第2話 流れの行商人
ガンツ達が出ていった後、周りの連中もクスクスと笑いながら散らばっていった。
俺はいつものように掲示板を眺めるが、Eランクの俺に出来るような依頼はそれこそガンツ達が言ってたように常時依頼の薬草集めやラビットなどの俺でも何とか倒せるような弱い低級魔獣の討伐、それに荷役作業や土木作業などの単純な力仕事だ。
それらは駆け出しの初級冒険者か、俺みたいな落ちこぼれの為にあるような依頼で下っ端の雑魚がやる代名詞のような依頼だった。
なぜ、俺が上のランクに上がれず落ちこぼれ冒険者なのか……
その理由はというと、俺にはどういう訳かスキルや魔法がまともに身につかないからだ。
俺に備わっているスキルは剣術レベル1だけ。
あり得ないと思うかもしれないが、本当にそれだけなんだよ。
ギルドで訓練しても、低級とはいえ魔物を倒しても、俺には他の連中のように武術や魔法のスキルが身につかないばかりか、ようやく取得出来た剣術スキルもレベルが上がる気配をまるで見せていない。
また、才能の問題なのか魔法自体を覚えるのは自力ではほぼ不可能そうだ。
スキルや魔法に詳しい人に相談してみたが諦めた方がよいのではと言われた。
この世界はスキルや称号があるかないかが一番重要な要素で、またスキルのレベルの高低の差が即ち実力の差になっている。スキルレベルが一つでも違うだけで個人能力に大きな差が出るのだ。
こんなお荷物で底辺の俺とパーティーを組んでくれる酔狂な冒険者などは当然いるはずもなく、俺は仕方なくずっとソロで活動している。お荷物でしかない俺など、一緒に依頼を受けないかと誘っても見向きもされないどころか追い払われて邪魔者扱いだ。
さっき俺に絡んできたガンツと俺はほぼ同時期に冒険者になったのだが、あいつはDランクで一方の俺はEランクと、ランクの価値からいえば一つのランク差以上の差が出来てしまっている。
だが、一発逆転の可能性もない訳ではない。この世界には《宝玉》と呼ばれる玉の存在があり、その宝玉からは称号やスキル、魔法、特別な効果などを取得出来るという代物で誰も彼もが欲しがる垂涎の的の宝玉なのだ。
その玉がどういう経緯でこの世界に存在するのかは誰も解明した者はいない。
それこそ神のみぞ知るという訳だな。
平凡な人間の通常の鍛錬ではスキルも魔法もレベルが5くらいで頭打ちになると言われていて、自力ではそれ以上には上がりにくくなり、それ以上に上がるには持って生まれた特別な素質がないと難しいと言われている。レベル5以上の技能を持つものはこの辺境の街ではほとんど見かけない。
魔法は強力だが個人が使用出来る魔力量には限度があるので通常は使用出来る回数が極端に少ない。たった一回だけの発動で終了というのが普通なのだ。魔法職は貴重だが持っている人がごく少数で、戦闘ではそういった事情からあまりにも使えないパターンが多いので、この世界は回復魔法以外は武術スキルの方が重要視されている。
世間的にはスキルや魔法はレベル10が上限と言われており、そこまで極めている人は余程の素質の持ち主だけが到達出来るもので極端に少ないと言われている。ただ、称号の効果などで実質的に上限を突破出来るらしい。
しかし、《宝玉》でもレアな宝玉からは高レベルの技能や魔法が訓練や学習をしなくても直接取得出来て身に付くので、それらの宝玉は見つけた者がスキルや魔法を取得して一気に強くなったり、見つけた本人がそれを使用しない場合は商会関係を通して密かに取引されているらしい。スキルや魔法が上限レベルに達してる連中は元々特別な資質の持ち主か、この玉の恩恵を受けた者達ではないかという噂だ。
宝玉が見つかる場所はランダムで畑の中や道端で発見される場合もあるが、称号やレベル6以上の技能や魔法が封印されたレアな宝玉などは極めて希少でほとんど見つからないのが現状だった。
だからこそ世間では超レアな玉の代名詞として幻の宝玉と名付けられ、特に高レベルの玉は《幻宝玉》と呼ばれている。
勿論、そもそも俺みたいな底辺冒険者には探す術もないし、お金もないから仮に売っていても値段的に買えるとも思えないし、今は縁もゆかりもない代物だけどね。レベルの低い宝玉ならたまに見つかるようだから、もしかしたら単純に見過ごしてるだけなのかもしれないが。
さて、改めて掲示板を眺めて今日の仕事になるような依頼があるか確認していく。
薬草採取は常時依頼でいつでもギルドが決まった金額で買い取ってくれるから、こんな俺でも一応暮らしていける。ガンツには薬草拾いだなんて馬鹿にされているが、上級薬の材料になる薬草の確保は底辺冒険者の仕事とはいえ、その材料を薬師が上級回復薬に加工して大きな街や必要とされている場所に持っていけば需要が大きいのだ。
気を取り直して俺は掲示板をもう一度眺めてみたが、俺でも受けられるようなこれといって目ぼしい依頼はないようだ。仕方なくいつもの薬草採取に向かうことにした。
このダムドの街は一歩外に出ると、緑豊かな森や草原など雄大な自然が大きく広がっていて山もあり街道を分岐して横へ向かう道は隣の国へ繋がっているが、はっきり言えば辺境の何もない田舎だということだ。
早速、街近くの森の中に踏み入り何ヶ所か記憶に入れてある薬草の生えている群生地で俺はせっせと薬草集めを開始した。ここらへんは滅多に魔獣が出ない安全な場所だ。慣れたものでどれがどの薬草なのかは大体わかっているつもりだ。
黙々と作業を続けていると、いつの間にか結構な時間が経過していたようだ。
「ふー、こんなもんだろう」
一日の稼ぎとしては必要十分な量の薬草を採取したので街へと戻ることにした。
街の中へ入り冒険者ギルドに向かい、素材買取所で査定をしてもらう。
買い取り所のおっちゃんとは顔なじみだ。
「おう、エリオ。今日も薬草を持ってきたのか」
「ああ、いつものやつだ。買取をお願いしたい」
俺はマジックバッグから取り出した薬草をカウンターの上に置いた。
「ちょっと待ってな」
そう言っておっちゃんは俺から渡された薬草の束の検品していく。
「うん、相変わらず採取の仕方も上手いし品質も申し分ないぞ」
おっちゃんは金庫からお金を出して俺に渡してくれる。
「全部で1万Gだな。エリオの持ってくる薬草は品質が良いので助かってる。また頼むぜ」
俺はお金を受け取りマジックバッグの中に仕舞う。
稼ぎは少ないが、独り者だから少しずつ蓄えながら何とか暮らしていけてる。
一応俺も亡くなった親父から受け継いだ貴重なマジックバッグを持っているが、容量はそこそこあってそれなりの量は持ち運べる。
まあ、ここで愚痴っても仕方ない。
金を受け取った俺はギルドを出て自宅へと歩いていく。
すると自宅への道すがら、いつもは見かけない露店が通り道にあるのを見つけた。
何となく興味を惹かれた俺はその露店に寄ってみることにした。
「やあ、いつもは見かけない店だが何を売ってるんだい?」
露店の店主は俺がこの街で見かけたことがない初老に近い男だった。
「おや、お客さんか。わしは見た通り流れの行商人だ。本来の仕事は他にあるのだが、今は旅をしながら各地を見て回っているのさ。行商はそのついでで道楽でやってるようなものだ」
流れの行商人か。品揃えを見ると、布や服の他にも鍋や食器などの生活用品があって品物の質も良さそうだ。値段を聞いてみるとこの街の相場よりもかなり安い。このおっさんの言うように商売は道楽なのだろう。何か買ってみるか。俺は家にある傷んできた古い鍋を思い出し鍋を一つ購入した。
「毎度あり。買ってくれてありがとうよ」
「こっちこそいい買い物が出来たよ」
「ところでおまえさん。なかなか見所がありそうな冒険者のように見えるが名はなんというのだ?」
「俺の名前はエリオット・ガウディ。普段はエリオと名乗ってる。見所があるどころかランクはE級でそこから上に上がれない底辺の落ちこぼれだよ」
「ほう、姓があってガウディとな。それは本当か?」
「ああ、珍しい姓らしいけど俺も由来は全然知らないんだ」
「そうか、フフフ。まさかこの辺境の地でその姓を持つ人物に会えるとはな。この街に寄ったのは大正解のようだ。そうだ…ここで出会ったのも何か大きな意味があるのだろう。おまえさんにはこれをサービスでやろう。わしの秘蔵の品だ。嘘か真か知らないがスキルがなくても魔物や魔獣を手懐けられるという干し肉だ。前にひょんな事から偶然手に入れたのじゃが、選ばれた特別な資質がある者だけに効果があるらしく、試しにわしが使っても全く効果が無かった。わしに特別な資質がなかったのは少し残念だが、そういう訳でわしには必要のない物だからおまえさんに全部やるよ。気が向いたら試してみるといい」
そうおっさんは言うと、傍らに置いていた自分のマジックバッグの中から布包みを取り出した。
「何だよそれ。いかにも嘘臭くて眉唾ものじゃないか?」
「ワハハ。嘘か真かは別にしてとりあえずサービスじゃから遠慮せずに受け取っておけ。そもそもわしが使ったところでまるで効果がなかったしの。わしが持っていても意味がないのだ」
半ば押し付けられるような形でその干し肉をおっさんから受け取った俺は仕方なくバッグの中に放り込んだ。
「わしの勘だが、おまえさんは見込みがありそうじゃからこの先どうなるのか楽しみだ」
「ハハハ、そいつは目利き違いだよ。俺は底辺で落ちこぼれのエリオさ」
「ワハハ。確かに今はそうじゃろうな。だが、おまえさんが持つガウディの姓が本物ならば、もしかしたらそのうち希望の光が見えるやもしれんぞ」
「そうなったら嬉しいけどね」
「フフフ、わしの名はロイズだ。ロイズ・ガルニエだ。ここだけの話だからわしの名は他言無用ぞ。ハハハ、わしは事情があってそろそろ故郷に帰らなくてはいけないが、何となくおまえさんとはまたどこかで会える気がするのう」
そんなセリフを聞きながら俺は流れの行商人に手を振り、その場を後にして自宅への帰途に就いたのだった。
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