第4話 偽装した世界を変える異質な言葉

 僕は学校に来たはずなのに、今は学校とは反対方向に向かっている。

 理由は僕の唯一の親友イクイアスに、半ば強制的に連行されているからで…

 彼の目的はわからない。

 要件も言わない。言おうとしない。

 それどころか、こいつが何処へ向かっているのかもわからないんだ。


 ―☆To Make for World Peaceful☆―


 トラルは引き攣った顔のまま、イクイアスと共にオートスロープを逆流して行く。ただ、幾ら顔を引き攣らせようが、心にわだかまりを抱えようが、オートスロープは無情にも学校とは反対方向に動き続けるのだった。


 正直いつもの事だが、イクイアスの強引さには呆れてものも言えない。

 何も言わない、言おうとしない。

 重大な事を隠す様にニコニコ笑顔の仮面を被り続ける事に多少の苛立ちを感じる。


 トラルは多少荒くなった息を整える様に大きく息を吸い込み吐き出す。俯き加減で何度かそれを繰り返すと、意を決したように勢いよく上げた顔をイクイアスに合わせた。


「おい! 道すがら要件を話すって、約束だろっ!!」


 堆積した土砂のような想いが僕の口から声量に変わって吐き出されたが、イクイアスはその声に、ピクッと体を動かし反応はするが僕に顔を合わせない。


「おいって――」

 

 イクイアスはトラルの多少苛立ったような声で、少しばかり後ろを振り向くようにして顔を横に向けた。


「悪い。後できちんと話す」


 イクイアスはトラルに多少真剣身を帯びた声で返答するが、トラルは納得できないと言わんばかりに瞳を尖らせる。ただ、幾らトラルが不機嫌な顔つきをしようがイクイアスはトラルを無視するように、登校してきた女子生徒に笑顔で手を挙げ合図するのだった。


「おはよう!」


「お、おはようございます、先輩。って逆流してどこに行かれるんですか?」


 …こ、こいつ。


 納得のいく回答、対応をしてもらえないトラルは顔を顰めるが、イクイアスはトラルを無視するように、自身の行動を多少不思議そうに見つめる女子生徒に対しアピールするように笑顔でトラルの肩に手を回した。


「こいつと課外学習だよ!!」


 イクイアスは女子生徒に親指を立て、白い歯を見せると微笑む。トラルはその様子を見て、呆れたように瞼を閉じた。


 …わざと、でかい声出しやがって。

 こいつは嘘をつく時でも実に堂々と答える。むしろ隠している事の重要性や危険度が上がる程に大きく声を張る癖がある。

 こいつの本質。強引さイコール自負心の中に、他人の気持ちは含まれないんだ。


「…そっ、そうなんですね」


「そうそう。君も勉学に励みな。―――じゃあね」


「は、はい。先輩も課外学習頑張ってください!」


「うん」


 学校へ向かう女子生徒に、イクイアスは手を振り見送る。


「…お前さ、今さら課外学習なん―――」


 トラルはイクイアスに顔を近づけながら声を掛けるが、途中で言葉を止める。イクイアスは未だ笑みを絶やさず浮かべるが、トラルは凄く不思議でしょうがないと言わんばかりに首を傾け見つめる。


 見飽きていると言っても良い、こいつの顔。

 今日は違和感だらけだ…

 こいつの分厚い表皮を覆う自身と自信。だけど、中はグチャグチャで…

 焦燥、悲憤、期待、不安、信念、偽装、躊躇…、複数の感情が入り混じる。

 いつものイクイアスとして見た時、酷く―――

 ―――ぎこちない。


 そして、同時にこいつの隠しているに、異常性を恐怖を感じる。

 ―――少しだけ寒気がする。

 こいつの隠しているモノが、真実であれ、虚構であれ、例え勘違いでも。

 こいつから余裕を奪う事態に直面している事だけは理解した。


 トラルは視線を反らし俯くと、考え込むように片手で自身の口元を隠す。お互いが顔を合わせない無言の時間は続くが、時間が止まらないように、自動で動く床は二人をイクイアスの目的地へと進めるのだった。 

 

 もうすぐ終着点、か…


 トラルはオートスロープの終着点を表す『ここまで』と表示された電子看板を見つめる。その顔は少しだけ不安を表す様に影が宿るが、不意に発せられたイクイアスの大きな溜息と疲れたと言わんばかりにガックリと垂らした頭に表情を緩めるのだった。


「…疲れたぞ」


「……だろうね。何だよ、その露骨な態度」


「…考え事が多くてパンクしそうだぞ」


 イクイアスは弱弱しく声を漏らすと、情けなく眉を垂らす。酷く疲弊しているのか肩を落とし体を丸めると、口から出る溜息は止まることが無い。だが、トラルにとっては、その間の抜けたような表情は、自分が思っているような深刻な事態とは程遠く見えてしまい、何故だか微笑んでしまうのだった。


「ふふっ。なんだよ、その顔」


「…疲れたんだぞ」


「それは、分かってるよ」


 疲れたと肩を落とすイクイアスと微笑むトラルは、オートスロープの終着点に付くと、暫く人通りのない道を自身の脚で進む。オートスロープの終わりから、徐々にまばらになっていった人影だが、目的地に進むにつれ、閑散な風景と共に人の姿は完全に消えると、近代都市アルトメイピアにしては珍しく殺風景な空間に辿り着く。機械音だけが響くその空間は、トラルの目に異質さをより強調させて見せるのだった。

 

 『新開発地区立入禁止』?


 電子看板ではないアルミ製の看板がトラルの目を引く。


「…ここって、入って大丈夫なの?」


 トラルはイクイアスに不安そうな声で尋ねる。


「ああ。立入禁止と言っても、今はただの広い空間だ」


「そ、そうは言っても! 立入禁止なんだろ!」


「大丈夫だ! 人もいない。AIもいない。おまけでついている監視カメラは俺がDoS攻撃で破壊している。既に警報線もループさせて、映像も差し替えた。誰にもばれないぞ」


 自慢するように両手を背中に添え、ふんぞり返るイクイアスに、トラルは少しだけ顔を青ざめさせると目を見開く。イクイアスは問題ないと言うが、トラルにとってはさらりといい放った彼の発言の重大性が時間経過と共に膨れ上がると、息を吹き返したように体を動かした。


「ばかっ! お前、卒業前に捕まるぞ!」


「捕まらないぞ。俺に『いざ』はないぞ! …最悪、功績と金もあるしな」


 …最低だな、こいつ

 さっきの発言だけ聞いたら、誤解されるぞ


 トラルはイクイアスの発言に、片方の顔の表情をヒクヒクと引き攣らせた。


「お、おまえ…」


「そんな呆れたような顔をするな! 絶対ばれない! 真実は時として露呈する事は無いんだぞ! 世界の常識だ!! ははは―――」


 自身満々に格言染みた事を言い放ち、高笑いする、こいつを少し殴りたくなる。


 トラルは呆れたように半開きの口を披露すると、少し垂らした瞼でイクイアスを見つめた。


「……そんな常識あってたまる」


 恐ろしく我が強い本性と、楽観視できる強メンタル。

 そんな彼を羨ましいと思う事もあるが、僕は直面するたびに心が擦り切れるように疲弊する。

 

 人の気持ちなど関係ないと言わんばかりに笑うイクイアスと違い、どんどん顔を曇らせていく僕に、彼は少しだけ首を傾けると口を開くのだった。


「…トラル。俺はぎこちなかったか?」


 僕は少しだけ真剣な表情になったイクイアスの顔を見て、驚きのあまり大きく開いていた目を、少しばかり間を空けるように閉じると、大きな吐息と共に言葉を吐き出したのだった。

 

「…僕にしかわからないよ。…見事かつ、強引な演技だったよ」


「そうだろっ!! なら良いっ!!」


 何が良いのか本当に分からない。

 返してくる言葉のセンスにも、少し飽き飽きする。

 僕は再び、呆れたように顔を歪めるのだった。


「なら良い。――じゃないからな…」


「いや、本当に良いんだぞ。トラル以外にばれなければ」


「良くないよー、イクイアスー……」


「はははっ―――」

「―――はははっ、じゃないよ! いい加減、要件を言ってくれよー…」


「………」


 首をがっつりと俯かせ、呆れたような言葉を呟く僕に対し、イクイアスはようやく笑い声を止めるのだった。

 彼の笑い声が止まり、不意に訪れた静寂。

 次にイクイアスが発するであろう言葉に不気味さが少しだけ増す。

 僕が緊張感から息をのむ中、停止する時間を動かすように、イクイアスはゆっくりと口を開いたのだった。


「…


 突然、イクイアスから端的に伝えられた言葉に、僕の頭に浮かび上がるのは疑問符のみで、僕に伝えられた異質な単語に、頭の中の疑問符がキーボードを押し続けた様に増え続ける。

 訳が分からないと首を傾げる僕に、彼は一度微笑み、間を空けると、会話を続けるのだった。


「ふざけていないからな。これから、お前と2人でに会う」


 唐突に目的を言われた事もある。

 だけど、天才と名高い彼の口から出たとは思えない単語に、僕は閉口し、大きく見開いた目で彼を見つめる事しかできなかった。


 ―――だって、イクイアスの表情と声は、間違いなく真実を語っていたから…


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る