第12話 決着
剣を構え相手の動きをよく見る。
ブラッドベアーは俺の前で立ち上がりながらその手の先に生えた凶悪な長い爪で俺を引き裂こうと思い切り腕を振り回してきた。
緊張で体がカチコチに硬くなっていた俺はその攻撃を完全には躱しきれずに左腕に浅く爪撃を食らってしまう。
「痛つっっ!」
爪の攻撃で服が裂かれた左腕を見ると長い筋状になった爪痕から血が流れてきた。気が高ぶっているので痛みはまだそれ程でもないが、このままではまずい。回復薬の瓶を取り出したいが、ブラッドベアーは既に次の攻撃の予備動作に入っていた。
今度は左腕を振り回しての強烈な打撃攻撃だ。
太い腕と大きな手の重量の勢いある攻撃を防御せずに体にまともに食らったらきっと骨が砕けるだろうな。
だけど、最初に一撃を食らった俺は自分の腕から流れる血を見て少し焦ったが、今は若干冷静さを取り戻してきていた。その攻撃を上体を後ろに逸らす事によって受け流した。それは意識せずに自然と出来た動作だった。
空振りした勢いで相手は体勢を崩し、そのおかげで俺は少し下がって距離を取れた。
だが、回復薬の瓶を取り出している手間暇の時間が惜しい。
その間も敵は攻撃をするのを待ってくれる訳でもない。
とりあえずこの傷さえ治せれば両手でしっかりと剣が持てるのにな。
そうだ、思い出した。
俺には聖魔法があったんだ。
自分に向かって『ヒール』と唱える。
淡く白い光が俺を包み、腕の傷が徐々に元通りの肌に再生されていく。
爪撃による筋状の傷は塞がり痛みも取れていた。
傷が治って元通りになり、すっかり冷静さを取り戻してきた俺は最初に遭遇した時とは違って落ち着いて対処出来ていた。
「今度は俺の番だ!」
両手に剣を持ち直した俺はブラッドベアーの攻撃を体を右に移動させてヒラリと躱す。攻撃のスピードは速いが俺の上昇した身体能力なら普通にそれを見切れて躱せたのだ。
その事実を動作として確認出来た俺は胸の内で確信する。
大丈夫だ、俺ならコイツを倒せる!
俺に身に付いた身体能力の裏付けがコイツを倒せると、冷静さを取り戻した心に後押しをしている。軽く深呼吸をして剣を構え、ブラッドベアーを見据える。
体勢を立て直したブラッドベアーは怒り狂い咆哮を上げ俺に向かってまた攻撃してきた。だが、剣術レベル5を取得した俺の体はその攻撃を最小の体捌きで受け流し、振り向きざまに持っていた剣をブラッドベアーに向けて鋭く一閃した。
首筋から肩にかけて斬り込んだ剣筋は致命傷まではいかなかったが、深く食い込みブラッドベアーを崩れさせるには充分だった。剣の振り方、角度、体勢、速さ、力の入れ方など剣術レベル5のスキルがその威力をくまなく発揮してくれたようだ。
「ハアァァァアッ!」
勢いよくドドーンと地面に倒れるブラッドベアーを見下ろしながら俺は飛び上がり、剣を下に向け首筋に深く突き刺したのだった。
そして断末魔の悲鳴さえ上げられずに、ブラッドベアーは俺の剣に命を奪われてただの骸になったのだった。
ふう、やっと終わった。目の前に横たわるブラッドベアーの亡骸を見ながら俺は安堵の息を吐いた。何とEランクの底辺の俺がこんな強い魔獣をソロで倒してしまったぞ。最初にコイツと対峙した時には緊張のあまり体の動きもちぐはぐで硬く、爪撃で腕を引き裂かれた時は冗談でなく死が目前に迫っていた。
つい先日までの俺なら、とてもじゃないが討伐するどころか逆に返り討ちにあって簡単に倒されて命を失っていただろう。
これも宝玉から得たスキルの恩恵なのは間違いない。戦いが終わって周りを見渡すと、俺の後方でコルとマナがお座りの体勢でこちらを見ながら待っていた。
ん、待てよ。
そういや、このブラッドベアーはコルとマナが俺のところに連れてきたんだっけ。
俺がこんな目に遭ったのはおまえらのせいか!
まあ、いい。
コイツらも悪気があって連れて来た訳じゃないだろうしな。
でも…この魔獣を引き連れて来た時のコルとマナは嬉しそうに笑いながら走ってきてたよな。
まさか確信犯じゃないだろうな?
「おい、コル、マナ。おまえら奥で出会った魔獣を俺に引っ張ってきて押し付けたんじゃないだろうな?」
じっとコルとマナを見つめていると、二匹とも顔を横に向け目を逸しやがった。
全く、どうしようもない奴らだ。まあ、何とか無事に勝てたし許してやろう。
さて、この横たわっている大きなブラッドベアーをどうしようか。
とりあえず血抜きだけしてそのままマジックバッグに入れて持って帰ろう。
薬草採取は途中だったから、容量的にバッグにはまだ十分余裕があるはずだ。
俺はブラッドベアーの血抜きをしてマジックバッグに放り込んでおく。
一息ついてさっきの戦いを思い出す。急な事で最初は驚いてあたふたしてしまったが、相手の爪撃を受けて傷ついた事によって逆に冷静さを取り戻していったっけ。
よく見ていけば相手の動きも読めたし体も俺の思考に即座に反応出来ていた。
それはまるで熟練の剣使いのように意識せずに自然に体が動いているような感覚だった。また、全ての動作において身体能力や動体視力が俺の思考による動きの要求に遅れずに着いてきていた。でも、俺の感覚ではまだ全力を出しきれてはいない。
これが剣術レベル5の力なのか。
俺は一気に強い力を手に入れてしまったようだ。
課題といえば、まだ経験が足りない事だろう。
まあいいさ、徐々に慣れていこう。
「コル、マナ。今日の薬草採取はこれで終わりだ。少し早いが街へ帰るぞ」
『『ワウ!』』
汚れてしまった地面に土を被せ、コルとマナに声をかけ俺は街へと帰るのだった。
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