第14話 昇格

 ギルドを出て行こうとしたら呼び止められた。

 振り向くと、そこにはギルド職員のドイルさんが立っていて俺を手招きしていた。

 引き締まった体、鷹のような鋭い目つき、髭を生やした顔は獲物を狙うように俺に向けられている。


「奥からブラッドベアーの持ち込みと査定のやり取りを眺めてたんだけどよ。おまえがそいつをソロで仕留めたっていうのは本当か?」


 眉を上げながら鋭い目付きで俺の全身をまるで値踏みするかのように眺めてくる。

 前に受けたランクアップ試験で容赦なくコテンパンにやられた思い出が蘇る。試験を担当するだけあってこのダムドの街でも上位の強さを持っているのだろう。


 こんな辺鄙で辺境の街などは強い人はあまり来る事がなく、資源も乏しく裕福な街ではないので越境してくる大規模な山賊や盗賊の類もいない。時たま強い魔獣が山の奥の方から降りてくる事があるくらいだ。


 なので討伐されたブラッドベアーを見かけて、もしかしたら倒した俺に興味を持ったのかもしれないな。


「はい、運良く俺が倒しました」


「ほう、おまえが倒したのか。普段魔獣を討伐してここに持ち込んで来る連中の中にはあまり見かけない顔だがよくコイツを倒せたな」


「ええ、俺は普段から薬草採取が専門のような冒険者なので、このレベルの魔獣を倒したのは初めてです。今日も薬草を集めに行くのが目的だったけど運悪くコイツに遭遇したもんで」


「なるほどな。ところでおまえのランクはいくつだ?」


「俺のランクはEランクです」


「はあ? そのランクでコイツを倒したのかよ」


 もう一度舐めるように俺の全身を眺めるドイルさん。


「そうだ、おまえちょっと練習所に来い。そこで俺の相手をしろ!」


「えっ、今からですか?」


「ああ、少しでいいから俺の相手になれ。まさか断ろうなんて思うなよ?」


 ああ、これは断れない雰囲気だ。

 仕方がない、受けるしかないか。


「わかりました。相手になります」


「ハハハ、受けてくれるんだな。ところでよ、その毛色の変わった見慣れない魔獣を従えているようだがおまえは使役師なのか? 使役師で魔獣も一緒に戦うのなら構わないがそれなら俺にもやりようがあるぞ」


「いえ、コイツ達は戦わせません。俺一人で戦います」


「そうか、なら武術だけの手合わせにしよう。それで決まりだ」


 そういう訳で俺とドイルさんはギルド備え付けの練習所に向かう事になった。

 練習所とは冒険者や傭兵達が武技や魔法の鍛錬に使っている場所だ。


 魔獣との戦いや護衛任務の為に腕を磨き切磋琢磨する目的でギルドに併設されている。周りを土で固めた厚い壁に覆われている大きな部屋で、ちょっとやそっとの魔法ではびくともしないように作られている。なので、その部屋に入ると外からは中の様子が見えず、パーティーの連携や練習目的で申し込んで貸し切りで使えば外部からは干渉されない仕組みだ。


 それというのも、この世界では各々の持っているスキルや戦い方などは共同任務以外は出来るだけ他人に知られないようにするのが基本であり、わざわざ他人に自分達の全部のスキルや手の内を晒すのは憚られるからだ。今日の味方が任務の都合上明日は敵になるかもわからないからな。


「コルとマナは戦いませんが練習所の中に入れてもいいですか?」


「その二匹の従魔か。外で待たしておくのもあれだから練習所の中に入れても構わないぞ」


「ありがとうございます」


 ドイルさんに続いて俺はコルとマナを連れ、頑丈な大きな扉を開けて練習場の中に足を踏み入れた。手前の小部屋には練習用の木剣や他の木で作られた武器などが棚に無造作に置いてある。ドイルさんはその中から手頃な剣を抜き、おまえも選べと言わんばかりに顎をしゃくった。俺は手持ちの剣や持ち物を棚に置き、使い勝手が良さそうな長さの剣を手に取った。試しにその場で少し振ってみるがしっくりと手に馴染んでバランスも悪くない。


 まあ、そうは言っても俺はつい最近剣術レベル5のスキルを覚えたばかりなので、俺のスキルが合わせてくれてるのかもしれないが。


 小部屋から出ると、練習所の円形の大きな部屋の中には丁度誰もいないようだ。


「初めに言っておくが、俺はおまえにどんなスキルがあるのかは聞かない。勿論俺も教えない。俺もおまえも下手に他人に教えるようなもんじゃねえしな。さあ、お互い準備が出来たら始めるぞ」


「はい。コル、マナ、その隅っこで待っていてくれ」


『『ワウッ』』


 俺の指示でコルとマナが部屋の隅に歩いていき寝そべった。

 それを見届けて俺は大きく深呼吸する。

 両手に持った木剣を構え、ドイルさんと向き合い対峙した。


「ドイルさん、準備が出来ました」


「よし、行くぞ!」


 言うが早いか、もの凄い速さでドイルさんは俺に向かって突っ込んできた。

 先手必勝とばかりに木剣を振りかぶり、右方向上段から振り下ろしてくる。


 心では準備をしていたが、これほどの速さとは!

 だが、俺はその動きを向上した動体視力で捉えており間一髪身を捩ってその一撃を躱す事が出来た。


「へー、これを躱すのかよ。ブラッドベアーを倒したのはまぐれじゃないみたいだな。今度はおまえの方から打ち込んで来いよ」


 そう言われたので、今度は俺の方から攻撃だ。


「トゥッ!」


 俺も身に付いたスキルの力を使い全力で踏み込む。

 そして間合いに入ったと感じた瞬間、下段から斜めにカチ上げるように木剣を振り抜く。俺の攻撃がドイルさんの脇腹に入ると思ったが、寸前でドイルさんの木剣に「カキン」と弾かれてしまった。


「ほお、おまえ中々やるじゃねえか。冷や汗をかいちまったぜ」


 だが、この一連の流れで俺は悟ってしまった。

 俺よりもドイルさんの方が強いだろうと。

 さすがにギルドで教官役を引き受けてるだけはある。

 剣術レベルが俺よりも上なのか、その他のスキルも駆使してるのか定かではないが総合的に俺を上回っているのは確実だ。


 だが、俺もやれるだけやってみよう。


「シッ!」


 体勢を立て直し出来るだけ最小の動きで踏み込み横薙ぎに木剣を振る。

 その動きもドイルさんは読んでいたようで、後ろに飛び退りギリギリの動きで躱す。


 追撃とばかりに体の中心に向かって木剣を突き入れる。

 その攻撃も体を横向きに逃しながら移動されて躱されてしまった。


「おまえ強いな。おそらく剣術レベルはこの街じゃ俺も含めてトップクラス。だけど、俺から見たら攻撃が読みやすいんだよ。さっき聞いた話じゃ普段は薬草採取がメインだって言ってたよな。戦う方はまだまだ経験が足りてねえ!」


「……………」


 確かにその指摘は当たっている。

 俺はつい最近剣術スキル5を取得したばかりだ。

 スキルの恩恵で並外れた身体能力と剣術の腕を獲得したが、経験といえば強敵は今日倒したブラッドベアーくらいしかない。


「そろそろ決着をつけるか。練習とは言え試合だから悪いけど容赦なくいくからな。どうせ後で治してやるから腕が折れるかもしれんが覚悟しろよ」


 そう言うと、ドイルさんの雰囲気が変化して俺に連続攻撃を仕掛けてきた。


 鋭く重い攻撃が連続して俺を襲う。

 その連撃を俺は何とか躱したり弾いたりしていたが、浅くだが徐々に少しずつ俺の体に当たり始めてきた。


「痛ッ!」


 相手の打ち込みに木剣を持つ腕も痺れてきている。

 鋭い突き攻撃を体を逸して躱した拍子に体勢が大きく崩れてしまった。

 これはマズイ!


「悪いな、これで決めさせてもらう」


 ドイルさんはそんな隙を見逃すはずはなく、俺の左腕目掛けて木剣を振り下ろす。

 後で治されると知っていても痛いだろうな…と思いつつ、俺は観念しようとしたその時、練習場のどこからか強烈な殺気がドイルさんに向けて放たれた。


「何っ!」


 その強烈な殺気を感知したドイルさんは、振り下ろそうとした自らの木剣が俺の左腕に当たる寸前に急遽それを止めて身を翻し後ろに飛び離れた。


 そして、目を細めて油断なく周りを見回す。

 暫くその体勢で周りを伺っていたが、スッと力を抜いて木剣をだらりと降ろし俺に向き直った。


「フッ、今日はここまでにしよう。終わりだ終わりだ。ところでよ、あまり見ない種類だがおまえが連れているあの魔獣はどんな種族なんだ?」


 打ち込まれると身構えていた俺だったが、何かに気付いたようなドイルさんの急な態度の変化に困惑しながらも何とか答える。後ろを振り向くと、コルとマナが寝そべりながら二匹仲良く寛いでいた。


「いや、俺にもわからないんですよ」


「そうなのか…まあ、いい」


「あの…今日は色々と参考になりました。ドイルさんってもの凄く強いんですね」


「そうだな、今はおまえよりも俺の方が強いだろうな。それに詳しくは言えないがその他のスキルも持っている。あとは経験の差が大きい。だが、おまえがその従魔と一緒に戦っていたら俺は簡単に負けていたかもな」


 従魔ってコルとマナの事か?

 従魔にもドイルさんへ陽動や攻撃をさせていれば俺が勝てたかもって言いたいのかな。さすがにそれは強者の立場からのお世辞だろう。


「じゃあ俺はこれで失礼させてもらいます」


「そうだ、ちょっと待ってろ。確かおまえはEランクだって言ってたよな?」


「そうですけど…」


「おまえはたった今からDランクに昇格だ。おまえがどれほどの強さなのか興味があって誘ったので、最初からランクアップ試験のつもりだった訳じゃないがこれを正式な試験とする。本当はCランクに上げたいのだがまだおまえには実績が足りてないのでな。俺がすぐに手続きをするから少し待て」


 その後、練習場を出た俺とドイルさんはギルドの受付に向かい、ドイルさん自ら昇格の手続きをしてくれた。そして、底辺の俺が今まではどうしても上がれなかったDランクに昇格したのだった。

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