第6話 忘却されるものと進化するもの、邂逅するは畏怖を纏った歪な棘

 天才が呟いた、異質な言葉『魔女』

 その言葉の意味を探し、少しばかり悩んだ僕だったが、目の前で微笑みながら、自身満々に親指を立てるイクイアスの顔を見ていると、僕も常識に固執していたのが少しだけ馬鹿らしくなってきたのだった。


―☆To Make for World Peaceful☆―


「それこそ、昔は良く会っていたんだぞ。最近は諸事情で会えなかったのだが、今回は事が事なんだ。会うことになった」


 イクイアスは少し想い返すようにして視線を上に向けると、魔女と名乗るその相手を昔からの知人だと、僕に告げるのだった。

 よくよく考えれば、彼の知人なのだ。

 そんなに怯えることは無いように思えてきた。


 僕は少しばかり安堵するように息を吐いた後、魔女と言う人物の事を、イクイアスに尋ねることにしたのだった。


「魔女って…やっぱり、女性?」


「ああ、女だぞ。主観で悪いが、びっくりする位の美人だぞ」


「…ぼ、僕は、美人と聞くと少し怖いんだけど」


「安心しろ。乳もデカい」

「…それは、関係ないと思う」


 イクイアスの冗談か本気か分からない返答に、僕はすこし呆れたように瞳を閉じると、自身の右手を何度も横に降るのだった。


「そうそう。魔女が行使する魔法。…正確には『』と言うらしいのだが、それもこの目で見ているんだぞ」


 ま、マレフィキュウム? ま、魔女にマレフィキュウム?

 

 正直、僕の知見不足と言えば、そうかもしれないのだが…

 今まで聞いたことがない単語に、またしても頭の中に疑問符がポン、ポン、ポンと浮かび上がる。

 僕の知識では、それ以上想像できない事に気づくと、わからないと言わんばかりに大きく捻った首をイクイアスに向けるのだった。


「ま、マレフィキュウム?」


「ああ、マレフィキュウムだ。5大欲求を行使する力とも言っていたな」


「ご、ごだ、い、欲求…?」


「そう! 5大欲求!」


 イクイアスはてのひらを開き、前に出すと、5という数字を強調する。

 ただ、5大欲求と言われ、5という数字を強調されても、僕には分からないというのが本音であり、僕が聞き返せば聞き返す程、どんどんと追加される聞きなれない単語の数々に、頭の中の疑問符は増殖するように増えていくだけだった。

 全く追いつかない僕の理解は、当の昔に置いてけぼり状態なのだ。

 

 トラルはパチパチと数回瞬きをした後、言葉を返す。

 

「…は、初めて聞いた言葉だよ。5大欲求の行使と言われても僕には分からないよ」


「そうだな。知見もないだろうしな」


 イクイアスは腕組みしながら、淡々と、端的に僕の質問に答えていく。

 僕には、彼から迷いは一つも感じとれない。

 

 だから、この世界には魔女がいて魔法が存在する。

 ―――だけど、今さら、その事を僕に伝えたはわからない。

 

 だからこそ、僕は分からないながら、彼に質問し続けるしか選択肢が無いのであった。


「ああ、僕には分からない。でも、なんで魔女に会う必要があるんだ?」


「はっはっは―――混乱するだろうから、簡潔に述べてやる」


 何故だか僕の質問を豪快に笑い飛ばしたイクイアスは、自身の前髪を横に振り、整えるようにして身構える。そして、全ての想いを解放するかの如く、大きく口を開いたのだった。


「『』だぞ!!」


 突如イクイアスが叫ぶようにして掲げた、世界平和の実行宣言。

 頭上に力強く右手の拳を掲げ言い放った彼とは違い、トラルは取り残されたように閉ざした口で彼を見つめるのだった。

 

 僕の頭の中には、今朝のニュース。とある国の内戦中継が再び浮かび上がる。

 今日でさえ見たくもない戦争の光景が流れたんだ。

 無謀、無知、不可能。

 世界平和の実現に対し、浮かび上がる言葉は多数あるが、浮かぶ言葉は不可能よりの類語ばかりで…

 何故無理かと問われれば、悲しい事に僕の答えは一択のみ――

 

 アンサー=人が存在しているからで……


 望むが絶対叶いそうにない理想であり。でも、実現させたい願望でもある。

 絵空事、夢、理想論。どれもが、あいまいな言葉ばかりで……

 

 この世界に統一されたものなど何一つ存在しない気さえする僕の頭の中だが、その夢物語の様な事を、自身満々に実行すると言い放った男が、僕の目の前にいる事も確かな事実であり、僕は息を吹き返す様にして、彼に大きく言葉を返すのだった。


「か、簡潔すぎるよ! いきなり、世界平和の為と言われても、話が大きすぎて分からないんだ!!」

 

「そうか。混乱すると思って簡潔に言い過ぎたか…」


「…うん。簡潔すぎるよ。…魔女に会う理由もそれではわからないよ…」


「そうだなー。うーーん―――」


 イクイアスは考える様に、腕組みしたまま視線を斜め上に向ける。そして、数秒後、考えが纏まったと合図するように、自信の両手の掌を合わせ、パンッと1回、音を鳴らしたのだった。


「よし! 聞いてくれトラル。今から魔女と会う理由は、魔女から『とある少女』を受け取る…いや、受け取るは物みたいで失礼だな。そうだ! 紹介してもらう約束をしているからだ。そして―――」


 イクイアスは先程とは違い、少しだけ丁寧にこれからの予定を説明してくれると、接続詞を言った後、ゴソゴソと自身の胸ポケットを探る。そして、胸ポケットから取り出した物を、見てくれと言わんばかりに、自身の目の前へ掲げたのだった。


「―――俺が本当の『』を持っていることを、魔女に伝える必要がある!! 以上だ!!」


 イクイアスは誇らしげに謎の物体を掲げるが、僕には小型のデバイスの様にしか見えない。

 フロウファイルと言われ、「見ろ!」と言わんばかりに掲げられても、僕は首を傾げる事しか出来ない。


 次々と出てくる謎の単語のオンパレードに、僕の頭は混線どころかショートしている気さえする。プスプスと音をたて、煙を出しそうな頭の中のCPUは、噛み砕く時間という名の冷却装置を求めている気がする。

 

 時間を欲する今の僕には、覚えた単語を確認するように聞き返す、ロボットのような物言いしか出来なかった。


「…ふ、フロウ? ファイル?」


「そうだ!! フロウファイルだ!!」


 イクイアスに今までに無いテンションで力強く指差されるが、僕は困惑するように愛想笑いを返すしか出来なかった。


 イクイアスは少々子供っぽくて、とか、とか、とか、とか、大好きだ。

 彼が手に持つ物も、多分そのたぐいだろう。


 イクイアスの圧に押され、僕は少し後退りするが、彼はもっと聞いてくれと言わんばかりに、追従するように僕との距離を詰めてくるのだった。


「ち、近い、近い」


「遠慮するな。この機器についてなら、ガンガン質問してこい!!」


「わかった、分かったって! 質問するからっ!」


 僕はイクイアスの圧とテンションを抑える様にして前に出した腕を引っこめると、再び彼に尋ねるのだった。


「僕にはフロウって聞くと、今朝方、訃報が流れたフロウ博士のことしか浮かばないんだけど…?」


 僕の質問にイクイアスは腕組みしたまま、力強く頷く。そして、閉じていた瞳を、正解と言わんばかりに、カッと見開くのだった。


「そうだぞトラル!! フロウ博士が作った究極の『』。ダイレクトアクセス型レスポンスツール、BCIF2! それが通称フロウファイルだ!!!!」


「…………」


「反応がないな? 分からないのか?」


「………う、うん」


「ブレインは、人間の脳。コンピューターは外部機器。インターフェースは接点。いわゆる、異なる2つのものを仲介、接続するという事。PCを操作する際も、キーボードやマウスを使うだろ?」


 イクイアスは自身の両手を使い、マウスやキーボードを動かす動作を行うと、僕に「わかるか?」と問いかける様に顔を合わせる。

 僕も珍しく噛み砕いて説明をしてくれる彼に、相槌のような動作で頷き返す。


「あ、ああ。うん」


「ブレイン・コンピューター・インターフェイス。簡単に言えば、人間の脳とコンピューターを繋ぐ機器だ。人間側の脳波、電気信号を検知、解析する事。いわゆる、人の思念を読み取り、直接外部機器を操作する装置だ―――ただっ!!!!」


「ただ?!!」


「それは、いわゆる単方向通信による一方通行なんだ。フロウファイルは違う!! 外部機器からも信号を直接脳に送ることもでき、人間の脳を直接刺激する事により相互疎通が可能なんだ。非侵襲型の装置にも関わらず双方向通信を可能とした現段階では実現不可能と言われた装置。脳と外部機器との間で、情報交換、共有を行い、それを高速双方向通信させる事により、いわゆる機械との一体化を実現させる、ダイレクトレスポンス――――」


 途中までは良かった。

 イクイアスにしては、凄く丁寧に説明してくれていたと思う。

 分かりやすいように、僕に馴染みのある装置を例に使った回答に、僕も「フンフン」と相槌を打ちながら、必死についていこうと努力しようと思えたのだが…


 ――後半、彼が加熱し始めてからは、もう駄目だ。

 今現在も、「ベラベラ、ベラベラ」と得意げに喋っているが、何を言っているのか僕には全く分からない。

 最早彼には呆然と立ちすくむ、今の僕の姿など見えていないのだろう。


 彼の悪い癖なのだ。

 力説してくれるのはありがたいのだが、加熱し過ぎると周りが見えなくなる悪癖。

 多分、このまま放っておくと永遠に喋り続けそうな気さえする。


「…イクイアス」


「―――特徴抽出、TFD、FFT、WT…自己回帰モデルもあるな。―――特徴ベクトルを用いて、作用対象―――」


「イクイアスッッ!!」


「うん?」


 珍しく大きな声で名前を呼んだ僕にイクイアスは気付くと、ようやく瞳を閉じながらの力説を止めたのだった。そして、顔を合わせた彼に、僕は分からないという事を強調するように何度も頭を横に振って見せたのだった。


「わからない…多分普通の高校生にはわからないよ、イクイアス」


「………だが―――」

「―――だがじゃない。…わからない」


 尚も諦めずに説明してきそうなイクイアスだったが、僕の彼から視線を外し俯く態度に気づくと、ようやく諦めたように大きく息を吐いたのだった。


「はぁー。……すまん」


「いや、こちらこそごめん…わからなくて…」


 申し訳なさそうにお互いが視線を外し俯くと、少し微妙な空気が漂ってしまうのだった。そんな微妙な空気を破ろうと思ったのか、イクイアスは突然、僕を指差すのだった。


「…ら、ラミーってあるだろ?」


「う、うん。そ、それがどうしたの?」


「お、お喋りロボLAMY Ver2.60 天才フロウタイプ」


 イクイアスはフロウファイルと呼んだ装置を苦し紛れと言わんばかりに僕から視線を反らしながら、自身の目の前に自信なさげに掲げるのだった。


「………」


「フロウタイプ」


「…ごめん、イクイアス。気を使ってもらって悪いけど。…絶対違うと思う」


「あ、ああ。俺もそう思う。―――だが、対話型シュミレーションという意味では間違ってはいないんだ。会話しながらも、意識シンクロを行う装置なんだが…」


「う、うん」


 LAMY Ver2.60 フロウタイプ……

 僕の脳裏に今朝も自分の部屋で見た、あの丸い愛くるしい球体の姿が浮かんでくるのだった。


『おはようトラル。………うん? 今朝はあいさつに元気がないね? 昨日は何かを頑張りすぎちゃったのかな? それとも生理―――』


 若干うちのLAMYはウィルスに侵入されたのか、多少とち狂った事をたまに言うのだが、多分時折行うむかつく言動に僕が頭を叩きすぎたせいだとは思う。


 でも、実際LAMYは世界中で非常に売れてはいるのである。

 あの丸く愛らしい見た目が子供に人気なのか、それとも一人暮らしのお喋り相手として適任なのかはわからない。

 広域ネットワークを介しての自立学習型AI。

 時折放つ意味不明な会話も、ポンコツで可愛いとまで言われている。

 愛嬌と可愛い声だけで何故かなんでも許される存在に位置している。


 それが、お喋りロボLAMY


『おやすみ、トラル。今日もいい夢見れるといいね。――でも、Hな夢を見た際、起きてしまうのも人間の摂理というか、本能と欲望の―――』


 ――うちのは、明らかに故障していると思うのだが…


 でも、フロウ博士みたいな事を言う頭の良いLAMYなら、僕としたら参考に意見を聞きたい位だとも思ったんだ。


 僕は少しだけ息を漏らす様に笑い声を上げると、笑顔でイクイアスに顔を合わせたのだった。


「ふふ。意味は分からないけど、フロウタイプなら欲しいかも」


「そうか。お前にはフロウファイルを今すぐ体験させてやりたかったんだが…。どうやら時間みたいだぞ、トラル」


 時間と言いイクイアスは僕との会話を途中で切ると、後方を多少尖った鋭い目つきで睨む。そして、普段から掛けている伊達眼鏡を右手で掴み外す。


 イクイアスが伊達眼鏡を外す。

 彼曰く要はフィルターを解く。

 抑制機構の解除。すなわち、解放という意味らしい。

 スイッチを意図的に切り替える事で、本気になる時の合図だと昔言っていた。


 僕もイクイアスが一心に見つめる相手を見ようと振り返ろうとしたのだが―――


 ―――振りむく事は出来なかった。


 振り返ろうとした瞬間。振り返るなと僕の体が警笛を鳴らす。

 ガタガタと自分の意思とは関係なく震えだした体は、最早いう事をきかない他人の体の様で、まるで極寒の地に裸で放り出されたような気分だった。

 自身の生存できる道を探し、僕の無限に分裂していく思考は完全にオーバーヒートしてもいいと過負荷を掛けたが、ゲームオーバーと言わんばかりに背後から近づいてくる恐怖の対象に、黒く塗り潰されてしまったのだった。

 

 僕のブラックアウトした画面に映る、その歪な

 その黒い世界の住人は、カツカツと靴の音を鳴らし、ゆっくりと近づいて来るのだった。


「言っただろう、トラル。お前なら会えばわかるって」


 僕の顔を見ながらイクイアスが声を掛けてくれたが、僕が返答する事は無かった。  


 僕の背後から迫る恐怖を纏った歪な棘。

 その棘に全身をがんじがらめにされ、僕は腰が抜けた様に身動きができなかった。

 

 僕の後ろでカツカツと鳴るヒールの高そうな音は徐々に大きくなっていく。

 その靴の音が近づくにつれ、ほぼ無音に近いザッザッと静かに床を蹴る音も混ざり始めるが、僕がもう一つの音に集中する時間は与えてもらえなかった。


 床を蹴る音は、不意に僕の背後で鳴りやむ。

 そして、スーと小さく息を吸いこんだ音が僕の耳に聞こえたのだった。


「こんにちはー、なのかなー?」


 震えながら僕は息を呑む。


「久しぶりーも違う? いっぱいありすぎて、どれが正しい言葉なのかわからないよね? どうでも良いか言葉なんて、ニュアンスが伝われば良いよねー。ふふふ」


 僕の背後から、綺麗で澄んだ女性の声が耳に届く。

 その惚けた多少意味の分からない口調に、僕は凄く懐かしさにも似たものを感じたが、その言葉の一つ一つの重さは冷たい銃弾を撃ち込まれている気分だった。


「…あまり威嚇しないでくれると助かる。


 イクイアスが多少怒るように注意すると、彼から魔女リスタニアと呼ばれた女性はは、声を返すのだった。


「ごめーん、ちゃん。ちょーっと悪戯? お試し? しちゃった」


 リスタニアはお道化た様にイクイアスの事をユニと呼ぶと、ようやく僕に姿を見せるのだった。


「まずは自己紹介だよー。魔女? 違う違う、私は唯の綺麗なお姉さんで十分。リスタニア。って呼んでね」


 僕にリスタニアと名乗った魔女は、綺麗な笑みを浮かべると、化粧映えした大きくもあり鋭さもある目で見つめる。そして、少し濃いめの口紅をつけた柔らかそうな唇を上下させるのだった。


「よろしくねーぇ。――トラルちゃん」


 イクイアスが言うよう、見た目は世紀の美女。

 白と黒を基調とした奇抜なドレスも良く似合っている。

 甘く漂う香水の匂いも人を惑わすための媚薬のようで、全てに魅了される要素を感じてしまう。


 ――だけど! 

 初対面にも関わらず、意地悪そうに僕の名前を呼ぶリスタニアのせいで、僕は逃げる退路を完全に塞がれたと共に彼女に取捨選択されている気分だったんだ。

 

 リスタニアの第一印象と聞かれたら、僕は迷わずこう言う。

 

 容貌の整った美女。

 傾国の麗人。

 絶世の美女。

 

 ―違う、あの時は性悪女だよって。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る