第7話 ピントの合わない世界に響いた声
僕の前に唐突に姿を現した魔女リスタニア。
僕は絶世の美女と言っても良い彼女の容姿に見とれる暇も与えてもらえなかった。
リスタニアは僕の名前を呼び、キラキラと光る綺麗な爪と透き通るような白い指が対照的な右手を差し出すが、僕は彼女が発する歪な雰囲気に恐怖するように固まってしまっていたのだった。
―☆☆To Make for World Peaceful☆☆―
「仲良くしてねーぇ」
リスタニアは造形の様な顔立ちに笑みを浮かべると、僕の前に右手を差し出してくる。だけど、僕はその手を握り返すどころか、リスタニアにうまく視線が合わせられない。先程彼女が纏っていた殺気の様なものに当てられ、自身に芽生えた恐怖心から視界が揺れ動く。視点とピントの合わない世界は、現実から離れてしまっているようで、綺麗な彼女の顔さえ見れなくなってしまっていたのだった。
「あらら、怖がられてるー? 怖がらせちゃったー? 固まってるわね、トラルちゃん……」
リスタニアは首を左右に傾げながら僕を見つめる。しかし、反応のないトラルの目の前で何度か手を振った後、わざとらしくパチパチと大きく瞬きするとイクイアスに顔を合わせるのだった。
「お前のせいだぞ、リスタニア。わざとらしい。目に見えるような悪意を出すからだぞ……」
イクイアスは以前惚けたような顔を披露するリスタニアに少しだけ眉を尖らせた顔を合わせると、苦言と共に呆れたように目を閉じる。
リスタニアは「ごめん、ごめん」と両手を合わせ謝罪するが、イクイアスは大きく溜め息を漏らすのだった。
「ごめんねーぇ、悪戯心だったんだよ。その方が雰囲気に合ってる? 魔女っぽい?
それらしいかなー? と思って……」
「…リスティが悪い」
突然、二人の会話にリスタニアを咎めるような少女のような声が混ざる。
年端のいかない少女のような可愛らしい声だが、凄く甘ったるく、力の抜けるような浮遊感のようなものを漂わせる。ただ、全く感情が乗っていないような、どこか無機質じみた声に呼ばれた感じがして、僕はようやく目覚めるように現実世界にピントを戻したのだった。
「あらあらら? 急に喋り出したと思ったらステラまで私を虐めるのー?」
「…リスティが悪い。…悪ふざけするから」
僕は独特の声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには声色通りのどこか無気力な少女が首を横に傾けると大きな瞳でリスタニアを見つめていたのだった。
リスタニアも肌が白いのだが、ステラと呼ばれた少女の肌は最早青白くすら見える。斜めに切ったような特殊なパーカーのフードから宝石の様な翡翠色の瞳を輝かせると、長く伸びた銀色に黒の混ざった髪を揺らす。
僕は少しだけ彼女の容姿に見とれる様に、二人の会話を聞いていたのだった。
「…リスティ。…トラルに謝ったら?」
「ステラー、あんまり責めないでー。――リスティお姉ちゃん、へこたんになるよ」
その美貌にものを言わせ、リスタニアは何とかなると思ったのだろう。
リスタニアはわざとらしく眉を下げ、頬を膨らませると両手の人差し指で涙をぬぐう仕草を見せる。だが、ステラとイクイアス、二人の反応は冷ややかなもので、スッと感情の消えたような瞳でリスタニアを見つめたのだった。
「…きつ」「…きついな」
二人は同時に同じ苦言を呟くとリスタニアから視線を反らす。
そんな姿は見たくなかったと言う言葉で表せそうな、少し落ち込むように視線を反らしたイクイアスはまだ良い方で、ステラに至っては露骨に嫌悪感を出すと、死んだような顔で顔も合わせたくないと言わんばかりに斜め下を向くのだった。
暫く余韻を残す様に間が空くがリスタニアは二人の辛辣な態度に対し、慌てた様にして二人に詰め寄るのだった。
「きっ! きつッ?!! きつッて何よ?!!」
二人の反応が想像していた事と違ったのだろう。
リスタニアは荒げた様に声を返すと、自分から視線を外す2人に顔を合わせろと言わんばかりに2人の肩を交互に揺する。
「リスタニア。友人…いや、憧憬の人として言うが、さっきのは本当にやめた方が良いぞ……」
「…あ、…はい」
「後、誰か思い出す様な喋り方も辞めろ。…いつもの口調に戻せ」
「…………」
イクイアスに真面目な顔で注意されると、ようやくリスタニアは落ち着きを取り戻すようにして、小さく息を吐き出すのだった。
「ふぅ。…ごめん、ユニちゃん。悪ふざけが過ぎたみたいね」
「本当だぞ。はしゃぐのはいいが、いつもの方がお前らしいぞ。ははっ」
「ふふっ」
「…若返りクソババアがッ」
二人が談笑しかけたタイミングで、ステラが恐ろしい言葉を呟く。
僕は一瞬聞き間違えたと思った程で、唾でも吐き掛けそうなステラの態度に僕を含め3人が一斉に彼女を見つめたのだった。
「…ちッ」
皆の視線を集めたステラだったが、全く気にしていないどころかガムでも噛んでいるかのように口を動かすと、何度も舌打ちを小さく打つのだった。
悪態をつくステラの態度にリスタニアは無言で彼女に近寄ると、少し強めに肩を押したのだった。
「お前、今何つった? ステラ?」
「………」
リスタニアは自身の高い身長で上から見下ろす様にしてステラを睨むが、彼女は不貞腐れたような半開きの口でリスタニアに顔を合わせるのだった。
「もういっぺん言ってみろ?」
「…若返りくそばふぐぃ」
冷徹に声を尖らせるリスタニアが恐くないのかステラは二度目の暴言を吐こうとするが、リスタニアに両頬を無理やり両手で押さえられるのだった。
「…ステラ。ババアって言うなって言ったよな? お姉さんでしょ? 口にミシン掛けられたいの?」
リスタニアは片目をピクピクと引き攣らせながらステラに問いかけると、ようやく彼女は無表情ながらも、「嫌だ」と言う意思を表す様にフルフルと顔を横に振るのだった。
「はははっ。面白い子だなリスタニア。その子が例の子だな」
「お、お、面白い? 面白くないわよー!! ユニちゃん!!」
二人のやり取りを見て笑い声を上げたイクイアスに、リスタニアは眉間にしわを寄せた必死の形相で抗議する。そして、一度間を挟むよう鼻から息を抜いた後、再度ステラに顔を合わせた。
「お前、絶対許さないからな。…後で覚えてろよ」
リスタニアは牙をむくように口を片方だけ引き攣らせるとステラを威圧するようにして睨む。
リスタニアの態度を見てもステラの表情は変わらない。だが、否定する意思を表す横に振る首の動きは目に見えて大きくなるのだった。
「…ごげんなふぁい。…リスティ」
「だめよ。………クソガキがっ!!」
謝罪の言葉をステラが呟くが、リスタニアは引き攣ったような笑みで首を横に振った後、ステラに言葉を吐き捨てたのだった。
僕は完全に蚊帳の外で傍観者に徹すると不思議な少女と麗人の魔女、二人のやり取りを半ば呆然と見つめていた。
見た目とは違う少女のギャップ。
顔を崩しながらも怒る麗人。
意外過ぎるやり取りの数々に、僕の中で先程まで存在していた恐怖による痺れは薄れてきていた。
リスタニアの奥底にある、見えない何かは未だに怖い。
突然、絶望や恐怖をまき散らす気さえもする。
だけど、ステラとやり取りする姿は魔女と言うより人間らしく思えてくるのだった。
僕の不思議な感情を表情で察したのか、イクイアスは親指をパチンと鳴らした後、何故だがステラに向かい片目を閉じると、『Good』と右手の親指を立て合図するのだった。
「――さて、ステラのお陰で和んだ事だ。そろそろ本題に入るぞ。――トラル、いけるな?」
「…えっ! う、うん」
イクイアスの突然の確認に、僕は慌てて返答すると3人をキョロキョロと見渡す。
僕の戸惑う表情にリスタニアがクスッと微笑するのを見て、僕は恥ずかしそうに視線を反らすのだった。
「そうみたいね。そう言う意味では、ステラのおかげかしら」
「…もっと、褒めろ」
「…調子に乗るなよ。私は許してないけどな…」
リスタニアは小声でボソッと呟くと、調子に乗るなと言わんばかりにステラの額にデコピンするのだった。
「…いた」
イクイアスもようやく舞台が整った言わんばかりに両腕を組むと、笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます