エムルの孤児院

 ベリーを見ていると俺とベリーの間にエムルが滑り込んできた。

「ウイン、それとベリーにもぜひ僕の孤児院を見学して欲しいんだ」


 俺は言われた瞬間に不吉なものを感じた。

 エムルの孤児院だと!

「エムルが孤児院を運営しているのか?」


「そうさ」


 こいつ頭は良いが、道徳的な感覚は大丈夫か?

 エムルの息がかかった孤児院で育った子供は幸福になるのか?

 汗が噴き出る。


 いや!大丈夫じゃない!

 魔王はエムルにうんざりしている。

 セイラは最近エムル避けが酷い。


 皆心が折れている。

 く!俺が!俺が言うしかないのか!

 負けるな!折れるな!俺!


 俺は自分を奮い立たせた。


 俺はエムルの肩に手を置いた。

「エムル、悪い事は言わない。担当を変わって貰え!今すぐにだ!担当をセイラに変えろ!子供の未来を奪うな!!」

 俺は最初の穏やかな口調から感情が入り、後半の口調は怒りを隠せなくなっていた。

 修行不足だ。


「その目、最高だよ。はあ、はあ!いつもその調子で頼むよ」


「わ、私は休憩するわ」

 そう言ってベリーが逃げようとするがエムルに抱きつかれて逃げ遅れる。


「ふふふふ、いいじゃないか。さあ、行こう。大丈夫さ。ウインも孤児院を見れば素晴らしさが分かるよ。見もせずに決めつけて判断するのは良くないよ。もっともそういうプレイならどしどし募集中だよ」

 ベリーは本気で嫌がっているが、そっとしておこう。

 今ベリーは何かをして気がまぎれる方が良い。

 そんな気がした。




「ルナは行かないのか?」

「わたくしは仕事ですの」

「だよな、王女の役割があるよな」


「セイラ!君も一緒に来るんだ!子供好きのセイラにはぜひ来てほしいんだ!」

 セイラも捕まった。

「ひ!ひーーーー!ウイン様!助けてください!」

 セイラの顔が引きつっている。


「エムルはしつこいからな。怒鳴ると喜ぶし」

「内政が忙しいなら孤児院に行ってきた後に僕も手伝うよ」


 周りにいた文官全員が瞬時に叫ぶ。

「「大丈夫です!問題ありません!気にせずセイラ様と行ってきてください!」」


 最高の連携かよ。

 一字一句同じ言葉を足並みを揃えて言ったぞ。

 裏で訓練しているとしか思えない。


 きっと文官はエムルの被害軽減プログラム的な暗黙のルール作りと日々の連携をかかさないのだろう。

 そうでなければこうも早くセイラを切り捨てる決断力が説明できない。


「セイラが切り捨てられたか。仕方ない。ベリーとセイラを連れて行こう」

「そんな!!私達は仲間のはず!」

 文官全員がセイラの言葉をなかったことにした挙句、セイラから目を逸らす。

 セイラはこの世の終わりのような顔をしていた。


「早く終わらせよう。セイラ、孤児院に行くまで何度でも付きまとわれるぞ。それとエムル、悪い部分があれば指摘するからな」


「指摘じゃなくて強引に僕を押し倒せばいいのさ」

 俺はベリーとセイラを両腕で抱えつつエムルの孤児院に向かった。

 もちろんエムルのおかしな発言はすべて無視した。



 ◇



 街の外れの孤児院に着くと、子供たちの声が聞こえる。

 孤児院の中や外で遊んでいる。


「そんな!普通過ぎます!エムル様が関わっているのに普通過ぎます!」

 セイラが慌てだす。

「セイラ、落ち着け。エムルの外面の良さは今に始まった事じゃない。問題は子供達への教育だ。建物なんかの目に見えるものだけで判断したら間違える」


「そ、その通りです!取り乱しました」

「ねえ、あまり気にしすぎじゃない?いくらエムルでも子供に変な事は教えないと思うわ」

「そのおかしい事をやりかねないのがエムルだ。気を抜いてはいけない。奴の頭のねじは何個も飛んでいる」


 そこに孤児院の中から人が出て来た。

 エムルと同じ種族か?

 角が同じだ。


 見た目がエムルと似ており、エムルを少し大人っぽくしたような外見で、エムルと同じようにほほ笑んでいる。

「孤児院の視察ですね?お待ちしてました。私は院長のエムリアです」


 エムリアが礼をする。

 今の所何一つおかしな部分は無い。

「エムリア、聞いておきたいんだが、エムルが責任者になっている事で困っていないか?もし希望があれば代わりにセイラや他の者を責任者にしたいと思っている」


「ふふふ、大丈夫です。子供たちは皆すくすくと育っていますよ」

 そこに3人の子供が走って来る。

「えむりあー!くーがころんだ!」

「いたいってないてる!」

 子供たちがエムリアの服を引っ張る。


「ほらほら~慌てたら駄目ですよ~。今行きますからね~」



 子供に引っ張られて孤児院の中に入ったエムリアは泣いている子供に回復魔法を使い、傷を治した。

「もう治りましたよ~」


 回復魔法まで使えるのか。

 エムリアは優秀だな。

 今の所悪い部分は一切見つからない。


「エムリアは孤児院だけじゃなく、貧乏な民にも無料で回復魔法を使っているのさ」

「やっぱりこの孤児院は問題無いんじゃない?」


 数人の子供がベリーをじっと見た。

 一番小さな男の子がベリーの指を差して大きめな声で言う。

「くっころおんなきし!」

「え?え?」


「しー!言っちゃダメ!本当の事言っちゃかわいそうでしょ!」

 年上の女の子が子供の口を塞ぐ。

「そうだよ!本当の事言っちゃかわいそう」

 子供たちが騒がしくなる。


 ベリーが固まる。

 ベリー、皆に親切にするその対応、いや、エムルと接する時の心構えを間違えたな。

 エムルには常日頃警戒して接するべきだった。

 さもなくば精神的ショックを受ける事になる。


 セイラはベリーがターゲットになった事でほっとした表情を浮かべた。

 男の子はセイラの事も指差しした。

「セイラ!くっころおんなきしで、しゅみははだかになることなんだよね。ぼくしってるよ」

「ちっがいます!!」


 問題が浮かび上がってきた。

 セイラは竜化する為に服を脱ぐが、情報が間違って伝わっているようだ。

 それに2人ともくっころ女騎士扱いされている。

 修正が必要だ。

 俺はエムルに目を向けた。


「はあ!はあ!どうしたんだい?今日のウインはいいね!射殺すようなその瞳。癖になりそうだよ!」

「……エムル、ベリーとセイラの情報が間違って伝わっているよな?」


「何一つ間違っていないよ。ベリーはウインにくっころ女騎士をされたがって」

 ベリーがエムルの口を塞ぐ。

「変な事言わないで!」


 エムルの言うくっころ女騎士の意味が分からないが、良い印象は受けない。

 エムルはベリーに解放されるとまた口を開く。


「それにセイラだって竜化する瞬間にウインに見られるのがたまらないはずだよ。想い人に生まれたままの姿を凝視される絶望感の先にある」

 今度はセイラがエムルの口を塞ぐ。

「変な事を言わないでください!」


「エムル、子供がいる前でそういう話は早いんじゃないか?」

「ふぉううおう」

 エムルは口を塞がれたまま何かを話すが何を言っているか分からない。

 

「ふふふふ、仲がいいんですね。でも~。ウイン様が人気なのは分かりますよ。私も立候補しちゃいたいくらいです」

 エムリアもマイペースすぎる。

 いや、危機感の欠落を感じた。


 その後エムルはセイラとベリーに両腕を抱えられたまま孤児院を出る。

 セイラとベリーの強い希望もあり、俺の権限でエムルは孤児院の責任者の任を解かれ、孤児院への出入りを禁止される事となった。


 まさか1日の視察だけで孤児院の責任者を解任するとは!

 自分でやっておいてあれだが斜め上の結末だった。

 流石エムル!








 


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