第9話 突然振りかざした彼女の憎悪は僕と同じで…

 僕の不必要な発言のせいで、リスタニアさんの動きが停止してしまう。

 僕の目の前で大きく瞳を開いたリスタニアさん。我関せずと空気のように佇むステラ。やってしまったと顔をしかめた僕に対し、イクイアスは「話を続けろ」とサインを送ってくるのだが…

 正直僕は、そのサインに応えるべきか迷ってしまっていたのだった。


―★☆To Make for World Peaceful☆★―


「…あ、ああ。えーと―――」


 言葉が詰まる。

 口から出すべき選択肢みたいな言葉の数々は膨大な程浮かぶのに、音となって出せる言葉は詰まるような単音ばかりで、しどろもどろに動かす身体も足先も、人の居ない出口へと無意識に照準を定めてしまう。

 逃げ出したい。居なくなりたい。

 膨れる気持ちはどれも自己を否定し続けるばかりで、目の端で捉えたリスタニアさんの驚愕した表情は、やはり自分の異常性を再認識させてしまう…。


 トラルは顔を強張らせた後、他人から目を反らす様にして俯く。


「トラル!!」


「…?」


 トラルが俯いたとほぼ同時にイクイアスはトラルの名前を呼ぶ。場を切り裂くと言っていい程の声の大きさに、トラルは体を一度ビクつかせた後、ゆっくりとイクイアスに顔を合わせた。


「そんなに気にするな! 俺がいる!! 続けて大丈夫だ!!」


 イクイアスはトラルに笑顔を向けると、親指で自身の胸の辺りを何度も指し示しアピールする。


「………」


 トラルはイクイアスの顔を無言で見つめ続ける。


 相変わらずイクイアスの声は大き過ぎる。

 場の雰囲気、相手の事などお構いなしの大音量は耳を閉じていても、僕の体を震わせるほどに響いてくる。場違いの大声だが、彼の言いたい事、伝えたいことも確かに分かる。ゆっくりと顔を上げた僕に向ける親指のハンドサインも、彼自身への自信の表れと同時に、そんな自分がお前には付いていると言う事を強調して教えてくる。

 

 トラルは少しばかり間を空けた後、覚悟を決めた様に一度頷くとリスタニアに顔を合わせたのだった。


「――あ、あの。ぼ、僕は…人を見ていると、あ、頭にその人のが浮かぶ事があって、それで浮かんだ言葉の中から必死で綺麗な言葉を一つ選んだだけで。…す、すみません。分かりにくいですよね、変な事言って―――」


 僕なりの必死な弁解にも似た説明。

 僕の事を初対面の人に完全に理解してもらうのは無理な事だろう。

 話し方が下手、言葉足らず、隠そうとする悪癖。色々あるけど…

 なによりに伝えても、正直僕の事は分からないと思う。

 だけど――

 自分なりに自分の事を伝えようとはしてみたんだ。


 リスタニアは落ち着きなく視線を動かしながらも、必死に自分に何かを伝えてこようとしたトラルの気持ちを感じ取ったのか、少しばかり考えこむようにして瞳を閉じる。


「…リスティ?」 


「リスタニア、どうした? 俺はお前らの過去の事など、何一つトラルに教えてないからな」


 不思議そうに自身の名前を呼ぶステラの声。対照的に少し意地悪そうな物言いをしてくるユニの声。二人の声が聞こえた後、リスタニアは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと自身の瞼を開く。


「…ユニちゃん。……あなたから、多少話は聞いていた」


 ゆっくりと顔を合わせてきたリスタニアの狼狽するような表情に、なぜだかユニは嬉しそうに自身の口角を緩めると得意げに鼻から息を漏らす。


「フンッ。そうだな。少しだけ伝えたな。トラルなら――」


 ユニは親指を鳴らすと、リスタニアを指差す。


「――と」


 こうなる事が予想できていたかのようなユニの振舞いに、リスタニアは狼狽える様に片手で自身の額を抑えると前髪を掻き揚げる。


「えぇ、そうね。確かにそう聞いた。…でもね―――」


 リスタニアは少し俯き加減で息を吐きながら頭を左右に揺する。そして、少しだけ間を空けるようにして息を吸い込んだ後、手のひらを返し、勢いよく両腕を下に向けて振ると、ユニに顔を向けた。


「―――!」


 リスタニアは片方の口角を引き攣らせ苦笑いを見せる。焦りを隠しきれないリスタニアだが、その笑みを向ける先のユニは、場違いな程に大口を開けて笑いだす。


「――はっはっは、良かったなー!! リスタニア!!」


「なっ! 何が良いのよっ!」


「たまには驚いた方が良いだろう」


「…あっなたねー…」


 ユニの他人事のような平然と落ち着き払った物言いに、リスタニアは呆れたように再度苦笑いを返す。


「…ったく、聞きしに勝るとは言うけど…、私は仮にも5大欲求の魔女よ。…とんでもない話なのよ」


「凄いだろ。トラルは凄いんだ。…だから――」


 ユニは会話を交わしながらリスタニアにゆっくりと近付く。微笑みながら近付くユニだったが手の届く距離になると、リスタニアを真剣な眼差しで見つめる。


「――俺が理由も告げずに引き摺り出した」


「………」


「…この先は、かなり厳しい。それは俺も分かっている。…無理やり巻き込むなんて酷い話だ。でも――」


 ユニは両腕を組むと、リスタニアから視線を外してトラルを見つめる。

 

「――俺はどうしても、あいつに。トラルに力を借りたかったんだよ」


「…ユニちゃん」


 ユニは愁いを帯びたような瞳でトラルを見つめ、微笑む。

 伏し目がちに微笑むユニを見て、リスタニアはトーンの落ちた声で名前を呼ぶと、悲しそうに目尻を垂らすのだった。

 

 トラルは二人のやり取りを静観するように見つめると、少し考える様に下を向いた。


 僕の中に、僕に対する不安は残る。

 笑い合う二人を見ても、他人からの評価だけではなく、自身が自身に下す評価が上がる事は無い。過去、経緯、出自、環境、他生と犠牲。考えれば考える程、山盛りのバッドステータス染みた、一種の呪いに乾いた笑いしか出てこない。

 ただ――

 ――笑うイクイアス。彼が居なかったら、今の僕はいない。

 今現在も生き辛いのは本音だ。だけど、口から汚泥を吐き続けるような日々は、彼と、あの人のおかげで終わりを告げたんだ。


 少し思い悩むようにして俯いていたトラルだったが、顔を上げると少しだけ安堵したように微笑む。自身の視線の先に映るイクイアスの表情を改めて確認した後、身体に溜まっていた空気を抜くように深く息を吐いた。


「…ふぅー」


 大きな吐息を漏らしたトラルだったが、不意に自身への視線を感じると横を振り向く。振り向いた視線の先には、自身をジッと見つめるステラの大きな瞳が二つ。トラルも暫く視線を交錯させるが、若干機嫌が悪そうに見える彼女の、への字口は、無表情具合を強調させて見せるのだった。


「………」

「…?」


 な、何で? 僕、ジッと見られてるんだろう?

 お、怒っているのかな?

 ステラについては、本当に僕にも分からない。

 何を見ているのか、考えているのか、全くと言っていい程見当がつかない。    

 彼女に見られているのに、彼女の視界には、僕は映っていない気さえする。

 顔を合わせるのが恥ずかしくなりそうな程、彼女の容姿は整っているが、無意識のように佇む姿は―――


 ―――見ていて、少しゾッともする…。


 人の形をしているが、人とは断定できない恐怖と言えば良いのか。

 あの造形の様な儚げな容姿が、よりそう思わせるのかは知らないが、失礼な話プログラムで出来ていそうな気さえしてくる。

 

 トラルがステラに対し思いを巡らせる間も、お互いの固定された視線は交錯し続ける。ただ、トラルを見つめるステラの首はどんどん横へと傾いていくと、間の抜けたような半開きの口を披露し始める。お互いがしばらく見つめ合うが、トラルが不思議そうに目を細めた瞬間、ステラの口は突然上下に動いたのだった。


「…おっぱい好き?」


「は?」 「―――えっ?」 「―――あぁ?」


 ステラの開口一番の質問にトラルは言葉を失う。失言ともとれる発言は、皆にも聞こえていたようで、ユニとリスタニアも同時に声を漏らすとステラを振り返る。3人の視線の先に居るステラだが、その顔は発言の真意が有耶無耶になりそうな程のポカンとした表情で、間の抜けたような半開きの口でトラルを見つめていた。


「………え、えと、えー」


 言葉に詰まるトラルに対し、聞こえてないと思ったのかステラは歩み寄る。 


「…トラル。…おっぱい見る?」


 …な、何言ってんの? この子?


 少し怯えるようにして後退りしたトラルに対しても、ステラは何食わぬ顔で自身の顔を近づけると自身の胸の辺りを指し示す。


「…おっぱい」


 困惑した表情で立ちすくむトラルに対し、ステラはゆっくり頷くと自身の身に着ける斜めに切れたパーカーとシャツに手を掛ける。トラルは依然固まったように停止するが、リスタニアは衣服を脱ぐようにクロスさせたステラの腕を見て、ギョッとして目を見開いた。


「…んん」


「ステラぁぁあああ!!!!」


 リスタニアの怒号の様な大声が響く。皆が大声にビクつく中、リスタニアはドレスのスカートを捲し上げると、最早美女と呼べぬ、取り乱した形相でステラに飛びついたのだった。


「…んぶっ」


 リスタニアに最早タックルするような勢いで突っ込まれたステラは呻き声を漏らすが、リスタニアはそんな事はお構いなしとステラの衣服を必死で抑えると、今まで呼吸が止まっていたかのようにゼイゼイと息を切らす。


「はぁっはぁっはぁっ―――」


 リスタニアは未だ息を切らし、動悸が止まらないのか自身の胸を片手で苦しそうに抑えるが、ステラは何故飛びつかれたのか分からないと言わんばかりに多少不機嫌になった顔で首を捻った。


「…なに?」


「んっー! なに? じゃないわよー!! 脱ぐなって教えたでしょう!!」


「……何で?」


 


 ※※誠にすみません。この話は公開状態にしていますが、ここから先は修正前の文書です。話の大筋は変わりませんが、文章が読みづらいと思います。ご注意ください。




 焦りから過呼吸気味で肩で息をするリスタニアに対しても、ステラは変化の無い表情で無知な子供のような物言いで問いかける。必死なリスタニアの呼びかけにも、無表情で自身の首を徐々に傾けるだけで、自身のパーカーに掛けた手を離そうとしないのだった。


「ダメダメダメダメ―――」


 リスタニアはステラに頭を横に細かく振りながら何度も同じ言葉を呟くと、必死に彼女のパーカーを抑えつける。そして、助けてと言わんばかりの必死な形相でユニを振り返ったのだった。


「…リスタニア。…そいつは、露出癖があるのか? それとも頭がイカレているのか? 俺にも理解不能だぞ」


「わっ! 私にも分からないわよっ!! ――あなた、何で脱ごうとするの? 馬鹿なの?」


 リスタニアはステラに顔を合わせると、必死に彼女に問いかけるのだった。


「…え? トラルが困ってたから」


「こ、困ってたぁ??? …困ってたなら何で脱ぐの?」


「…え?」


「え? っじゃないわよ!! なんでか言いなさい!!」


 問い詰めようが惚けた様に聞き返すステラにリスタニアは顔を近づけ怒鳴りつける。


「………」


「………」


 返答のないままお互いしばらく見つめ合い無言の間が出来上がるが、暫くしてステラは多少不貞腐れたような半目でリスタニアを見た後、横に視線を反らしたのだった。


「…リスティが男の人はおっぱい見せとけば、どうとでもなるって言ってたから」


 ステラから吐き捨てるように物を言われたリスタニアは暫く停止したように固まるが、数秒後何かを思い出したようにハッと驚愕したように瞳を開いたのだった。


 ♢


『ステラぁ!! 男なんておっぱい見せるって言えば、どうとでもなるわよっ!! なんッッのよおおっーーーーーぉぉ!!』


『…わかった。…覚えとく』


 ♢


 リスタニアはステラから視線をゆっくりと外すと、自身の頬を内側から押すようにしてモゴモゴと舌を動かす。誰から見ても分かるような「まずい」と言わんばかりの表情と、冷や汗が止まらないと言ったような態度にユニは彼女冷ややかな視線で見つめるのだった。


「…リスタニア」


「…ごめんなさい。言った。確かに私が酔った時に言った」


 観念したように項垂れるリスタニアをユニは以前冷ややかな視線で見つめるとステラを指差す。


「信じるこいつも馬鹿だが、お前も大概だぞリスタニア」


「…ごめんなさい、ユニちゃん。…その子が空気読めないのも知っていたし。…確かに私が調子に乗って冗談で言った。―――でも!!」


 リスタニアは懇願するようにユニを見つめた後、大きく口を開くのだった。


「あそこまで馬鹿だとは思わなかったのよーーー!!!」


 叫ぶように言い放つと、リスタニアは泣き崩れる様に瞼を閉じた瞳で床を見つめるのだった。


 僕はイクイアスとリスタニアのやり取りを唖然として見ていたが、二人から「馬鹿、馬鹿」連呼されているステラが少し可哀そうに思えてきていたのだった。

 僕はステラにふと視線を合わせるが、彼女は何を考えているのか分からない表情で明後日の方向を半開きの口で見つめていたのだった。


「再教育しろ。…こいつのせいで全然話が進まんぞ!!」


「何とかする何とかします、するから許して」


 ユニの多少苛立ったような物言いに、リスタニアは憔悴しきった顔を晒し謝ると、ステラに顔を合わせるのだった。


「ステラ。…話が進まないから少し黙ってて」


 リスタニアの懇願するような態度に、ようやくステラは小さくウンと頷くと自身の口を蓋をする様に両手で押さえたのだった。

 リスタニアはステラが口を塞いだのを確認すると彼女を指差す。


「そこで口を塞いでいる馬鹿の罪滅ぼしになるかはわからないけど。…まずは私とステラについて説明するわ」


「ああ、了解した。トラルにもわかるよう頼む」


「わかっているわ。――そうね、まずは私達5大欲求の魔女と呼ばれる存在と行使するマレフィキュウム。いわゆる魔術について説明するわ」


「わかった。トラルも重要な話だからしっかり聞いていてくれ」


 イクイアスは僕の名前を呼ぶと、「こちらへ来い」とてのひらを受けに向け手招きする。


「あ、ああ」


 僕はイクイアスの声に頷くと、彼に近寄るのだった。


 正直、何故僕がここにいるのか、この話し合いに巻き込まれたのか未だにわからない。説明も未だない現状に僕は戸惑うばかりで、イクイアスが宣言した目的は世界平和だと言う言葉がぼんやりと頭の片隅に残る。


 ―ただ、この後、数秒後に僕は後悔することになる。

 きちんと彼女を見据えなかった事に対して―――

 

 僕がイクイアスの近くに移動すると、リスタニアは皆を見つめながら話し始めるのだった。


「魔女は私を含め世界には4人」


 リスタニアは『今』と言う言葉を強調すると、話を続ける。


「…私こと安全欲求の魔女リスタニア。そして、自己実現の魔女セアクト―――」


 何故かリスタニアの顔は少しずつ尖り始めると、次第に言葉の節々に怒気が混ざり始める。


「…生理的欲求の魔女フィズネッド。…承認欲求の魔女エステム」


 リスタニアの魔女の名前を呼ぶ声が震えだすと、その顔から先程まであった温かみは消え失せる様に無くなると、ギリッと奥歯を噛み砕くような音を響かせた。


 僕はその時点で嫌な予感はしていた。

 全身に震えの様なものが走り始めると、身構えるように防衛反応が警笛を鳴らす。

 悪寒、寒気―――死の予感?


 僕の頭が結論に到達する前に目の前にいるリスタニアさんは、冷酷に、残酷に、自身の瞳の奥にある憎悪を表層部分に浮かばせた冷淡な瞳で僕達を見つめたのだった。


「フィズとエストは必ず殺す」


 その形相は酷く歪で、冷たく尖っていて――

 言葉に乗せるだけ乗せた憎悪も、凝縮したように放った殺気も――

 そこには、先程まで談笑していたリスタニアさんの姿はなく、容姿端麗な彼女とはまるで違う別人のような姿が僕の目の前に現れたのだった。

 

 見ているだけで――

 声を聞いただけで――

 その場にいるだけで――

 

 恐怖の対象、人が抗えぬ絶対な存在として僕の目の前に君臨するのだった。


「あのクズ供は私が必ず殺す絶対に殺す。ロアベルを殺したあいつらをこの世界から消し去る。塵すら残す気はない」


 冷酷に尖らせた言葉を呟くリスタニアさんを見て、僕は最早逃げるのは不可能だとこの時ようやく理解するのだった。

 

「…だから貴方達と組むことに決めたの。…ユニ。そして、トラル。私に力を貸しなさい。失望はさせないでね」


 リスタニアは僕とイクイアスを氷の様な視線で見つめると、感情の消え去った微笑みを僕達に向けるのだった。

 その時に僕の人生は終末を迎えた気がした程に、僕は余りの彼女の圧に後退りすると床にへたり込んでしまったのだった。

 

 リスタニアさんの、あの瞳を見て僕は思ったんだ。


 彼女も僕と一緒で完全に何かに固執し、自身を縛っていると――

 

 ――だから僕は彼女が恐いんだと…


 




 

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世界を平和にするために ーTo Make For World Peacefulー 虎太郎 @Haritomo30

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