・第12話:「クリスマスの死闘」

 勇敢な警察官による捨て身の体当たりにも、マッド・クロースの運転するダンプトラックはとまらなかった。


 だが、警察官たちの行動が無意味であったわけではなかった。

 横から激しく体当たりをされたためにどこかにダメージがあったのか、マッド・クロースのダンプは左右にふらつき始めている。


 東京スカイツリーまでは、もう、それほど距離が残されていない。

 ここにきて、マッド・クロースのダンプがふらつき始めたのは、香夏子たちにとって千載一遇のチャンスであると思えた。


「HoーHoーHoー! 」


 Mr.Xは雄叫びをあげると、アイアン・ルドルフを一気に加速させ、ふらついて速度の落ちたマッド・クロースのダンプトラックに迫った。


 当然、マッド・クロースは、この動きに黙っていない。

 彼はダンプトラックの荷台を操作し、それを後ろに傾ける。


 そして、傾いた荷台からは、ゴロンゴロンと、小さなドラム缶のような物体が次々と転がり落ちてきた。


 Mr.Xは、巧みにアイアン・ルドルフをあやつり、その小さなドラム缶と衝突することを回避する。

 だが、香夏子たちの背後へと抜けていったそのドラム缶は、高速道路の遮音壁にぶつかると、次々と爆発していった。


「ひっ!? 」


 香夏子は、その爆発の光を目にし、轟音を耳にして小さく悲鳴を漏(も)らす。

 映画やアニメなどで爆発するシーンは何度も目にしたことがあったが、実際に自分の身体を突き抜けるような震動をともなった爆発を目にするのは、これが初めてなのだ。


 だが、香夏子はそれ以上悲鳴をあげたり、怯えたりすることはなかった。

 あんな風に爆発するものを満載して、マッド・クロースは暴走を続けているのだ。


 マッド・クロースから人々を守るために、警察官たちがその身を危険にさらす瞬間も、香夏子はその目にしている。

 これ以上の惨劇は、絶対に防ぎとめたかった。


「いけっ! Mr.X! 」


 香夏子がMr.Xにしがみつくようにしながら叫ぶと、Mr.Xは一瞬香夏子の方を振り返ってウインクをして見せると、一気にマッド・クロースとの距離を詰めた。

 マッド・クロースは再び爆弾を投下して接近するMr.Xを攻撃しようとするが、パトカーの体当たりによって受けたダメージのために車体がふらつき、その狙いは外れる。


 爆発の閃光を背後に受けながら接近したMr.Xは、突然、香夏子の手にアイアン・ルドルフのハンドルを握らせる。


「HoHoー? 」

「ぅえっ!? あ、あたしが運転するの!? 」


 任せていいかと聞かれたような気がして、Mr.Xの意図を察した香夏子は戸惑ったような声をあげたが、すぐに決意をこめた表情でうなずくと、アイアン・ルドルフのハンドルを握った。

 幸い、アイアン・ルドルフの操作系はバイクと似ていて、バイクなら香夏子は乗り慣れている。


 香夏子に運転を任せたMr.Xは、シュバッ、と身軽に立ち上がると、一瞬で香夏子の背後に回り込み、アイアン・ルドルフの上に立った。


「HoーHoー! 」


 そしてMr.Xは、香夏子にアイアン・ルドルフをさらによせろと叫ぶ。

 Mr.Xが座っていた位置に素早く座り直した香夏子は「了解! 任せといて! 」と叫び返すと、アイアン・ルドルフをマッド・クロースのダンプトラックのすぐ近くにまでよせた。


「ヒヒはァ! 来た来た、来やがったなァ!! 」


 ダンプの窓が開き、中から、マッド・クロースが顔を出して笑う。


 それは、トナカイのコスプレをし、顔面にクリスマスツリーのペイントを施した男だった。

 その口角は、なにがおかしいのか喜悦に歪み、その目は狂気に見開かれている。


「ひひひひ! クリスマス粉砕! 粉砕ィィイ! 誰にも! 邪魔はさせんぞォ!! 」


 マッド・クロースはそう叫ぶと、ふらつくダンプを、その側面に位置したアイアン・ルドルフにぶつけるべくよせてくる。

 すぐにアイアン・ルドルフの側面とダンプの側面が接触し、香夏子は必死にバランスを保ちながら、Mr.Xに向かって叫んだ。


「Mr.X! お願い! 長くは持ちそうにないよ! 」

「HoーHoーHoー! 」


 Mr.Xはうなずいて叫ぶと、空中にその身を躍らせた。


 のばしたその手が、ダンプトラックの荷台をガッチリとつかむ。

 Mr.Xの強靭な肉体は、そのわずかな手がかりを支店にMr.Xの身体を荷台の上へと持ち上げた。


「きゃははは! 落ちろ、落ちろォオー! 」


 マッド・クロースは、乗り移ったMr.Xを振り払うためにダンプトラックを左右に振る。

 だが、足回りにダメージのあるダンプトラックはふらつき、強く遮音壁にぶつかった。


「Mr.X! 」


 香夏子は、Mr.Xが振り落とされそうになるのを見て悲鳴を上げる。

 しかし、Mr.Xはその強靭な肉体でダンプトラックにしがみつき、体勢を立て直して、一気に運転席へと迫った。


「ぎゃはァ!!? 放せっ、放せよォォ!! 」


 マッド・クロースは運転席から自身を引きずりだそうとするMr.Xの手から逃れようとわめき散らし、暴れる。

 だが、Mr.Xはそれを許さず、マッド・クロースはハンドルから引き離された。


 操縦を失ったダンプトラックはそのまま、首都高速道路の遮音壁に衝突し、数十メートルにわたってそれを破壊して、ようやく停止した。

 破壊による粉塵がもうもうと辺りに立ち込め、香夏子はその中に突っ込まずにアイアン・ルドルフを横滑りさせながら停車させる。


 やがて、粉塵が晴れていく。


 そこには、停止したダンプトラックを背景に対峙する、Mr.Xとマッド・クロースの姿があった。

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