無属性の達人
スラム街では喧嘩は日常茶飯事、住人はよっぽどの喧嘩好きでもない限り見向きもしないが、今回はカードが強すぎる、スラム街屈指の実力を持つ魔人の久保田と謎の屈強な狼の魔人だ…そして同じく謎の小さい奴
「よし!」ガン!
「おい、なんのつもりだ」
「別にサシでやるなんて言ってないじゃん?」
「な、なら俺もやるぜ!」
伸縮式の槍の準備を整え、アスカも喧嘩に参加する意志を見せると仲間の角が生えた魔人も前に出た
「いいぞー!多対一だ!」
「なかなか面白い事するね〜?」
「ここはルール無用のスラム街、卑怯とは言うまいね?」
実際卑怯と言うものは誰一人いない、例えナイフを出そうが魔法を撃とうが勝てば良いのがスラム式なのだ
「いくらガタイが良かろうが医者は医者だ!」
「おい!迂闊に近づくな!」
「うおぉぉ!!おぉ!?」
体重の乗ったいいパンチだった、拳にはメタル化をかけて彼お得意の高熱魔法で拳を真っ赤に赤熱させた火拳が直撃する寸前、彼の足元は久保田の太い尻尾で払われた、そして久保田は崩れ落ちる彼の背中を天高く蹴り上げた
「ぐお!?」
「でいやぁ〜!」
ドゴッ!
久保田の蹴りの威力は凄まじく、100キロを超える魔人の体を軽々と病院の2、3階まで浮かした、その必殺の条件が満たされた瞬間をよもや久保田が見逃すはずはなく、驚異的な脚力で跳躍すると、彼の胴体めがけてダブルスレッジハンマーを叩き込んだ
「がは…!ぐ……」
「また一人患者が増えたね〜」
地面に叩きつけられるのは予想できた、しかしその速度が予想外、まるでフルスイングで投げつけられたボールのように彼は地面に激突したのだ
「君の部下〜、まだまだ訓練とやらが足りないんじゃないかい〜?」
「魔法は使っているな、しかしとても単純な……無属性魔法か!」
「ふぅ〜!やっぱり還付ともなると見る目が違うね〜」
「無属性…火とか水とは何か違うの?」
無属性は単純な硬化や軽量化等の属性の伴わない魔法である、広く見れば空間魔法も無属性と言えるが、一般的には発動が簡単かつ素早い魔法と認識されている
「さっきのハンマーではメタル化をかけて重量を増やした、筋力も多少強化したかな〜?」
「どおりで落下速度が速い訳だ…徹底的に重量を強化しやがって…死んでもおかしくないぞ」
メタル化でも重量は増えるが、それに更に重量を足すとメタル化の硬度も相まってまさに、交通事故級の威力と言えるだろう
「噂通りだ」
「噂?」
「その昔、その腕一つでスラム街の一角を収めた伝説の魔人…無属性魔法の達人、久保田!」
「えぇ〜…俺そんな風に言われてたのか〜…」
久保田本人はその異名について全く認知していなかったようで少し動揺していた
「不躾な部下ですまない、ここからは真面目に行こうか」
「っ…!」ジャキッ
アスカは牙狼の殺気を肌で感じた、毛は逆立ち瞳孔も開いている、簡単にやられたとはいえ角の彼も相当な実力者だ、手加減すれば勝ち目はないと踏んだのだろう、こちらも自然と槍を握る力と踏み込みが強くなる
それを久保田も察知したようで、体制を低く構える。
「う……動かねぇぞ…?」
「ばか!読み合いだよ!」
お互い隙の探り合い、ピクリとも動かず魔法すら発動しない、そして最初に仕掛けたのは牙狼だった
「狼牙!炎天!」
アスファルトの地面を砕くスタートダッシュと共に魔法を倡えると、全身は炎に包まれやがてその炎は巨大な狼の雀頭のようにに形作られた
「おっとこりゃまずいね〜!メタル化-タングステン!」
対する久保田は瞬時に尻尾を地面に突き刺しメタル化をかける、こうすることで尻尾がつっかえ棒の役割を果たし激突による衝撃に耐えることができる、更にタングステンは非常に耐熱性の高い金属でもあり、このメタル化は炎の魔法に非常に有効な防御手段と言える、炎の牙は久保田に噛みついた、しかし全く歯が立っていないが牙狼の目的はそこではなかった
「捕まえたぞ」
「あ、こりゃまず…ごぶ!!」
「部下の分だ!!」
メタル化した久保田の顔面を牙狼の鉄拳が撃ち抜く、全身にメタル化を張り巡らせてしまった為硬度が低いタイミングを突かれてしまい口内から尖った牙が数本吹き飛んだ
「このっ!ひでぇことしやがる〜!重量強化!」
「ぶっ!ならもっと熱くしてやる!」
拳を打ち合う度にお互いが攻撃を更に強化する、更に硬度を重量を、熱を炎の密度を、アスカも加勢しようとタイミングを伺うがお互いノーガードの激しい殴り合いに入り込む隙などなかった、その様子を見てスラム街の住人達は更にヒートアップ、その場の熱気は最高潮に達していた
「全く入り込めない…!これが先生の本当の実力…!」
しかし魔法の重ねがけと維持による魔力の消耗は激しく、お互い素の体力の根比べにもつれこんだ
「ぶぅ〜…そろそろ限界なんじゃないの〜!!がふ!」
「てめぇ…こそ…ゔぅ!」
「二人共ジリ貧だぁぁ!!」
「頼む先生!俺あんたに賭けてんだよ!」
「狼のにいちゃんがんばれ〜!!」
いつの間にか住人達や患者達が勝敗に金をかけ始める、そうなると声援も苛烈になり暴言すら飛んでくる、終いには酒瓶でも投げられそうな雰囲気だ
「ふぅっ!」
「はぁっ!」
「「ごば!!」」
「クロスカウンター!!」
お互いの渾身の一撃が顎に直撃する、二人共ふらふらと体制を崩しら久保田は腰を抜かし牙狼は膝をつく、そして膝をついた方の魔人…すなわち牙狼が崩れ落ちた
「よ…よっしゃ!勝ったぞぉぉぉ!!お?」
勝利に歓喜し立ち上がって雄叫びの一つでも上げようとしたが体が動かない、それもそのはず、アスカはこのタイミングを見計らい、久保田の影に槍を突き立てていたのだ、アスカの槍には影縫の呪印がついている、そして腕のワイヤーを久保田の体にぐるぐると巻き付け、地面に突き立てた槍に括る
「ごめんな先生、でもこれ…喧嘩なんだよね」
「あ…ッスーー忘れてた〜…」
左手に溜められた雷の属性球を槍にぶつけると、全身に巻きつけられたワイヤーを伝って久保田の巨体を駆け抜ける、普段の久保田ならこれくらいは耐えただろう、しかし既にボロボロで魔力も尽きた彼の意識を刈り取るのはあまりにも簡単だった
「ん〜〜!よし!!漁夫の利作戦成功!」
「や……やりやがった!!あのチビやりやがったぞ!!」
「うわぁぁぁ!全部スッたぁぁぁ!!」
最後に立っていた奴の勝ち、それがスラム式の喧嘩、そして最後に立っていたのは…アスカのだった
当然そんな結果に住人達は納得するわけもなく、酒瓶やらナイフやら更には銃弾飛んできてしまった為、アスカは二人にワイヤーを繋いでとっとと病院内へ逃げた
「やっぱり…ここの治安終わってる…!」
程なくして二人は目を覚ました、やはり強力な魔人の回復力は恐ろしい程速い
「ははは〜…負けたね〜…」
「約束通り来てもらおうか」
「うん、わかったよ…契約破って監獄行きにでもなったら、それこそ困るからね」
牙狼に最低限の治療を施すと、久保田は看護婦たちに指示を出し病院の裏から出た、表はほぼ暴動が起こっておりとても出られないのだ
「大丈夫かな……」
「うちの看護婦は強い、いざとなったら止めてくれるさ〜ところで、カイトはどんな症状なんだい〜?」
「それは見てから判断しろ、早く来い」
「はいはい〜」
「牙狼さん、部下の人達は?」
「アイツ等なら治ったら自分で帰ってくるだろう…今は時間がないんだ」
そう言ってさっさと魔法陣へ向かう、今回は急ぎなのでアスカを担いで建物を飛び移りながら戻る、ボロボロになるまで戦っていたとは思えないほど速く到着すると、久保田は物珍しそうに魔法陣や建物を見渡して調べていた
「これは…見事な魔法陣だな〜見つかりづらい様に建物自体にも興味を削ぐ呪印も刻まれてるみたいだね〜おっ!まんじゅう文字!」
「何にでも興味を示すな!5歳児か!」
「飽くなき探求心と呼んでほしいね〜」
「牙狼さんアンタモテないだろ!」
喧嘩の時とは違う殺気を出す牙狼は魔法陣を起動、3人の体は光に包まれて転送され、次の瞬間にはレジスタンスの基地に到着していた
「はえ〜魔法陣ってこんな感じなのか〜」
「スラム街と都市部の間にはバカでかい汚い川があるのに先生はどうやってスラム街にきたんだ?」
「泳いで行った〜」
「うわっ」
「こっちだ」
久保田を足早に病棟へ案内する、そしてカイトのいる集中治療室に入ると、そこには主治医の家永とリーダーの村岡がいた
「あんたが久保田かい」
「あぁ〜あんたこそ、リーダーの村岡だね〜?」
すると村岡と家永は久保田に頭を下げ、カイトを治療してほしい旨を伝える、契約でここに来ている久保田は断る道理もなく、早速カイトの診察を始めた
「これは…魔種だね〜しかもかなり強力な〜」
「えぇ…治療中に突然誕生しました…触手の伸びるスピードも本で読んだものとは桁違いで…」
「それもそうだろう、これは何者かによって改造された魔種…恐らくこの世界で最も強い個体だろう」
そもそも自然界に魔種は存在しなかった、つい数百年前に突如発生した生物であり、誰かに作られた人造生物だと言われている
「君は都市部出身の構成員を治療してるから魔種の治療方がわからないのも仕方ないよ〜」
「先生…それで…どうやって除去を?」
そう久保田にアスカが問いかけると、彼は険しい表情を浮かべて部屋に居るものに伝える
「本体に近い触手が肺や心臓にまで複雑に絡み合っている、この触手は俺でも取り除けない〜」
「!?じゃあカイトはどうなるんだよ!」
「落ち着け〜、末端の筋肉に絡まった触手は筋繊維ごと除去、内蔵に絡んだ触手もできる限り取り除く、最後に俺が強力な休眠の魔法をかけるから…その後の対応は今から言う事を君たちにやってほしい〜」
「……言ってくれ」
「この魔種に…強力な魔獣を融合させてくれ〜」
「な!?」
「おいおい…」
その処置の方法に部屋に居るものは皆驚きを隠せなかった、久保田程の医者でもこの魔種の完全な除去は不可能だったのだ
「簡単に言えばカイトを魔人化させる〜、そうすれば、失った筋肉も取り戻し…魔種からの搾取もなくなるだろ〜」
「他に方法は…!?」
「な〜い」
「そんな…」
この魔人化が表すのは人間ではなくなることをだけではない、人間のまま人間の世界に帰る事もできなくなるという事でもあった、特に一緒に人間界への帰還を誓ったアスカに取ってはショックだっただろう
「カイトが助かる方法はこれだけだ〜どうする〜?」
「先生…」
「ん〜?」
「お願い…!します…!」
「アスカ!?」
「カイトが人じゃなくなるのは正直いやだよ…でも、仲間が助かるならこの世界じゃ手段なんか選んでられない!だから!先生!お願いします!!」
その言葉を聞いた久保田からは険しい表情は吹き飛び決心の覚悟の表情になった、アスカの思いを汲み取り早速手術に取りかかった
「カイト…生きろよ…!」
久保田による触手の除去が始まった、カイトにはこれから多くの試練が立ちはだかる事だろう、だが諦めてはいけない、この魔界では理不尽に屈した者から喰われていくのだから
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