」


 誰かを呼び止めてるようだ。誰に声を掛けているのか気になって後ろを振り向いたけどロビーには俺達しかいない。入り口付近を見てみると、待ってくれと叫んでいた人なのか日に焼けて厳つい顔付きをした大柄の男が俺の方を見ているぞ。そもそもここは初めて訪れた場所なのにな。イシムの村に俺の知り合いなんていたっけ?


「もしかして呼ばれてるのは俺ですか?」


「ああ。そうだ。やっと見つけたぜ」


 ちょっと待てよ。もしかして俺はあの人に因縁をつけられてるのかな?

 全く身に覚えがないんだけど。


『主様、腹ごなしにやっちゃいますか?』

『私達に任せてください。エリオ様が出る幕もないですよ』


 いや、おまえ達あまり物騒な事を言わないでよ。まだ俺に敵意があると決まった訳じゃないんだしさ。


「俺に何か用ですか?」


「あんた、服装が黒ずくめじゃないけど従魔を連れているからすぐにわかったぜ。あんたエリオさんだよな?」


「はい、そうですけど…」


「ありがとう、あんたは命の恩人だ!」


 そう叫びながら俺を呼び止めた厳つい人物は、俺達のすぐそばに来ると床に膝をつきながら俺の足元で土下座を始めた。ちょっと待ってくれ。何が何やら全然わからないぞ。


 暫く土下座を続けた厳つい人物はようやく顔を上げて話し出す。


「エリオさんよ。あんたここに来るまでに街道で魔獣に襲われていた連中を助けてくれただろ?」


「ああ、はい。まあ、助けたのは俺の従魔ですけどね」


「助けたのが従魔でもその指示を出したのがあんたなら一緒だ。実はよ、魔獣に襲われてた連中の中に俺の弟がいたんだよ。聞いた話じゃ弟は魔獣に不意打ちを食らって大怪我をしたらしく、その場にいた護衛達も苦戦してたところに颯爽と船から河に飛び込んだ二匹の従魔があっという間に襲ってきた魔獣達を倒したそうじゃないか」


 あの時の襲われてた連中の中にこの人の弟がいたのか。しかも怪我をして倒れていたのがその弟だったんだな。


「そうですね、その話は本当です。魔獣を倒したのもここにいる俺の従魔で間違いないです」


「やっぱりあんただったんだな。あんたは弟の命の恩人だ。兄の俺からも礼を言うぜ。弟を助けてくれてありがとう」


 まあ、あれは成り行きだからね。この人にそんなに感謝されても逆に恐縮しちゃうよ。

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