世界を平和にするために ーTo Make For World Peacefulー

虎太郎

僕と、この世界

第1話 僕が見る景色は今日も綺麗だ、だから画面に映る世界は曲がって見えた

 ピッ、ピピピピ―――


 断続的になるアラームが薄暗い部屋に響く。


『――よう』

『――はよう』

『――おはようトラル。今日のアルトメイピア P-oneの天気は一日中晴れだよ。気温も穏やかだから絶好の外出日和だね。今日は良い事ありそうだね』


 幼い子供のような機械音声が部屋に響くと、ベッドに横たわる少年は、ゆっくりと両目を開いた。


『朝だよ。トラル・ハートネット』


 少年は薄っすらと開いた瞳を一度閉じる様にして、長く垂れた前髪を掻き揚げると、自身を目覚めさせようとする声のする方向へ顔を向けた。


「………」


 僕のピントの合わない、ぼやけた朝の世界。

 眼前には、バスケットボール程度の丸い球体。

 単純な丸で形成された大きな目はパチパチと瞬きするように点滅し、対照的な小さな口は、喋っている様に丸、四角、三角と形を変える。


「…おはよう。…ラミィ」


 トラルと呼ばれた少年は寝起きの力ない声を絞り出すと、ベッド下で自身を見つめる球体に声を掛けた。

 

 眼前に映るのは電子端末同期型自律AIロボット。成長するAIこと『LAMY』。

 毎朝きっちりタイマーセットした時間に起こしてくれる、高性能を持て余している丸い球体。既にアラーム代わりの目覚まし時計だけど…


『起きたかい? 寝坊助ねぼすけちゃーん?』


 ―――慣れてきたせいか、若干その声と馴れ馴れしさにはイラッとする。

 正直な話、よりはマシだが……

 

「…もう、起きてるよ」


 トラルはベッド下に居座るLAMYの頭を撫でる。


「やめてよートラル! くすぐったいよー、若干センシティブ―――」


 トラルは喋りかけのLAMYの発言を遮るように、瞬間的にLAMYの頭についている停止ボタンを押した。


「…こ、こいつ。…壊れてんのかな?」


 トラルは若干不機嫌になった顔つきで、眉間にしわを寄せる。 


 眼の前の球体にイラついたせいか、目は完全に覚めた。

 僕を覚醒させたと言う意味では、目覚まし時計としては優秀なんだろうが…。

 ――毎度の事ながら僕をイラつかせる言動は、ロボットとしては如何な物かと開発者に問いたい気分だが。


「嫌な朝。朝だから嫌。…嫌だな」


 トラルは独り言を呟くと、自身が寝そべっていたベッドから立ち上がった。


「…学校に行くと思うと、朝から擦り切れる」


 ベッドから降りる足並みは今日も重い。

 正直、家の中に引きこもっていたい気持ちが溢れる。

 卒業間近でありながら、この体たらくだ。

 あと僅かで学校生活が終わる喜びはあるが、新たに社会生活が始まると思うと、新たな不安が発生し、胃の辺りがギュッと締め付けられる。


「うだうだ言っても、1日は始まる、か…」


 トラルはゆっくりと右足を前に出すと、寝起きのジャージ姿で洗面所に向かう。

 

 足取りは、いつものことながら重い。やる気の無さというか、嫌な気持ちというか、どこまでも突き抜けてしまう見通しの立たない感覚が、洗面所の鏡に映る情けない自身の顔を強調して見せる。


「…絶不調。…としか言えない顔だな」


 トラルはブツブツと文句を言いながらも洗面所で顔を洗うとリビングに向かう。いつものように疲れ切ったように腰掛けたソファに身体をもたれさせると、自身の腕につけているスマートリンクデバイスを見つめる。


「照明とモニター、オン」


『プン』


 トラルの声に反応するように、リビングの灯りが点き、壁面に備え付けられたモニターが点灯する。普通の人には気にすらならない細かな音を立て、起動した大型モニターは朝のニュース番組を映し出すと、トラルは画面を見つめる。


『昨日お伝えしたアンメリクで起きた内戦の速報です。既に多数の死者を出している内戦ですが、過激団体からの犯行声明が発表されました。混乱する現地からお伝えします』


 トラルは画面をぼんやりと見つめる。

 モニターに映し出される映像は、無惨に破壊された建物を見てくれと言わんばかりにトラルの視界に飛び込んでくると、現地リポーターは、建物が人の悪意によって破壊された事実を鮮明に、訴えるように伝えてくるのだった。


 僕の視覚と聴覚に訴えかける内容は、正にと呼ぶに相応しい。

 現地の匂いまで伝わってきそうな光景は、これから1日を始める僕に対して『最悪』の2文字を植え付けてきた。

 普通の人がこの光景を見れば、感じれば、凄惨な事実、人が亡くなった悲しみに、なんて酷い事だと、泣くのだろうか?

 その非人道的な行いに対して、憤りを通り越し、身体が怒りにより震えるのだろうか?

 いや、亡くなった人の冥福を祈り、神に対して祈りを捧げる?


 ――僕はこうだ。


「…外国には行きたくないな」


 無責任かつ、危機意識のない緊張感のないセリフ。

 僕の口からボロっとこぼれた、ある意味残酷な一言。

 当事者で無いから分からないと言っているような、僕が呟いた非感情的なセリフだが、不可侵条約により堅固に守られた、この都市『アルトメイピア』を象徴するような人達のセリフだとも思う。


 人で無しのように聞こえるセリフ。

 自身の頭に刻まれた、擦り切れた過去。

 感情移入すればする程、嫌な過去を思い出させる嫌なループ。


 人の感情を読み取ることに敏感な幼少期の僕。

 人の悪意に心が擦り切れ、呑み込まれた少年期。

 今の僕は、ロボットのような感情の起伏の無い台詞を吐く。


 ささいな争いや喧騒けんそう

 悪口。

 いじめ。

 アルトメイピアにも、全部ある。

 

 ――だが、

 この島は至って平和だと言いきれる。


 『海洋都市アルトメイピア』

 

 正式名称―――


 Artificially made Utopia【アーティフィシャリー メイド ユートピア】


 『人工的に作った空想的な社会』


 頭文字をなじったナンセンスな都市の名前も、世論が世界一安全と言うのも、あながち間違いではないように思えてくる。


 だから、画面に映る世界は別物の様に、僕には曲がって見えていた。


 

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