第3話 うっかり『野良犬』を手懐ける
数日後、いつものように目が覚めた俺は、裏にある共同井戸で顔を洗って朝食の準備をする。パンとキノコベースのスープだ。
スープを温め皿に盛り、固いパンをスープに浸しながら食べていく。
パンにキノコの旨味が染み込んで旨い。
食べ終わったら食器を片付け、ギルドに向かうために服を着替える。
バッグを担ぎ、家の戸締まりをして出発だ。
今日は朝から晴れていい天気だ。
このダムドの街は田舎で大した産業がないので人口はそれほど多くなく、それに比例して冒険者の数もそれなりの数しかいない。高ランクの冒険者は一つ山を越えた東隣の国へ行く者が多い。
俺も冒険者になりたての頃は、いつかは高ランク冒険者になるんだと淡い期待を抱いていたけどね。まさか、スキルや魔法が覚えられずに底辺の落ちこぼれ冒険者のまま燻り続けるなんて思ってもいなかったよ。
暫く歩いていくと見慣れた冒険者ギルドの建物が見えてきた。
扉を開けて建物の中に入っていく。俺の姿をチラッと眺める奴はいるけど、ガンツのように口に出してからかってくる奴は今日はいないようだ。
そもそも、基本的に皆は俺みたいな落ちこぼれ冒険者にはそれほど関心がある訳でもなく、普段は雑魚がうろうろしているな程度にしか感じていないのだった。
早速、依頼が貼り出されている掲示板の前まで行き、何か良さそうな依頼はないものかと物色していたら、上級回復薬の材料になる薬草の臨時大量採取依頼があった。
その薬草は常時依頼の対象だが、今回は臨時採取依頼ということで普段よりも報酬が高くなっている。
「おっ、これは願ってもない依頼だな」
常時依頼と同じで、依頼票は剥がさずにそのまま採取した薬草を一人あたり一定量まで上乗せ報酬で買い取りをしてくれるらしいので、俺はすぐに薬草採取に向かうことにした。
上級回復薬に使用する薬草はちょっと特殊で、街からは離れたところに生えているが、今までの経験でほとんど魔物が出ない秘密の群生場所を知っているから俺のランクでも危険性は低いので大丈夫だ。
ダムドの街を出て山のある方角に向かって草原の中を通る道を進んでいく。
目的の薬草が生えている場所までの道のりを歩いていく俺は、ある地点に来てから周りに誰も居ないのを確認して途中から山に分け入っていく。
「確かこの辺りだったはずだ」
周囲を注意深く観察しながら薬草を探していく。
すると、木々の間にギルドの依頼にあった薬草が群生しているのを発見した。以前も採取したことがある場所で、暫く行かなかった間にまた薬草が元のようにみっしりと群生していた。
「おっ、あったあった」
喜び勇んで薬草を摘みまくる。
なんてったってギルドの買い取り推奨期間だからね。
薬草がお金に見えてくる。
束にして紐で縛り、マジックバッグに薬草を詰め込んでいく。
途中、昼食休憩を挟んでまた摘んでいくとかなりの量が採れたので今日の採取はここまでにしておこう。まだまだ摘みきれないほどたくさん残ってるから明日また来ればいいや。
買取額はいくらくらいになるのだろうと考えるだけで自然に笑みが出てくる…
だが、多くの薬草を摘めたことに喜んで、つい気が緩んでた俺はその生き物の接近に全く気がつかなかったのだった。
『ワウッ!』
その吠え声に飛び上がらんばかりに驚いた俺が振り向くと、そこには狼のような犬が俺のすぐそばにいてこちらを見上げていた。
慌てた俺は背中に背負っていた鞘から剣を引き抜き構える。
その狼のような犬に襲われると思ったからだ。
取り出した大剣は親父の形見で無骨だが切れ味の良い剣だ。しかし、その犬は俺を襲う素振りも見せずに同じ場所に佇んだまま俺を見上げてじっと俺の顔を見つめている。
「おまえ、もしかして群れからはぐれた野良犬なのか?」
警戒しながらもその姿を観察していく。
見た目は狼犬という感じかな。
今のところ、大人しくしてるし俺を襲ってくる気配はなさそうだ。
すると、口を開けて何か食べ物はないかという目で俺を見つめてきた。
「おまえ、もしかしてお腹が空いているのか? でもな、さっき昼飯は食べたばかりだしおまえにやれるような物は残ってないんだ。ごめんな」
可哀想だが、コイツが食べられるような食べ物は今の俺には持ち合わせがない。
いや、待てよ。確か入れっぱなしの干し肉のような物があったような気が…
俺はバッグの中を探して布の包みに包まれた干し肉を見つけ、その中から一枚を目の前の狼犬の野良犬に差し出した。
「ほら、これをやるから食べ終えたらあっちへ行け」
目の前に干し肉を差し出された野良犬は口を大きく開けてその肉を口に入れ、美味しそうに噛んでゴクリと飲み込んだ。その瞬間、野良犬の身体が白く光って俺の額と野良犬の額が光の筋で結ばれた。徐々にその光も薄れて野良犬が俺の前で尻尾を大きく振りながらぐるぐると回り始めた。
「あっ、そういえば食べさせた干し肉って行商人のおっさんに貰ったやつだったっけ。確か、どんな魔物や魔獣でも手懐けられるとかあのおっさんは胡散臭いことを言ってたけど、うっかり野良犬なんかにあげちゃったぞ…」
『ウオン!』
大喜びの野良犬が俺に尻尾をブンブンと振りながら飛びついてきた。
俺は自分の身体から野良犬を離そうとするが、思いっきり懐かれてしまったのか俺から離れてくれない。体高は俺の腰下くらいで立派な毛並みが綺麗で素晴らしいな。
あっちに行けと追い払おうとしてもコイツ俺から離れないぞ。
「まいったな…これってもしかしてこの野良犬に懐かれちゃったかもしれないな」
仕方なく俺は纏わりつく野良犬のフサフサとした毛並みをわしゃわしゃと撫でてあげると、野良犬は心地良さそうな顔で目を細めて俺を見上げていた。
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