第2話 世界に影響を与えた死、屍に僕は昔の自分を重ねようとした
世界一安全な都市『アルトメイピア』の、自室から見たモニター越しの他人の死。
フィルター越しの僕の視界には、別世界の出来事に見えた。
口から出るのは所詮他人事の無責任な言葉。
戦争なんて無くなればいいとは思う。――思うけど…
朝から嫌な気分を植え付けられても、自分の行動は何一つ変わらなかった。
トラルはモニターに映るニュースを見ながら、朝食として用意したパンを食べ、スープを飲み、多少ミルクでふやけたシリアルを頬張る。無言のまま口に物を運び、なんとなくモニターを見つめ、時々溜息を漏らすのだった。
なにも変わらない日常。
毎度の事ながら僕は学校へは行きたくないし、常に自分の事で精一杯だ。
人に会いたくない。だけど、会わなければならないという現実に恐怖する。
嫌な思いだけが脳内を伝播し、加速させ、増長させる。
自意識過剰の被害意識と呼べば、それまでなんだけど…
『ピッピ ピッピ』
トラルが物思いにふける中、不意にモニターから緊急速報を伝える音が流れる。驚くほど大きい音ではないが、トラルはその音に不快感を表す様に瞳を尖らせる。まるで、耳障りと言わんばかりに前髪を掻き揚げると画面を見つめる。
速報を伝える音がして数秒後、モニターの上部にテロップが映し出されるのだった。
【フロウシステムの開発者。フロウ・ディスケンス博士(47)が自宅で死去】
トラルはテロップを少し驚いたように見つめる。テロップは数回点滅し情報を伝えた後、モニターに映る画面が切り替わる。画面に映ったアナウンサーの男は慌てたようにマイクを掴むとライブカメラに顔を合わせた。
『えっー、ここで速報です。画面でもお伝えしましたが、世界的権威フロウシステムの開発者。フロウ・ディスケンス博士が自宅で死亡されているのが確認されました。死因については現在調査中であり、情報が入り次第追って詳細をお伝えします』
内戦の話も衝撃だが、フロウ博士の訃報の方が驚いたというのが正直な話だ。世界が震撼させるニュース。少なからず僕も驚いている。
『フロウ・ディスケンス』
世界の誰もが知っていると言っても過言ではない有名人。特にここ、海洋都市アルトメイピアの住人は知らない人はいないはずだ。
海洋都市アルトメイピアの設立。
フロウシステムの開発。
ソフィアネットワーク
数えきれない功績を残した世界的権威の科学者。
そして、人格者としても有名で、偏屈者が多そうな科学者の中でも世論の人気が高い人だった。
正直残した功績は遺産と呼べれるような偉人だ。
天才フロウ。皆がこう呼んだ。
若い時にハイパーオートメーションに独自のヒューマニティーを盛り込んだフロウシステムを開発し頭角を現したフロウ博士だが、機械工学だけではなく多様化する人の個性に対しても対策を早期に盛り込んだ人物。
個性の明確化。それが与える差別、排除意識の撤廃を糾弾し、人口増加、食料危機、就職問題。それを回避する為、海洋型都市アルトメイピアを設立した。
異次元の才能。未来人。時間旅行者―――
そんな風に妬む声もあるとは思うが、フロウが人々に与えた恩恵は、その程度の嫉妬では掻き消せないだろう。
トラルが見つめ続けるモニターには、生前のフロウの姿が映る。フロウの功績をキャスターが伝える声と共に、画面に映るフロウは少しあどけなくも見える顔で微笑む。トラルは画面越しに見たフロウの笑顔に少しだけ悲しそうに視線を落とした。
僕はフロウ博士にもちろん会った事は無い。テレビやネットで拝見する程度だ。
だけど、僕とは関係ない人物だが、少しだけ悲しい……
実は恥ずかしがり屋で、照れながら微笑んでいた姿が脳裏に浮かぶ。
全く偉ぶらないし、天才と呼ばれようが凄く人間味があるように感じていた。
あくまで僕の勝手な感想だが…
次々にモニターから流れるフロウ博士の功績をトラルは伏し目がちな視線で見つめていた。
世界に影響を与えた死、か…
トラルは少し思い悩むようにモニターを見つめていたが、不意にモニターに映る時間に気づくと、少し慌てるようにして立ち上がる。
時刻は8:00を知らせる。トラルは腕につけたデバイスでモニターの電源を落とすと、リビングのハンガーラックに掛けてあった制服に着替え始める。
みんな同じデザインで統一された制服。
でも、同じものを身に着けても、僕には疎外感しか感じられない。
何もない、無くなった僕は、毎日何を思えば良いのだろうか?
着替えながら頭に浮かんだ疑問に自問自答した時、何故だか僕の脳裏に天才フロウの姿が浮かぶ。
こうなりたかった。こうなりたかった。
昔の自分が描いた空想の理想に、苦笑いが漏れる。
ゴミのように捨てられ、ゴミのように吐き捨てた。
だからこそ、人々に幸せを与える存在になりたかった昔の自分。
天才に凡人を重ねようとした昔の自分。
―――本当に、反吐が出る。
僕は、昔の自分に馬鹿だなと歪な笑みで笑いかける。
お前は何もできやしない…
弱さを肯定し、結局は依存と放棄を繰り返す。
頭は他人に合わせて動き、選択肢だけを無限に分裂させるが、こびり付いた人に対する恐怖から何一つ実行できない。
生きる価値さえないように思えてくる……
トラルは陰鬱な表情で着替え終わると、綺麗に手入れされた革靴を履く。玄関に向かう足取りも重い。出入り口のドアノブに掛けた手もどこか重く。扉の先に映る光景は、どこか遠く思えてしまうのだった。
『アルトメイピアは綺麗な海洋都市だよ。みんなで守ろう平和な都市を』
トラルは外に出た瞬間に聞こえてきたAIロボットの声に苦笑いするように息を吐いた。
扉を開けた先の世界は、僕の感情とは真逆でいつも明るい。
照りつけてくる太陽光は海面に反射しキラキラと輝き、ガラス越しに青と白を演出する。
―――そんな、朝が嫌いだ。
トラルはまばらに通り過ぎていく人々に目を背けると、学校までの道のりをゆっくりと歩くのだった。
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