エムルのドM教

 俺達が魔王の元に戻るとエムルはすぐ出かけて行った。

 エムルが居なくなった瞬間魔王が相談を持ち掛けてきた。


「ウイン、頼みがある」

「それはエムルの件か?それともそれ以外の件か?」


「……エムルの件だ」

「今孤児院の腐敗を根絶したばかりだ。今日はいいんじゃないか?」

 そのやり取りを聞いていた文官が集まってきた。


 文官が縋るような目で俺に書類の束を差し出した。

 書類が分厚いとも思ったが、最初の1枚に要約されたまとめが載っており、読みやすかった。

 読みやすく整理された文書。

 だがその事が俺の危機感を煽る。


 最初の1ページ目を読んで、俺のやる気が下がってきた。

「エムルのドM教圧力団体の弊害について、やる気が無くなってきた」


 その瞬間文官に囲まれる。


「お願いします!解決できるのはウイン様だけです!」

「エムル様のバックに居るドM教のせいで!我ら文官は不眠不休に追い込まれています!」

「まだこの国の制度が整っていない脆弱性をついて、政治テロを仕掛けてくるのです!」


「ドM教を潰そうとこちらが動けば、政治の穴をついて、合法的な迷惑行為を繰り返し、更に国民を先導し我らのリソースを割かせてくるのです!普通に夜眠れる生活をしたいんです!」


 エムルのドM教か。

 厄介だ。

 ドMの強さはエムルが実証済みだ。


 叩いてもゾンビのように起き上がり、何度も何度も何度も懲りずに何かを仕掛けてくる。

 エムルみたいなやつが集団で何かを仕掛けてくるのか!


 汗が噴き出る。

「ウイン、私も同行する。全力で解決したいのだ」


 文官が叫ぶ。

「序列1位と2位が動く!」

「ついに歴史が変わる!」

「山が動いたな!」


「いや、まだ解決してないからな。分かった。すぐ行こう」


 そこに斥候が現れる。

「ドM教の集会が開かれています。今すぐご決断を!」


 もう奴らの扱いはテロリストと同じだ。

 奴らを放置すれば国家転覆の恐れがあるかもしれない。





【エムル視点】


 一見普通に見える民家の地下室にろうそくが立てられ、丸いテーブルに座る皆の影をゆらゆらと揺らす。


 座る8名全員が女性で、その内5名がエムルと同じ羊の角を生やしていた。

 その中には孤児院の院長であるエムリアも居る。


「それでは会議を始めるよ。みんなの報告を聞きたいんだ」


 エムリアから時計回りに報告を開始する。

「孤児院の子供にSを感じる子は居るわあ。でも、『人を傷つけてはいけない』という常識が根強いのと、今日監視が強化されたから、ドS育成計画はむずかしいと思うわ」


 エムリアの報告で皆騒がしくなる。

「希望が潰されようとしているのね」

「10年後の希望の種が!」


「皆、落ち着くんだ」

 エムルの発言で皆が黙る。


「その為の8M会だよ。1つの柱が折られても残り7つの柱を育てれば良いのさ。僕らに代表は居ない。1つの柱を潰しても残りが動き続けるんだ。僕ら8幹部が潰えない限り8M会は永遠に不滅だよ」


 皆に安堵の表情が戻る。

「エムリア、君は根気強く活動を続けて欲しいんだ。軽蔑され、白い目で見られながら国の目を引き付けて欲しいんだよ」

「ふふふふふ、大好物よ~。毎日つづけるわあ」


「幸いエムリアは優秀で簡単に首は切れないはずさ。エムリアは経営者としても回復魔法使いとしても、肝心な子供の世話もすべて優秀だからね。言う事を聞かない子供達に根気強く向き合う姿を見て、エムリアを簡単に首にはできないはずさ」


 エムリアは振り回され系のMなのだ。

 言う事を聞かない子供達を相手にして幸せを感じるが、その姿は周りから見て聖女の愛のようにも映る。

 もちろんエムリアは子供が好きだが、それ以上に振り回されるのが好きなのだ。

 睡眠時間を削って子供に尽くすエムリアを首にする事は難しい。


 エムリアは孤児院の委員長として優秀なのだ。


 



 その後報告は続く。

 SMクラブの開店を潰された件。

 婚姻時の女性の奴隷化を推進し潰された件。

 様々な案件が進められていた。


 大量の仕事を仕掛け、その中に紛れ込ませるように仕掛けられたドM

法律のトラップを何とか潰しつつ政治を行う魔王の優秀さがこの国を救っていた。


 最後に残った女性とエムルの番になると部屋の空気が引き締まる。


「皆、今回の目玉だよ」

 エムルの合図で1冊の本が取り出された。

 

「ついに完成したのですね!」

「ああ、そうさ。これを写本してみんなに配るよ。更に2冊目3冊目と」

 バッキャアアア!


 部屋の扉がウインによって壊される。

「おい!その本を見せろ!」


「やあ、ウインじゃないか。そんなに慌てなくてもいいんだよ」

「話を逸らすな」


 ウインは本棚にある本を取り、ぺらぺらとめくる。

「なん、だ?俺の魔道カメラの写真か?」

「そうだよ。きれいに撮れているだろ?」

「だが、俺が怒っている写真が多い。それに魔物を踏みつけている写真と、エムルを投げ飛ばしている写真か。良く撮れたな。いや、それは良いが、その持っている本を渡してくれ」


「本なら本棚にたくさんあるんだよ」

「おい!良いからよこせ!」


 ウインの怒りで全員が色っぽい吐息をこぼす。

「これが真のドS!」

「違う!」


「さ、さすがだよ!」

 女性の1人が魔道カメラを向けて写真を撮り始めた。

「おい!撮るな!」

 魔道カメラを奪い取って破壊する。


「こいつら!話が進まない!」

 ウインが私の本を奪い取った。


「何だ、漫画か……これ、俺か?」

「何がだい?」

「この男爵令嬢に精神魔法をかけて弱みを握って支配しているのは俺か?」


「この本は空想の人物と空想の物語だよ」




【ウイン視点】


「アウトだな!魔王!特殊部隊を呼べ!」


 外に控えていた魔王が光魔法を上に打ち上げる。

 打ち上げ花火のように轟音と光が発せられ、斥候部隊が集まってきた。


 エムル以外はあっという間に捕まった。

 いや、地面に押さえつけられて顔を赤くし、息を荒くする者が多い。


 が何故かエムルだけは抵抗を続けた。

「僕を捕らえるならウインにお願いするよ!」

 俺はエムルを捕まえると、一切抵抗せず、エムルが俺に身を任せた。

 左わきに抱えられたまま、子猫のようにおとなしい。


 斥候により証拠の本が没収される。

「悪事の証拠は見つかったか?」


「いえ、それが、その」

 女性の斥候が顔を赤くする。

「ん?どうした?」


「卑猥な漫画が多く、悪事の証拠はありませんでした」

 斥候の女性が悲痛な叫びをあげる。

 

 卑猥な漫画だけではエムルの悪事を暴くことは出来ない。

 何か証拠は無いか?


「ウイン様!隠し部屋です!」

「すぐ行く」


 地下室の本棚を横にずらすと怪しい部屋が広がっており、製本工房になっていた。


「エムル、何を作ろうとしていた?」

「本さ」

「何の本か聞いているんだ」

「ウインが持っているその漫画さ。でも、漫画や空想の物語を作る権利はあるはずだよ。僕は何も悪事を働いていないんだ」


 俺は右手だけで大きめの本のページをぺらぺらとめくる。

「はあ、はあ、やっぱりウインは器用だね。その器用な手を僕の、むぐむぐ」

「黙れエムル!」

 俺はエムルの口を塞ぐ。


 この本の内容は偏っている。

 ドSな暴君が権力を持たないドMな男爵令嬢をひたすら弄ぶ内容だが、気になる点がいくつかある。

 この暴君は俺に似ているし、男爵令嬢はエムルに似ている。

 

「難しい顔をしてどうしたんだい?僕にお仕置きをするのかい?それともこのまま帰るのかい?」


 どちらに転んでもエムルの都合のいい展開だ。

 ……俺は第三の選択肢を選ぶ。







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