第13話 底辺からの脱出

 倒したブラッドベアーを処理収納してダムドの街へ帰ってきた。


 街への帰り際に左腕の服が破けて血が滲んでいるのを門番に見られた。

 今日の門番はホルトさんではなく、最近見かけるようになった別の人物だ。

「その切り裂かれた服は怪我でもしたのか?」と声をかけられたが、肌を見せて傷が治っているのを確認すると「大丈夫そうだな」とつれない返事だ。


 多かれ少なかれ、こういう仕事をしていると怪我はつきもの。

 軽い怪我程度で済めばいいが、下手すりゃ命を失うなんて事もある。

 はっきり言ってこの世界は命の重さがとても軽いのだ。

 ましてや相手が冒険者なので、門番も特別な事でもなければそれほど気にかけはしない。


 コルとマナを連れ、ギルドに向かって歩いて行く。

 薬草とさっき倒したブラッドベアーを買い取って貰わないといけないしな。


 見慣れたギルドの建物が見えてきて俺は扉を開けて中に入っていく。

 この時間でも人がいて受付や素材買い取り所にも何人か並んでいた。

 どこからか帰ってきたであろうパーティーと思しき数人のグループも何組かいて分け前の割り振りや何やらと話し込んでいる。


 俺はその脇をすり抜け素材買い取り所の列に並ぶ。

 暫くすると俺の順番が回ってきて買い取り担当のおっちゃんに声をかけられた。

 コルとマナに待機させておっちゃんの前に足を運ぶ。


「よう、エリオ。今日も薬草の買い取りか?」


「ああ、そうだ。だけど、今日は別の素材も買い取って欲しいんだ」


「ほう、別の素材とは珍しいな。ラビットでも仕留めてきたのか?」


「ハハ、それは見てのお楽しみさ。とりあえず最初に薬草を出すよ」


 そう言って俺はマジックバッグから薬草を出す。

 昨日よりは少ないがまずまずの量だ。


 買い取り所のおっちゃんは俺が取り出した薬草を検査していく。


「うむ、これといった傷みもなく良い薬草だ。今は注文量に対して納品が少ないから本当に助かるよ。ところで別の素材とは何なんだ?」


「ああ、今出すよ。ちょっと大きいから中に入っていいか?」


「おう、構わないぞ」


 買い取り所のカウンターの脇からギルドが買い取った素材が保管されている広い場所に入っていく。カウンターに置けないような大きさの素材は直接買い取り所内の床に出すのだ。魔獣などはそこで専門の作業員達に解体されて細かい素材にされる。


 俺はおっちゃんの目の前にマジックバッグの中からさっき仕留めたブラッドベアーを取り出した。


 放り出されたブラッドベアーの巨体は『ズシン』と音を立てて床に横たわる。


 俺の目の前には無造作に床に放り出されたその素材を見て驚き、大きく目を見張るおっちゃんの姿がそこにあった。ふと周りを見渡すと、ズシンという大きな地響き音を聞きつけた冒険者達が一斉にこちらを振り返って見ていた。


「エリオ、これはブラッドベアーじゃないか! まさかおまえがコイツを仕留めてきたのか?」


「ああ、詳しい経緯は言わないが俺が仕留めたんだ」


 コルとマナがコイツをどこからか連れてきてしまったので、仕方なく戦う羽目になったんだけどな。待機している二匹を眺めると、なぜかどうだとばかりに胸を張っているように見えるがきっと気のせいだろう。


「おい、本当かよ? 薬草拾いのエリオがブラッドベアーを仕留めてきたなんてよ」

「あれはどこからどう見てもブラッドベアーで間違いない」

「俺達なんかソロで出会ったら一目散に逃げるような強い魔獣だぞ」

「おいおい、本当にアイツが倒したのか?」

「でも、アイツの服の左腕を見てみろよ。爪でバッサリと引き裂かれてるぜ。あの破れ方はあの魔獣と戦った証拠だ」


 遠くから冒険者達の囁き声が聞こえてくる。

 確かに今までの俺の実力ならあっさり死んでいてもおかしくないからな。

 俺を疑う気持ちもわからないではない。


 だけど、今の俺は以前の弱かった頃の俺とは違うんだ。


「そ、そうか。査定するからちょっと待っていてくれ。これだけの大物だから良い査定額になるはずだ」


 おっちゃんが査定している間に俺がブラッドベアーを倒したという情報はほぼギルド内に伝わったようでざわざわとした喧騒がそこかしこで起こっていた。


 査定が終わるまで手持ち無沙汰の俺は、買い取り所の横にある待機所の腰掛けに座って暫く待つ事にした。コルとマナを呼び。屈みながらその綺麗な毛並みをワシャワシャと撫でつける。俺の手で撫でられて気持ち良さそうな顔をしているコルとマナを眺めるのは至福の時間だ。


『わうー』『わうーん』


 うん、二匹とも可愛いぞ。


 思えば経緯はどうであれ、コイツらが宝玉を見つけて来てくれたおかげで俺はブラッドベアーという強い魔獣を倒す事が出来たのだからな。感謝してもしきれないくらいだ。うだつの上がらない底辺の俺にはあの宝玉は何よりも飛び切りのプレゼントだったからね。


「おい、査定が終わったぞ」


 ふと気がつくと、買い取り所のおっちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 どうやら査定が終了したようだ。


 おっちゃんに呼ばれて買い取り所のカウンターに行くと、台の上には布の袋が置いてある。ギルドから支給される素材の買い取り金だ。


「薬草は特別買取り期間でいつもより買い取り額が多いのは別にして、ブラッドベアーの方は結構な査定額になったぞ。丁度素材依頼が出ていたところだったからな、中身を確かめてくれ」


 袋の口を周りに見えないように少し開け中身を確かめる。

 それは俺が今までの活動の一回の査定で見た事もないような金額が入っていた。

 比較するなら俺の平均的な一月分の稼ぎを余裕で簡単に上回る金額だった。


 少し驚き、そして満足した俺はその袋をマジックバッグに入れて仕舞う。


 今日はもうギルドでの用は済んだ。

 さて、久しぶりに奮発して旨い飯でも食おうかな。


 おっちゃんに片手を上げて挨拶してカウンターを離れ、ギルドを出ようと扉に向かおうとしたその時、ギルドの奥から俺に向かって誰かから声がかけられた。


「おい、ちょっと待ちな。おまえがこのブラッドベアーをソロで仕留めた奴か?」


 声がした方へ振り返ると、そこにはギルド職員で冒険者のランクアップの審査を担当している教官役のドイルさんが、俺に向かってこっちに来いと手招きをしていた。

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